「えーっと、まず第一に必ず言っておかなければならないことがひとつある」
吉野に事の顛末を語るにあたって、ここが一番納得させるのが難しいところだ。
「なになに?」
「この幼なじみ、藍原 優梨は、3年前に死んだ」
「何言ってんの?そんなわけないじゃんねぇ。ユーリィもそんな縁起でもないこと言われるのやだねぇ」
流石に吉野でも信じ難いことだろう。俺の言葉を聞いて吉野は逆に優梨を庇うかのように……誰だよユーリィって……。
「……ううん。ほんとなの」
しかし優梨も自らの死を認めないわけにいかない。現にこうして別の世界から電話しているわけなのだ。
「ふぇ?また2人してまいを騙そうっていうわけ?んもうっ!わかったから~!」
口頭だけでわかってもらえるとは思ってはいない。吉野は頬を膨らませているが騙している訳では無い。
「いや……これは本当なんだ。信じられないと思うけど、優梨は今別の世界にいる。それも3年前の記憶を持って」
「へぇ。そんなこともあるんだね」
しかし吉野はもうそれを受け入れたようだった。
「……わりとあっさり理解したな」
「だってまいは知らないことの方が多いんだもん」
そう言ってにへらと笑う。何も考えてないのか、或いは全部信じてくれているのか……それはこいつにしかわからない。
「素直ないい子じゃない。……私は帰れないし……この子なら……」
「なんだ?」
「んーん!なんでもない!」
何か呟いたような気もしたがよく聞き取れなかった。
「話を戻そう。それでだな、こいつのいる異世界ってのが……どうやらストストの世界らしいんだよな……」
「じゃあ弱い液体状のモンスターの名前は?」
「ゲルゲルっ!」
いきなり優梨が出したクイズにも吉野は即答する。
「あ、やっぱり確定だよ」
「そのようだな……」
「じゃあまいはこのゲームでユーリィを好きにできちゃうって事!?」
吉野は携帯を振って物騒なことを言う。
「好きにしてどうすんだ……。でもそういうことはできないんじゃないかな。こいつの立ち位置はむしろプレイヤー側だから」
「……どういうこと?」
吉野は首を傾げる。
「えっとね、私ナビゲーターって言って冒険者を導く仕事をしてるの。そっちでいう操作に近いかな」
「ほぇ~。じゃあユーリィの操作するパーティとまいのマイマイで一緒に冒険しようよう」
吉野は無茶な提案をする。
「おいおい、流石にそんなことはできないだろ」
同じ世界だからと言って作り物のゲームと同じパーティがいるわけがない。
「あ、ナツってこの子だ」
吉野はゲーム内でナツを見つけたらしい。
「まじか……」
「え、じゃあほんとにゲームと現実が繋がってるの?」
「そうらしい……。いやいや!でもそうしたらこのナツってやつを現実で操作してるやつが存在しないことになるぞ!おい、チャットだ!チャットをしてみろ!」
「えーと……あ、このボタンね」
『こんにちは!』
吉野がボイスチャットのボタンを押して発言する。このゲームでは発言する時はボイスチャットボタンを押している間だけ集音されるため雑音が入りにくいぞ。
「どうだ?」
『こんにちは!私お姉ちゃん抜きでダンジョンくるの初めてなの!あなたもあんまりレベル高くないね!』
「ふんふん……かえってきたね。えーと……お姉ちゃんの名前を念の為きいておこうか」
「だからやめろって!」
『マイマイも始めてからあんまり経ってないの!よろしくね、ナツちゃん!』
『うん!』
『じゃあ早速いってみようか!』
『そうしよう!』
普通の感じの会話が行われる。ボイスチャットで現実の相手が発言していたとしてもなんら違和感はない感じだ。
「えっと……ここでクエスト準備完了にしよう」
「なぁ、この時マイマイはどうなってるかナツにきいてみてくれないか?」
「わかった。ナツちゃん、きこえる?そのマイマイって人今どうしてる?……ふぅん。そうなんだ。わかった!ありがとう!」
「なんだって?」
「普通に喋ってきたんだって。さっきと同じ調子の会話で」
「ということは……マイマイは吉野の性格が反映されたその世界の住人なのかもしれないな」
結論付けるのは早いが操作キャラが自律している以上は人形を操っているわけではないのは確かだ。もしそうであれば操作時以外はピクリとも動かない……オンラインゲームではよく見かける離席状態みたいな感じになるはずだからな。
「もしかして……ユーリみたいな存在ってこと?」
「なるほど……マイキャラを作っているようで実はあらかじめ繋がる人間が用意されているんだな。……思えばこのゲームは無茶なキャラクリもできないし名前も誰かが使っていて利用できない報告が多かった。多分決まってたんだ。偶然かと思ったら無意識にそのキャラクターに導かれていたのかもしれないな」
「じゃあマイマイもほんとの人間なの?」
「多分な」
「下の名前もあるのかな……」
妙な視点が気になるらしい。
「きいてみる?」
「おねがいっ!」
優梨は親切にも聞き出してくれるらしい。
「……わかったよ!マイマイ・ツヤメダスだって!」
「やっぱりあるんだ!そんな名前設定してないからほんとに実在するんだ!」
じゃあやっぱり今こうして操作しているつもりになっているがそれは1人の人間の命を操っていることにもなるのか……?
「ちょっと前からやってたけどただのゲームとしか思えなかったぞ……」
「それならもう私のナビゲートに協力するのもすごく簡単じゃない!だって毎回まーくんがパーティ組んでくれたらいいんでしょ?」
「あのな……そこまでやってやれるほど暇じゃないんだぞ。ついでに言うと俺は色んなゲームをやってたから知識はあるがこのゲームはまだサービス開始から日が浅いんだ。まだ第1層しか解放されてないからレベルも低いぞ」
「丁度いいじゃん!一緒に強くなろうよ!」
「そうだ~!」
吉野が拳をつきあげながら同調する。
「いやだから……俺たち受験生だぞ。あんまりゲーム漬けってのはよくないだろ……」
「でもそうするとユーリィが路頭に迷うよ?」
「慣れるだろ……」
「まーくんと一緒だからいいの!私も一人でやれるようになるかもしれないけど……この世界では私は独りなの……。確かに友達はできるかもしれないけど……それでも……私はまーくんより大切な人がいない世界では生きていけない……」
優梨は心細そうにそう呟いた。
「……そんなこと言われたら、やるしかねぇよな」
「まーくん!」
そんな困った声を出す幼なじみを放っておくわけにもいかないだろう。
「でもほんとあんまり頻繁には勘弁してくれ!」
「わかったわかった。基本的には質問するくらいにするから。でも冒険者さんがどうしても困ってる時は助けに来てね」
「わかった」
「それじゃあそろそろ行こうか、まいちゃん。私はナビゲートに専念するから一旦ミュートにしておくね。そっちの声は聞こえるから何かあったら呼んでね!」
「は~い!」
吉野が元気よく返事をすると通信は切れた。