冬枯れた花壇が続く遊歩道を、姉と一緒に歩いていた。
この季節は世界から色彩が少なくなる。失われた色はどこへ行くのだろう。そんな事を考えながら口元に巻いた灰色のストールを少し握る。
側道の公園には誰も居らず、老朽化したブランコがただ寿命を待つかのように設置されたままだ。
――揺れている。
冷たくて透明な寒気は世界の解像度を上げる。それはレンズのように視覚的に――いや感覚的に何かを知らせてくる。
揺れた。
世界が少し振動した。
無意識下に受け取った世界の揺れ。それは身体の中心軸をも微かに揺らし、やがて明確に私にブレを生じさせる。
「揺れたね」
隣を歩いている姉が不意にそう言った。
「揺れた」
自分でも驚くようなか細い声で、そう返事をした。
そして沈黙。
足音。
白い息。
こういう時間は決して嫌いではない。幾億の言葉よりしばしの沈黙のほうが意思が伝わるときもある。
姉はいつだって私の在り方を察してくれていた。
「そろそろどこかでお昼食べて行こうか」
「そうだね」
姉の提案するままの、姉が向かう方向――それがいつも私が向かう先だった。
私の中心軸は姉だ。
そして先ほど私の中心軸が、揺れた。
その事を姉は知っているのだろうか。
――知ってはいるのだろう。
それに対処する必要は無いという事だ。
黙って姉とともに歩を進めていく。見上げれば銀色の曇天。自分の息が白い。
郊外のつまらない光景も冬のヴェールに覆われどこか透明感を感じさせるようになっていた。
私と姉の到着を待つように、冬の郊外はただそこに在る。
何気なく手を握りしめた。手袋のギュッという微かな音。
この世界ではまだ、音は失われていない。
しかしもう音楽は失われ物語は瓦解した。
いつもの日常はどれほど脆いものの上に成り立っていたのか。
「お昼食べる前だけど、そろそろっぽいよ」
姉がそう言った。
ハッとして姉の美しい顔を見る。
曇天に視軸を遣り、口を閉じた姉の顔を。
私も姉の横で空を見上げた。
私は■■■だった。
姉は■■■だった。
そろそろだ、という姉の言葉の本意を汲み取れたかどうかは判らない。
しかし、いつだって私を導いてくれていた姉の言う事が間違うはずもない。
世界は仮初めの日常を未だ演じている。人々は生活しているし、誰も取り乱している様子はない。
姉が最後に告げる言葉は何だろう。
世界が通常を装う中、まだまだ私と姉は歩を進める。
道行く人々は生気と活気の前借りをして生きていた。
そのすべてが私の胸を締め付けるが、私の中でそれらより上位に位置するのが姉である以上、どうしようもない。
肌寒さに震える人々。
祝祭日だからと浮足立っている人々。
――そして。
明日以降も、世界がまだ存続してゆくと思っている人々。
私の胸中を察したのであろう姉が、私の中のざわめきをシャットアウトするかのように言う。
「あと少しで、降ってくるよ」
私は応える。
「終わりだね」
降ってくるのは曇天――天空のずっと向こうからの御使い。
それは、終末の。
巨大な。
姉は、いつだって私を導いてくれていた。
幾億年も。どの星系でも。どんな終末に於いても。