4限目まで授業が終わった。
「ふぅ……飯だ」
「よいしょ」
吉野が俺の席に来て弁当を広げ始めた。
「……なにやってんだ?」
「ん?おべんとたべるの」
「俺の席なんだが……?」
「にへっ」
突然にかっと歯を見せて笑う。
「なんだよ……」
「一緒にた~べよ?」
上目遣いでこちらを見つめて甘い声でそう訴えてくる。
「……わかった」
「うわ~い」
吉野……何を考えているのかよくわからないやつだ。
「ねぇみてみて。チーズなの」
「はいはい」
吉野は弁当のおかずを箸でつかみこちらに見せつけてきた。
「天太のは……なにこれ?」
「あ、メインをとるなっ」
「美味しいハンバーグでした」
吉野は普段の鈍重な動きとは全く異なる素早い動きで俺のハンバーグをくすねとると一瞬でそれを平らげてみせた。
「まるまるひとつ食べるやつがあるか……!」
「お返しね」
吉野は自分の弁当箱の中から何かを箸で掴みこちらの弁当箱に入れた。
「お前これ……」
「ピーマン。にがて」
ふつふつと湧き上がる怒りに身を震わせながら俺は白米を噛み締めた。
「あれ?おこった?」
「怒ってない!」
「……じゃあこれもあげるから」
またしても吉野が自分の弁当箱から何かを箸で掴みこちらの弁当箱に放り込む。
「……」
「にんじん。にがて」
弁当を食べ終えた頃に優梨から連絡が来た。
「あ、悪い。電話だ」
吉野は人差し指を鼻の前に立てて黙った。ここにいるつもりか……。
「遂にダンジョンに突入したよっ!ユーリです!」
電話からはお馴染みの元気な声が響く。
「あぁ、はい」
「まあ突入したのはアーインくんなんだけどね」
「そうだな」
「それでね、早速出たんですよ」
「液体状の生命体か?それとも緑色の小人か?」
「何その2択!?でも正解!なんかドロドロしたやつが出たよ!」
相場は決まっている。前者ということは……まぁアイツですね。
「コアを狙え。以上」
「えっ!そんなことまでわかるの!?あー、アーインくん!聞こえる?コアを狙うんだよ!」
現場のアーインくんに中継しているらしい。
「斧で良かったな。素手だったら大変だったろう」
「アーインくんも言ってた。素手だったら泣いてたかもしれないって」
「だろうな……」
「あ、やった!倒したよ!攻撃が通じなくて苦戦してたみたいだから助かったよ~!」
安堵したような優梨の声にこちらも安心した。
「まあそんな序盤の敵で苦戦してたら後が大変だろうから、気をつけて進めよ」
「は~い」
俺は電話を切った。
「……ゲーム?」
吉野が訝しげな顔をしてこちらを見ていた。
「……そんなところだ」
「ふぅん」
「……」
「まいもやりたい」
吉野が突拍子もなくそんなことを言うものだから俺は少し動揺してしまった。
「えっ。あ、いや」
「おしえて?」
そう言ってまっすぐにこちらを見つめてくる。
「あー、多分……出来ないと思う」
「やんなきゃわかんないよ」
ゆるそうに見えて意外とガンコなんだよな。
「……うーん……また今度な!」
「……うん」
ちょっと落ち込んじゃった……!
「あ、じゃあこれ、これやろう」
「……なにこれ?」
俺はカバンから携帯を取り出してひとつのゲームを起動させた。
「ストストっていうゲーム」
その場しのぎにしては適当すぎたかもしれないが、最近サービス開始したばかりでまだ俺もほぼプレイしていない新しいオンラインゲームだ。
「すとすと?」
「なんの略だっけな……なんちゃらストーリー……」
「RPG?」
「うん。できる?」
「……大得意」
「ほんとか?」
「……たぶん」
微妙な間をもって返される言葉はこいつのノロさからくるものだろうか……。
「まあやってみるか」
「どうやるの?」
「ダウンロードすればいいから……ちょっと貸して」
俺は素早く吉野の携帯にストストをインストールした。
「これで大丈夫」
「あ、楽しそう」
タイトル画面を見て吉野は頬を緩ませる。
「じゃあジョブの説明から……」
俺は吉野にこのゲームについて教えてった。あれ?なんかこんなことばっかやってない……?
「やった~」
吉野は机に携帯を置くとひとりでぱちぱちと手を叩いた。
「お、キャラできたか」
「遊び人のマイマイなのだ」
「なんだからしいな……」
「とりあえず進めたい」
「よし、じゃあパーティを組むか」
「ぱーてぃ……?おいわい……?」
吉野は先程RPG慣れしていると言ったくせにRPGの基礎用語でもあるパーティをすら知らなかったようだ。
「はい、大得意嘘確定~」
「ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げてきた。
「ははっ。いいよ別に」
「やればできるかな~って」
「俺もよく思う」
「ねっ」
昼休みが終わるまで色々教えながら一緒にゲームをした。
「これっ……たのしい!」
吉野は満足したようだ。
「気に入っていただけて良かったですよっと」
「ねえねえ帰ってからもやろ?」
グイグイと俺の袖を引きながらねだってくる。
「いや、勉強しろよ3年生」
「身体はこども!」
「言い訳にならん」
「じゃあじゃあ!お昼休みは遊んでくれるの?」
「それくらいならまぁ……」
「やったやった!約束だからねっ!」
「……あぁ」
吉野はぴょんぴょんと跳ねながら喜びを表現している。そんな様子を見ているとなんだか少しだけ心が暖かくなるようなほっこりとした気持ちになるのだった。
そして午後の授業も終わり……。
「帰るか……」
というところで優梨から電話だ。
「もしも~し!凱旋のユーリちゃんだよ~!」
明るい声音、そして凱旋。単純に考えて成功したんだろう。
「はいもしもし」
「どうなったと思う?」
「いや凱旋って言っちゃってたから成功したんだろ……」
「はっ!」
気づいてなかったらしい。
「アホか……」
「まあまあ!とにかく探索は大成功!あの液体状のあいつ、ゲルゲルしか出てこなかったからね!」
「なんて単純なダンジョン……」
「ちょっと入り組んでたみたいだけどその分色々落ちてたみたい。報酬ははずんだよ!」
「RPGと仮定してプレイヤーがナビゲーターだとするじゃん?操作してるキャラが依頼者だとすると、アイテムはどっちの所持になるんだ?」
「向こうが完全に持っていくよ」
「やっぱりそうなのか」
「でも依頼料でそこで得たものを全て売却した場合の金額の30%をいただくの」
「それはなかなか……得たもの全部売るわけじゃないから結構負担になりそうだな」
「レアアイテムを拾っちゃってお金が払えなくなることもよくあるみたい」
「そういう場合はどうするの?」
「まあもらうしかないよね」
「気の毒な……。まあでも取得の取捨選択をするゲームは意外と少なくないもんな」
「よくわかんないけどそうだね」
「まあ無事にできたようでなによりだよ。おつかれさん」
「ありがとう!次もよろしくね!」
「いやお前はもっと勉強しろ……」
優梨はしっかり依頼をこなせたようだ。異世界でもちゃんと生きていけそうだし俺が心配してやることはないかもしれないな。
……あまり深入りしすぎても仕方ないし。
「でもあいつも……優梨なんだよなぁ……」
現実ではありえないからこそ余計に頭がこんがらがる。世界を超えて移動出来れば俺は優梨に会いにいけるのに……そうでないから俺は優梨の幻想を追ってた頃と同じような虚しい感覚に襲われるのだった。