俺は今、床に頭を押し付けている。俗に言う「土下座」というやつだ。
これがどれだけ屈辱的かって? いや、そこまでは別に感じていない。問題は、その土下座の相手が目の前で優雅に腕を組んでいることだ。
しかも美人で、落ち着いていて、なおかつ黒いロングヘアをポニーテールにまとめたその人が、伝説の作家・九頭竜炎牙だという事実だ。
正直、見た目も俺のドストライク!こんなの屈辱でもなんでもない。
むしろご褒美。
「弟子にしてください!お願いします!」
俺は床に額を擦り付けて叫んだ。
古びた床のカビ臭い匂いが鼻をくすぐるが、そんなの気にしちゃいられない。
夢見た物語を書くための最後の希望。
彼女こそ、その答えを持つ神様だと思っている。
あれ、でも反応がない。
俺はゆっくりと顔を上げる。なんという美脚……いやそうではなく、こんな突然の行為に彼女はもしかして怒ってる?
見上げると九頭竜炎牙は少し目を見開いた。
驚いている……いや、ほんの少し微笑んでいるようにも見える。
「ちょっと聞くけど、私の弟子になってどうなりたいの?」
彼女の声は冷静だ。落ち着いていて、優雅さすらある。それに比べて俺の心臓は、今にも爆発しそうだった。
「先生のようなセンスを学びたいんです!」
「……センスねえ」
九頭竜炎牙は腕を組み直し、軽くため息をついた。
「全然わかってないね、君は」
「え……そうなんですか」
「そうよ。まず、センスっていうのはね……見えないものは学べないでしょ」
え、俺、今、完全否定されてますか?
「だったら、俺はどうしたらいいんでしょうか、一生底辺作家のままなんでしょうか」
彼女は俺の問いには答えず、ただ静かに微笑む。そして一言。
「本気なの?」
「もちろんです!俺、本当にこれが最後のチャンスだと思ってるんです。もう諦めようと思った。でも、ここで先生に会えたのは、ラノベの神様がフラグを立ててくれたんだと思うんです!」
「フラグね……この状況で面白いこと言うわね」
彼女はまた微笑んだ。今度は少し楽しげに見える。
「まあ本気だって言うなら。いいわ」
「えっ?」
「弟子にしてあげる」
まじか! やった!神様ありがとう!
俺の顔がパアッと明るくなった瞬間、彼女が続けた。
「でもね、私はいろんな意味で厳しいわよ。あなたの全てを否定するかもしれない。それでもやる?」
「やります!」
俺は迷わなかった。彼女の前でこんなチャンスを逃すわけにはいかない。
◇ ◇ ◇
翌日:リモート会議の地獄が始まる
指定された時間、俺は恐る恐るリモート会議アプリにログインした。
画面の向こうに現れた九頭竜炎牙は、いつも通り美しかった。美しいのに、なんか怖い。笑顔の奥に何か冷徹なものを感じる。
「あなたの作品、読ませてもらったわ」
いきなりそう言われ、心臓が跳ねる。そう怖さの理由はこれだ。
九頭竜炎牙が俺の書いた小説を読んでくれた――それだけでも夢みたいな出来事だ。
「……どうでした?」
俺はおそるおそる尋ねた。
心の中では「ボロクソ言われるに違いない」と覚悟していた。けど、その答えは意外なものだった。
「小説としては、合格点ね」
「え……まじですか!?ありがとうございます!」
俺の心は一瞬で天にも昇る気分になった。けど、それも次の一言で奈落に突き落とされる。
「でも、ネット小説としては赤点以下よ」
「……赤点以下ですか」
自分でもそう評価してたけど、改めて人から言われるとかなりショックだ。
「ネット小説というのは、読者に刺さらなければ意味がないの。君の小説にはそれが欠けている。」
彼女は冷静に続けた。
「だから、最初の課題を出すわ。君の大好きな小説――『七聖戦記アルファナ』、それを廃棄して」
「廃棄!?」
俺の声が裏返る。
「そうよ。過去を捨てられないような人間に、次の物語は書けない。これは覚悟を試すための最初の課題よ。もし捨てられたら、あなたの新作プロットをチェックしましょう」
——その夜、俺は本棚から『七聖戦記アルファナ』を取り出した。
その青い表紙を眺めると、中学生の頃の自分が蘇る。俺にラノベの魔法を教えてくれた本。これを捨てろというのか?
「いや、これがなきゃ俺は……」
だけど、脳裏には九頭竜炎牙の冷徹な表情が浮かぶ。あの人が言った「覚悟」という言葉の重さが、俺の心を締め付ける。
最終的に俺は決断する。
「先生に教わるために……やるしかない」
翌日、俺は画面の向こうの九頭竜炎牙に向かって泣きながら告げた。
「せんせい、は、廃棄しましたぁ……!」
彼女は軽く頷く。
「そう。よくやったわね」
俺は涙を拭いながら、次の課題を求めた。
そして、今構想中の新しい小説のプロットと第5話までの下書きを送った。
今、目の前で、九頭竜炎牙が俺の作品を読んでいる。その時間がまるで永遠のように思えて心臓が壊れそうだった。嬉しさと怖さが入り混じって、背中に嫌な汗が滲む。
彼女はしばらく黙って原稿を読み、意外なことを言った。
「アイデアは悪くない。文章にセンスもあるわね」
「本当ですか!?」
「でも、これは絶対に読まれないわ、いいとこPV2000って感じかしら」
「なぜですか!?」
彼女は冷静に言い放つ。
「読まれたいなら、センスで書くな。欠点で戦いなさい」
「欠点で戦う? ラノベなのに?」
「そうよ。なぜなら、物語はそこに宿るから」
俺の中で何かが音を立てて崩れていく。彼女の言葉が抽象的かつ重すぎて、意味がまだよく飲み込めない。
「じゃあ俺はこれからどうしたらいいんですか?」
彼女はさらりと答えた。
「まずは、週間ランキングで一位になりなさい」