俺の人生、ここまで数々の無理難題に直面してきた。
たとえば高校時代の数学のテスト。“回答欄を埋めると運が良ければ1点”という難易度だった。たとえば大学受験の面接。志望理由を聞かれた瞬間、頭が真っ白になって“志望校の近くに美味しいラーメン屋があるからです”と答えた黒歴史。
そしてネット小説――この一年で読者ゼロ、コメントゼロ、そして心の充実もゼロ。
まさに「読者」ゼロから始まる(もう終わってる)作家生活ですよ!
しかし今日、伝説のラノベ作家であり、俺の新たなる鬼師匠――九頭竜炎牙から出された課題は、どれもこれもその「無理難題ランキング」をぶっちぎりで更新する勢いだった。
「まず、週間ランキングで一位になりなさい」
「え……いま。週間一位って言いました?」
思わず聞き返す。いやいや、俺っていま「読者ゼロ」なんですけど?
ゼロに一を掛けても一ですらない。ゼロってそういう数字ですよね?
「そう、ジャンル一位。それが最初の目標よ」
あまりにさらりと言うもんだから、俺の脳が一瞬停止する。
一位が最初の目標……?
ひとつのネット小説サイトの作家数だけでも60万人、投稿作品数も600万と言われてるなかで、一位ってありえんし!?宝くじ当てるより難しいんだが。
ラノベ界の伝説である彼女感覚からすれば簡単なのかもしれないが、こちとら常に赤点スレスレの落ちこぼれ底辺作家なんだよ!
「師匠、俺にそんなの無理に決まってるじゃないですか! もっと現実的な目標から……たとえば読者を100人に増やすとか……」
俺が必死に弁解すると、九頭竜炎牙は冷たい視線を俺に向けた。その視線は、まるで「自動販売機の下から小銭を拾おうとしている人」を見つめるような軽蔑の色を帯びている。
「現実的な目標? あなたそれを目指して、これまで何か変わった?」
「それは……変わらなかったけど……」
「だからよ。今のあなたには、大きな目標とそれを実現する行動力が必要なの」
どこか耳が痛い。いや、耳だけじゃなく心臓までズキズキする。俺ってそんなにダメダメなのか?
「そもそも、読者ゼロのあなたに足りないのは“読者の理解”なの」
「いや、俺だって一応は読者から作家を目指したわけで……」
その言葉に俺は首を傾げた。読者って、そりゃ「なろう」や「カクヨム」に集まるラノベ好きな人々のことだろ? 俺が知らないわけがない。
しかし、九頭竜炎牙は首を横に振る。
「今のあなたは読者を“想像”してるだけ。“知る”には、まず読者が何を求めているのか、自分で体験する必要があるわ」
そう言われても、どうすりゃいいんだ。
とりあえず俺なりの答えをひねり出してみた。
「あの……ジャンル一位ってことは、自分が得意なジャンルを狙ってもいいわけですよね?」
「そうね」
「それなら、やっぱり異世界ファンタジー部門ですよね。ラノベ界の花形ですから!」
異世界ファンタジー――それは俺がこれまで書いてきたすべてのジャンルであり、ほとんどの名作に目を通している。
俺が唯一「読者」として精通している場所と言える。
だが、その俺の言葉に、九頭竜炎牙はきっぱりと首を振った。
「異世界ファンタジーは無理よ。あそこは別次元だから」
「別次元? いやいや、別次元なのはわかりますけど、俺もそこで戦いたいんですよ!」
すると九頭竜炎牙は軽くため息をついた。
「いい? あのジャンルは、もう“個性”を極限まで突き詰めた人たちが争う修羅場なの。正直、あなたが今そこに挑むのは無謀としか言いようがないわ」
「む、無謀……そこまで言いますか」
彼女の言葉にぐうの音も出ない。確かに、俺の書く「異世界ファンタジー」は、どこかで見たようなテンプレの詰め合わせみたいなものだった。
それを自覚しているのがつらい。
「あなたの文体や特徴から見て、狙うべきは“現代ファンタジー”ね」
「現代ファンタジー? それ、ラノベ的にはどのあたりのポジションですか?」
「現代的な日常の中に非日常が入り込む物語。それが現代ファンタジーよ。あなたなら、きっとこのジャンルで輝けるはず」
正直、それほどピンとこない。俺は異世界ファンタジー以外、ろくに読んだことがない。だけど、九頭竜炎牙が言うなら信じるしかないのか。
「じゃあ、どうすれば現代ファンタジーで戦えるようになりますか?」
俺が聞くと、彼女は微笑んだ。
「まず読者になりなさい。今日から三日間、一切の作家目線は捨てて、“現代ファンタジーの読者”になるの」
「……読者になるって、どういう……?」
次の言葉を聞いて、俺の脳内に絶望という二文字が踊った。
「これから三日間で、現代ファンタジーを100作品読みなさい。そしてその中から“これが良い”と思う作品を一つ選ぶのよ」
「ちょ、100作品!? 三日間で!? いやいや、俺そんな速読とか得意じゃないですよ! ていうか読むのめっちゃ遅いんですけど!」
俺は作品のディティールを読み込むのが好きだから、サラッと読んでしまうとほとんど記憶に残らないタイプだ。
つまり三日で100作品なんて俺には絶対無理。
それを説明しながら全力で抗議するが、九頭竜炎牙の冷静な声がそれを遮る。
「完読しろとは言ってないわ。読むのは“あらすじ”と五話まで。それ以上は読み込む必要はない。あと、感情移入もアイデアを探すのも禁止。あくまで“読者の目線”を学ぶの」
「いや、五話読んでその作品が傑作かどうかなんて分かるわけないじゃないですか!」
「わかるわよ。読者は、五話までで離れるか続けるかを決めるものよ。それを理解することが、あなたの最初の課題ね」
鬼だ。この人は鬼だ。美人だけど鬼だ。
だが、彼女が出す課題には、きっと何か意味がある。そう思わなければやってられない。
「……やります。やりますよ! 三日間で100作品、やればいいんでしょ!」
「いい返事ね。頑張りなさい、佐倉大地君」
そうして俺の「読者になる」地獄の三日間が始まる……いや、始まる前から心が折れそうだった。
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