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第九話 慈悲と赦し

 九尾の襲撃を受けた夜から、数日後の昼下がり。



あけかみ! 大変申し訳ございませんでした!!」



 そうと共に煉夜れんやの元を訪れた湊音みなとは、地面にひたいを擦り付けて、見事な土下座を披露ひろうしてみせた。


 恐らくはそうとがめられたのだろう。

 反省しているのは声色と態度からも見て取れるが——。



「恐れず謝罪に訪れた心意気は汲んでやろう。

 なれど、ともすれば金色こんじきに危険が及んでいたのだ。

 この事実を捨て置く事は出来ぬ」



 煉夜れんやの溜飲は下がらなかった。


 瞳を鋭利な刃物のように細めて、湊音みなとを見下ろしながら「どんな罰を与えてくれようか」と、思考を巡らせる。


 しかし——。



煉夜れんやさん、許してあげて下さい」



 怒気に当てられて、見っとも無く震える湊音みなとを、金色こんじきが背にかばった。


 「なんと慈悲深いのだろう」と煉夜れんやは感嘆し、つい二つ返事で許してしまいそうになる。

 だが、心を鬼にして首を横に振った。



「ならぬ。ただゆるせば、また同じことをしでかすやも知れぬ」


「でも、僕はなんともありませんし、煉夜れんやさんが怒っている姿は見たくないんです」


「だがな、おのが過ちをわからせる為にも罰は必要で……」


「……どうしても、ダメですか?」



 金色こんじきが耳を垂れ下げ、うるませた黄金色こがねいろの瞳でじっと見つめて来た。

 あざとくも可愛らしい姿に煉夜れんやは「うっ」と唸り、言葉を詰まらせる。



煉夜れんやさんが僕に言ってくれたように、僕も煉夜れんやさんには笑っていて欲しいんです。

 だって、とっても素敵な笑顔だから」



 そう言って笑った金色こんじきの笑顔のなんとまばゆい事か。

 心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような感覚に、煉夜れんやは陥った。



「くぅ……っ!」


「これはぼうの方が一枚上手ですかね。どうされます? あるじ様」



 こうまでされて突っぱるのは、大人気がないと言うもの。


 煉夜れんやは葛藤しながらも怒りを飲み下して、勢いよく息を吐き出した。



「……わかったよ、私の負けだ。

 金色こんじきに感謝するがよい、湊音みなと。二度はないぞ」


「は、はい!」



 言葉できゅうを据えて、「煉夜れんやさん!」と抱き着いて来る金色こんじきと、「ほんと、坊には弱いですね」と守橙しゅちょうになじられながら、この件はしまい。


 ——と、そうなるはずだった。

 そうが余計な事を言い出さなければ。



「しかし、何のおとがめなしと言うのも恰好かっこうがつかんな」


「よい。当の金色こんじきが望んでおらぬのだ。望まぬ事はせぬよ」


「あの冷徹無比れいてつむひ朱雀すざく神将しんしょうが、えらい変わり様だなぁ。

 ……おまえさんを変えた妖狐ようこ、か」



 数秒、そう金色こんじきを眺めておもんばかり。

 それからとんでもない事を言い出した。



湊音みなとしばられんのとこで世話んなれ。

 罪滅ぼしと思って、こいつが務めに出てる間、金色こんじきを守護しろ」



 湊音みなとは顔を上げ、驚いた様子でまばたきを繰り返した後、首を大きく縦に振った。

 「誠心誠意、お仕え致します!」と、再度地面にひたいをつけて。



「な……っ!? そう殿! 勝手に決めるな!」



 当事者を置いて進む話に、煉夜れんやいきどおる。



「事情を知ってる味方がいたほうが、おまえさんも動きやすいだろ?

 聞いた話じゃ九尾きゅうび天狐てんこと、随分ずいぶんやからに好かれてるそうじゃないか」


「そう言う問題ではない!」



 反論しようとした煉夜れんやの頭を、おもむろにそうでた。

 とても優しい手つきだ。



れん。俺もおまえさんも、しょうとして人並み外れた力を持っているが、万能じゃない。

 おまえさんが人と距離を置く気持ちもわかるが、元来がんらい人間ひととは一人では生きて行けぬものだ」


「おまえに私の何がわかると言うのだ! 私は一人で生きて来たし、これからも人の手は借りぬ。

 ましてや、神に忠を置く者など——」



 「信用できるか!」と怒鳴り散らしそうになるのを、煉夜れんやこらえた。

 そうの善意に対して、その発言はただの八つ当たりである。


 煉夜れんやは、頭を撫で続ける無骨な手を退けて、背を見せた。



「ともかく、必要ない」


「頑固者めが。好意は素直に受け取って置け」


五月蠅うるさい。おまえのそれは、ただの押し付けだ」


「そうかも知れん。だがな、れん

 おまえさんは矛盾している。人の手は借りぬと言いながら、金色こんじきの手を取っているではないか」



 そうの言葉に煉夜れんやは息を飲む。


 確かに、煉夜れんやはあの夜に願った。


 繋いだ手を離したくない。

 共に生きたい、と。



「まあ後は、湊音みなとに見識を深めて欲しいって思惑もある。

 おかみあやかしを不浄のものと決めつけているが……してそんな事はないと思っているしなぁ」



 煉夜れんやは弾かれたように振り返り、顔をしかめる。


 はかりごととは縁遠い愚直なこの男の事だ。

 本心であろうが、その思想が知れ渡れば危険である。



そう殿。口が裂けてもそのような事、余所よそで申すな。

 どこに耳があるかわからぬぞ」


「おっと。長年、おまえさんを見て来た影響かね。

 それはさておき、お互いにえきがある提案だ。受けてくれるだろう?」



 にっと口角を上げてそうが笑った。

 毒気の抜かれる清々しい笑顔である。



「どうせ、嫌だと言っても聞かぬ癖に。

 ……しばらくの間だぞ」


おう、よろしく頼むな」



 煉夜れんやは「厄介事を押し付けられた」と溜息を吐き出し、また頭を撫でようと伸ばされたそうの手を払いのけた。






 こうしてもう一人、新たな居候いそうろうを迎えて——。

 煉夜れんやの日常は一段とにぎやかなものとなってゆくのである。

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