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第八話 帰ろう、金色

 闘いで体がたかぶっているのを感じた煉夜れんやは、大きく息を吸って、吐いて。

 しずめようと努めた。


 そうしていると、



「——煉夜れんやさん!」



 小走りする足音の後に、背中へ軽い衝撃を受ける。


 振り返ると、眉尻まゆじりと耳をれ下げ、瞳に涙を溜めた金色こんじきが抱き着いていた。



「大丈夫ですか? 痛いところは? どこも怪我していませんか!?」



 この幼子おさなごは何故、自分にここまで心を砕いてくれるのか。



(恩人だから——にしてはあまりにも過分よな)



 煉夜れんやは疑問をいだきながらも、金色こんじきを抱きしめて微笑んだ。



「ああ、私は大丈夫だ」


「ほんとですか? うそじゃないですよね?」


「この通り、かすり傷一つないよ」



 少し離れて全身を見せると、ようやく納得したらしい。

 安堵のため息を付かれた。



「良かった……無事で。僕のせいで煉夜れんやさんに何かあったらって、僕……」


「案ずることはない。さっき見たであろう?

 私はな、この身に神霊しんれいを宿している。

 老いる事も、死する事もないのさ」


「だとしても、痛みを感じないわけじゃないでしょう?」


「んん……まあ、そこは慣れたものよ」


「……そんなことに、慣れないで下さい」



 俯いた金色こんじきの表情が苦し気に歪み、影が差す。


 まるで、金色こんじき自身が大きな怪我を負ったのではないか、と勘違いしそうになるほど痛々しい表情だ。



湊音みなとは、金色こんじきが私を謀っていると言ったが——果たして。

 これが、演技で出来ようものか。

 どのような思惑があるにしろ、この子が私へ向ける感情だけは、噓偽りのないものと感じる。

 ……ただの直感、だがな)



 煉夜れんや金色こんじきの頭に手を乗せる。

 やはりすべらかで触り心地の良い髪だ。



「心配をかけて、すまぬな。

 なれど、本当に私は大丈夫だよ」


「大丈夫じゃない人ほど、そう言うんですよ?」


「……確かにな。

 だが、金色こんじき。私にはおまえがいる」


「僕、ですか?」



 稲穂のように輝く、黄金色こがねいろの瞳が見上げてくる。

 何度となく夢に見て、焦がれた美しき色。


 永き時間ときの中でようやく見つけた、大切な、大切な存在。



「ああ。金色こんじきがいれば、何も恐れるものなどないよ。

 痛みも苦しみも、おまえという存在がすべて癒してくれる。

 だから、私を案じるのならばどうか。

 ……傍にいて、笑ってくれ」



 金色こんじきはどこか戸惑っているが、構わず煉夜れんやは手を差し出した。



「帰ろう、金色こんじき

 腹も空いたし、色々あってくたびれた。

 美味しい夕餉ゆうげを準備してくれるのだろう?

 何が出て来るのか、楽しみだな」



 煉夜れんやは満面の笑みを咲かせてみせる。

 と、金色こんじきほうけた。


 このような笑顔を作るのは久方ぶりなので、可笑しなところがあったのかもしれない。

 「慣れぬことをするものではないな」と思いながら待っていると。



あるじ様も悪いお人ですね。こんな幼子をたぶらかして。ちゃんと責任を取ってあげて下さいね」



 音もなく守橙しゅちょうがやって来た。

 その肩には湊音みなとを担いでいる。

 どうやら、戦いの中で気を失ったらしい。



「人聞きの悪い事を言うな、守橙しゅちょう。誑かしてなどおらぬぞ。

 それに、責任とはなんだ?」


「あー……そこからですか。

 妖退治の日々であったのは承知の上ですが、長生きしてるわりに無知と言うか、純粋と言えばいいのか……」


「……よくわからぬが、おまえが無礼であることだけはわかるぞ。

 昔は寡黙で従順であったというのに、ここのところ随分と口が回るな」


「主様の影響でしょうねぇ」



 守橙しゅちょうに「フッ」と鼻で笑われた。

 人を小馬鹿にしたような態度である。


 式神がこのような変化を見せたのも、金色こんじきと出会ってから。


 時に驚かされる事はあるものの——煉夜れんやは嫌な気分にはならなかった。

 むしろ、嬉しいとさえ思ってしまう。



(それもこれも、金色こんじきのお陰だな)



 出会えた奇跡を噛み締めながら、煉夜れんやは再び告げる。



「ほら。帰るぞ、金色こんじき



 そうすると、今度こそ。



「はい、煉夜れんやさん。

 帰ったらすぐ、夕餉の準備の続きに取り掛かりますね。期待していて下さい!」



 金色こんじき向日葵ひまわりのような、黄金色こがねいろに輝く笑顔を咲かせて、差し出した手へ小さな手が伸ばされた。


 煉夜れんやはその手を捕まえて、繋ぎ合わせる。



「楽しみにしているよ」



 月明かりに照らされ、微笑み合いながら、二人は歩く。

 帰るべき〝家〟を目指して——。






 この夜、煉夜れんやは思った。


 繋いだ手を、離したくない。

 人間ひとあやかしという種族の垣根を越えて「共に生きたい」——と。


 それが叶わぬ願いで、いつか神の怒りを買うであろうと知りながらも。


 願わずにはいられなかった。

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