予鈴が鳴り響いた頃に校門をくぐる。危うく遅刻するところだった。
「あれ、天太。奇遇だねぇ」
昇降口のあたりでのんびりとした声をかけられる。
「ん、吉野か。おはよ」
「おはよぉ」
こいつは吉野。クラスで一番小柄でなおかつ最も行動の遅い女子だ。それはもう物理的に遅いのだ。
「お前、もう予鈴鳴ってるからそんなのろのろ歩いてたら遅刻だぞ」
「えへへ~。押していって」
吉野は俺に寄りかかるとおよそ全体重をかけている。
「ったく……おも……」
こいつ……ガチで自分で動く気が全くない……。
仕方が無いので吉野を引きずりながら廊下を進む。
「階段だぞ」
「はい」
吉野は俺の背負うカバンに飛び乗りしがみついた。
「……は?」
「ごーごー」
そう言って吉野は片手をぶんぶんと振り回した。
「いやありえないだろ……」
「2人揃って遅刻する?」
微動だにしないままじっとこちらを見つめる。
「卑怯すぎる……ちっ……行くぞ!」
俺はカバンごと吉野を背負ったまま教室のある3階まで駆け上がった。
「いやっほ~ぅ!」
教室に入ると同時に吉野がゆるい声を上げる。
「あ、吉野おはよー」
「おはよう吉野ー」
「おはよ~」
あれ?乗り物には挨拶なし?
「おっす天太」
やっと声をかけてくれたのは茂野だった。
「お、茂野。おはよ」
「朝から大変だな」
俺の上に乗っかってる人型の荷物を見て茂野は哀れんだような顔をする。
「んー、でもこれくらいじゃまだいいかなって感じもする」
「お前そんな忍耐強かったか」
「まぁな」
「天太~ありがと~」
そう言うと吉野はもう降ろしてと言わんばかりに足をぱたぱたさせる。
「ん」
「お礼」
吉野は俺から降りると急にほっぺにキスをした。
「ちょっ!」
「にへっ」
吉野はそのままとたとたと走っていった。
「ははっ。仲良しだな」
「……あいつは多分挨拶みたいなもんだと思ってるよ」
実際子どもみたいな身長で人をおちょくってばかりの吉野からはそういう無邪気さくらいしか伝わってこない……気がする。
「ネガティブだな。あんな大胆なことするやつそういないだろ」
「でもほら、あいつアホの子だから……」
「それは否定しないが……」
「おーい、みんな揃ってるかー」
先生が教室に入ってきた。
「あ、先生だ」
「はい、欠席確認からはじめるよ」
慌ただしい朝から一日が始まった。
「あ、あいつだ」
2時限目の休み時間に優梨から連絡が来た。
「やっほ~!元気?私は元気!」
「朝で十分わかってるから……」
早速元気な様子が伝わってくる。
「初顔合わせ、してきたよ!戦士のアーインくん!私と同じで初ガレフの新人戦士!意気投合しちゃった!」
「そりゃあなによりだ」
初心者同士だ。気も合うことだろう。
「それでね、アーインくんもどうしていいかよくわかんなくて早速アドバイス欲しいんだって」
アドバイスと言われても……どういう状況かも何もわからないのだが……。
「こっちにもなんかヒントをくれよ」
「持ってくものと武器や防具について知りたいって」
「いや基本的にわかるだろ絶対……。回復用に薬になる葉っぱやら怪しげなクスリをもってくのが基本だが……」
「あ、葉っぱならあるかも!」
「お、それなら良さそうか?」
「えーと、これをスキャンして……」
何やらゴソゴソと物音を立て始めた。
「なにしてんだ?」
「あ、ノーフには解析機能があってね、これを使うとアイテムの詳細がわかるんだ」
「……もしかしてショップはそれがあれば知識はいらないんじゃないか?」
「あ…………でもでも!人が多いからなぁ~。うんそうそう。だからショップはダメだったよ。うん」
言い訳を並べ立てるが戦線に立つよりはマシだろう……本当はそっちの方が良かっただろうに認めだがらない。
「ごまかしたな……」
「あ、この葉っぱね、やっぱり回復用だって。完全に回復……良さそうだね!」
「いやちょっとまて……それ多分レアアイテムだろ。価値をみてみろよ」
「価値?あ、これか。えっと、500二ーディ」
知らん単価だ。多分そっちの世界の通貨なんだろうが……初めて聞く以上はその詳細もわからない。
「二ーディの価値がよくわかんないんだが……」
「宿屋が大体40二ーディ」
「はい高いー!絶対持ってくな!いいな!」
「はーい」
「こういうのはな、だいたい30ポイント回復とかそういうのでいいんだよ。最悪回復なしでもゴリ押しできちゃうんだから」
「敵が強いかもしれないよ~?」
「レベル1のダンジョンだろ?大丈夫だろ」
「うーん、じゃあとりあえずこのバンソウヨウっていう軽微な怪我を治す葉っぱを3枚渡しておくね」
「ちなみにその価値は?」
「4二ーディ」
「はい決定」
500ニーディと比べたら価値が違いすぎる。そんなラストダンジョンにありそうな回復アイテム出してくるなよ……。
「次は武器……」
「ちなみに今の装備は?」
「何にも持ってないみたい。ゲンコツに自信があるのだとか……」
「やめておけ。戦士でそれはだめだ。いや、まあ素手が強いこともあるかもしれないけど……レベル1から素手はもう自分を追い込んでるようにしか思えないぞ」
初心者だから装備をし忘れているのかと思ったらゲンコツ頼りとは……武闘家とかじゃないんだもんな?
「じゃあ何がいいかな?」
「無難に剣でしょ。もしくは斧とか?その人力持ち?」
「力には自信あるって」
「じゃあ斧だ。長所は活かそう」
「やっぱり頼りになるじゃん!」
「成功してから言ってくれ。俺にもまだわかんないんだから」
「じゃあアーインくんに伝えるよ」
「頑張れよ」
「まーくんもね!」
お互いに激励し合うと優梨からの連絡は切れた。