『そろそろ最後だね』
周囲の雰囲気がやや暗くなって来た。
すぼみ気味になった一本道の先には草で出来た奇妙なドームがあった。
まるで鳥籠のような見た目に蔦で出来た装飾が施されており荘厳な美しさを感じさせもするが、それに取り付いた扉はまるでこちらを誘っているようなキケンな香りを漂わせていた。
『多分あそこに見える扉の先に強めの敵がいて、それで最後だね』
『頑張ろうね!』
『うん!』
お互いに励ましあった二人は、勢いよくその扉を開けた。
『たのも~っ!』
そこには誰もいなかった。だが、広間の中央には豪奢な銅色の宝箱が置いてあったのである。
『あ!レアそうな宝箱!』
『ほんとだ!開けてみよ開けてみよ!』
「おい学べ……」
二人が宝箱に近づき手が届きそうな距離にきた瞬間にそれは現れた。
『ぐおおぉお!』
『なになにっ!?』
大地を揺るがす轟音と共に宝箱の手前の地面からぼこりと大きな球根が顔を出した。
『アルクサの親玉!アルコウネだ!』
『大きいねぇ』
『あおぉお!』
アルコウネはアルクサ同様のかわいらしい顔とは対照的に大きな咆哮を上げ敵対する。
『どうやら簡単に宝箱を渡してはくれないようだよ』
『やっちゃいましょ~!』
『ストレイト・ファイア!』
早速ナツが火球を飛ばした。
『ぺいっ!』
だがアルコウネは球根部分に火を受けてもすぐに火を弾き飛ばしてしまった。
『な……なんでっ!燃えない!』
ナツはアルクサにはこうかばつぐんだったほのおがアルコウネには効かなかったことに狼狽してしまう。
『じゃあマイマイがいっくよ~!』
攻撃を仕掛けるのかと思ったが、マイマイはアルコウネに近づき急に踊り出した。
『なにやってんの~!』
『みててみてて~!』
踊り続けるマイマイの身体から青いオーラがほとばしり、アルコウネの身体を包み込んだ。
『うおぅ?』
アルコウネは不思議そうな顔をしている。
『さぁ今だよっ!炎を放つんだナツちゃん!』
踊るのを止めて退いたマイマイがナツに呼びかける。
『え、でもさっき……』
『はやくっ!』
『ス……ストレイト・ファイア!』
マイマイに急かされ無駄だと思いつつもナツは詠唱する。その杖から再びアルコウネに向かい炎が走る。
『ふんすっ』
アルコウネは先程弾いた余裕からか今度は胸を張って炎を迎えうとうという魂胆らしい。
『いいのかな~?』
マイマイがにやりと笑う。そして炎がアルコウネにたどり着いた。
『うぼぉっ!』
先程とは違い炎が一気に火力を増してアルコウネを包み込んだ!
『え!なんでなんで!』
『これが遊び人マイマイの特技!アンヘルス・ダンス!アルコウネは燃えやすくなったんだよ!』
『今がチャンスだね!一気にいこう!』
『うぉお……あづ……い……やめ……で……』
アルコウネは急に人間の言葉で喋りだした。
『え、話せるの?』
『ニンゲン……なぜ……森を荒らす……』
苦しそうな声でアルコウネはこちらに問う。
『うーん、これって本当にある世界の話だと思ってきくとちょっと心が痛いね……』
『本当にある世界?』
ナツが首を傾げる。
『いやいや、こっちの話』
『どう答える?』
『お宝が欲しいから?』
『それはまぁ本音だけど……』
『じゃあこうしよう』
ようやく答えは決まったらしい。
『どうした……はやく答えてくれ……』
炎上するアルコウネは身を焼かれ切ってはたまらないためその返答を懇願する。
『アルコウネさん!マイマイたちは森を荒らすために来たんじゃないんです!』
マイマイがはっきりと訴える。
『ではなぜ我々を攻撃する……』
『そこの……それ。それさえあれば帰るんです』
マイマイは宝箱を指さして言った。
『結局言っちゃったよ……』
どうやらナツとの話し合いとは違ったらしい。
『なるほど……この邪魔な箱が欲しかったのか……持っていけ。なんでここにあるかもわからん』
『罠じゃなかったの?』
『そんなものは用意していない……』
『たまたま蔓のあれが利用してたのかもね』
『ねー』
二人は顔を見合わせて笑う。
『じゃあこれ持って帰るね~』
『あ……火……火消して……』
緩い感じで帰ろうとしてる二人だがアルコウネはそろそろ耐えられなさそうになっていた。
『はいどうぞ。じゃあもういいね』
ナツは炎の付与を解除した。
『ばいば~い』
帰りの挨拶をして銅色の宝箱を抱えた2人が広間を出ようとすると……。
『はい、捕まえた』
妖艶な声が聞こえた。
『え?』
『ふふっ……遅れてごめんなさいね』
周囲から太くて大きな蔓がたくさん這い出てきたかと思ったら、その中のひとつの先端がグラマラスなお姉さんになった。
『おそいぞ……すっかり焦げてしまうところだった……』
2人はさっきの罠よりさらに大きい蔓に全身を絡め取られてしまった。
口ぶりからしてアルコウネとは共生関係にあるようだ。
『いやぁあ~っ!食べられちゃう~!』
『食べはせん……。だがゆっくりと絞め殺してくれよう』
アルコウネはかわいらしい顔を怒りに歪ませて二人に近づく。
『どっちにしろだめ~っ!死なされる~!』
ナツは締め付けられる苦しさと迫り来るアルコウネの恐怖で叫び声を上げる。
『落ち着いて、ナツちゃん』
マイマイがパニックに陥るナツに声をかける。
『なんでそんなに冷静なの!?』
『だって私は痛くないから』
『痛覚どうなっちゃってんの!?』
そりゃあ……ね。
『ここはうまくもがいて逃げるしかないよ!』
『でも今出てきた蔓のお姉さんもいるし……』
『まとめて退治だ!』
『でもどうやって……』
すっかり諦めムードのナツを励ましながらマイマイはその手段を考える。
『要するにこのお姉さんはさっきのヴァインの親玉って感じでしょ……?うん!杖を上に向けて!』
『あぁ……そうか!スプレッド・ファイア!』
杖から炎が放たれ辺りが炎に包まれる!
『あつっ!ちょっと!私の髪になんてことするのよー!』
『うおぉ……また……熱い……!』
2匹の怪物は炎を受けて苦しむ。
『よくも騙してくれたねぇ!さぁ!さっきのコンボ、決めちゃうよ!』
『コンボ……だったね、うん』
「いや、多分違う」
『シルフィード・ターンっ!』
火に炙られ脆くなった蔓が回転により引き裂かれる。さらにその回転の風圧により周囲は業火の如く燃え盛る炎に包まれた!
『そして、脱出!』
『ストレイト・ツリー!』
マイマイの合図と共にナツが地面に射出した木の根が再び2人を打ち上げた。
『あぁぁあ!熱い!熱いィィ!』
『ぐぼあぁあ!』
『すっかり燃えてしまいなさい!』
二匹のモンスターは呻き声を上げながら灰になっていった……。
『終わった……終わったよ……!』
『やったねナツちゃん~!』
困難を乗り越えて感極まった二人は喜び抱き合った。
『お姉ちゃんなしでもできたよー!』
『宝箱も開けてみよう!』
『そうだね!』
『今度は燃えずに済んだみたい!』
二人は銅色の宝箱に駆け寄った。
『開けるよ!』
『うん!』
ナツが宝箱に手をかけると……。
『うぁつぅうっ!』
じゅわっと音を立てナツの手から煙が出た。
『宝箱が金属製だから熱々になっちゃってる!』
『ほんと~?』
『や……やめといた方がいいよ……』
心配するナツをよそにマイマイはあっさりとその宝箱をあける。
『あいたよ』
『痛覚どうなっちゃってんの!?』
そりゃあ……ね。
『えーっと中身は……』
『琥珀のネックレス?』
『高そうだね。売っちゃおっか』
『うーん、そうだね。この杖のためには仕方ない……』
『マイマイには余った売値の二ーディをちょうだいね』
『全然いいよ!むしろ、アイテムなくていいの?』
『全然いいよ!楽しかったしレベルも上がった!』
ナツの言葉を真似るみたいに言ってマイマイは嬉しそうに笑った。
『そう言ってくれると助かるなぁ!ありがとうマイマイ!また一緒に冒険しようね!今度はお姉ちゃんも一緒に!』
『うん!楽しみにしてるよ!』
ナツとのお別れも済ませると、クエスト終了画面が出てマイマイはダンジョンから街にテレポートした。
「ふ~っ!終わった終わった!」
満足そうな顔をした吉野が携帯を机の上に置き大きく息を吐いた。
「吉野、お前結構やり込むタイプ?」
「おすすめされたからには頑張りたいじゃん~?」
「いやぁお疲れ様!まいちゃんすっごいじゃん!ほんとに始めたばっかり?」
優梨が吉野を褒めたたえる。実際こいつの活躍は俺なんかがアドバイスするより余程優れているような気がする。
「えへへ~」
「まぁ名前がぱっと出てくるだけあるな。俺なんて通貨聞いてすらぱっとこなかったよ」
「これからはユーリィのためにも覚えようね」
「いやだから覚えるべきことは別にあるだろって……」
「青春は今この時だけっ!」
吉野がビシッと音がなりそうなほどのポーズを決めてみせる。
「ふふっ……はははっ……。いいなぁ……青春……かぁ」
「……優梨……」
もうここにはいない優梨は少し寂しそうに笑った。
「ユーリィももうまいと友だちなんだからねっ!これからはまいにもきいてね!」
吉野は励ますかのように優梨に言う。
「うん……ありがとう!まいちゃん!」
「おい優梨……俺にも、きけよ」
「あれあれー?どういう風の吹き回しかなー?」
「デレましたなぁ~」
茶化されたって構うものか。俺だって、吉野以上にこいつを励ましたいって思ってるんだ。
「……言われなくても連絡するよ。寂しいんだから」
「……ありがとな」
「よーし!じゃあ勝利のお祝いに今夜はリモート飲み会だ~!」
ややしめぼったい雰囲気を断ち切るかのように吉野が叫ぶ。
「なにそれ?」
「あぁ、最近流行ったんだ。でもなぁ……俺たち未成年だっつーのっ!」
「なんか食べながら飲めばもう飲み会だよ~」
「待って音だけだよ?」
「いいのいいの!夜もみんなでお喋りしようよ!」
「……今日だけだぞ」
俺はぼそりと呟く。
「やった~!なんか今日は甘いね!」
「優梨の仕事、手伝ってもらっちまったからな」
「まあその仕事をまーくんに手伝わせてるのも私なんだけどね」
そう言って優梨は苦笑する。
「本当は……吉野は関係なかったんだ」
「でも良かった。いい子で。私もきっと、友達になれてたろうなぁ……」
「だぁからぁ!もう友だち!離れてたってこうして繋がってるんだから!」
さっきから吉野は俺たちが暗くならないようにわざとやかましくしているように感じる。こいつはこいつなりに思うところもあるんだな……。
「まいちゃん……。うん!そうだった!まーくんたちもいつでも私に相談してきていいからね!」
「それは……まぁ……こっちの勉強とか聞けないだろうけど……」
「あ、学業に関してはもう何にも答えられないので……」
じゃあ訊きたいこと無いなぁ……。
「まぁまぁ、そんな持ちつ持たれつみたいなのじゃなくて話したい時に話せるのが友だち、でしょ~?」
「あぁ……そうだな」
「おっと、そろそろお昼が終わっちゃうねぇ」
気づけば既に時計が示していたのは昼休み終了の寸前だった。
「あ、そうだ!夢中になってて昼飯食べてない!」
「やってる間に少し食べたよ。天太のエビフライとかね」
「お前はまた人のメインを……!」
「……ほんと、うらやましいなぁ……」
吉野にも優梨の仕事を手伝ってもらえるようだからひとまず俺への負担は減りそうだ。そのうえ2人も仲良くなったし俺としてはいい事づくめだ。
……なのになんだろうな。なんとなく胸の奥に違和感があるような気がしてならない。
気のせいならいいんだが……。