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第25話



伯爵の漆黒の瞳が、ゆっくりとエドガー、アレクシス、そしてカイルを順に見渡す。

一見すると微笑んでいるようにも見えるが、その表情は“冷酷”という言葉をそのまま映したように、底知れぬ不気味さを放っている。


「ずいぶんと賑やかな“お出迎え”だな」


無機質な声が静かに落ち、さっと空気が張り詰める。

伯爵は漆黒の髪を軽く振り、喉の奥で低く笑った。まるで「すべて想定内だ」という余裕さえ感じられる。


「さすがは我が娘。ソフィアも人脈に恵まれたものだ。

……一体、どんな手を使ったんだ?」


そこにはあからさまな嘲笑が混ざっている。

カイルは真っ先に反論しかけたが、エドガーがわずかに首を横に振ると、やむなく息をのみ、後方に下がった。


「お父様――ご用件は?」


私は腹をくくって声を張った。

これ以上、嫌味なやり取りを続けさせるつもりはない。

父がここに来た理由は、おそらく――。


「ほう、やけに落ち着いているな、ソフィア。

私の顔を見れば、さぞかし震えあがるかと思ったが……

ずいぶんと図太くなったものだ」


伯爵の瞳は私を射すくめるように見下ろす。

けれど、かつてのように身を竦めたりはしない。背後のエドガーやアレクシス、そしてカイルが、私をしっかりと支えてくれているから。


「あなたに呼びつけられたわけでもなく、こちらに“わざわざ”お越しくださるとは。

光栄ですね、父上」


わざと淡々とした微笑みを浮かべて言い返すと、伯爵の唇がつり上がり、苦々しい嘲笑を形づくった。


「用がないと来てはいけないのか?

可愛い娘に一目会いたくて来たというのに」


――よく言うわ。

明らかに空気が重苦しくなる。

エドガーの背中にわずかな緊張が走り、カイルは伯爵を睨むように見つめている。


「ああ……なるほど。噂に聞く“熱血騎士”というわけか。

ずいぶん生意気だな。」


伯爵の声は淡々としているものの、その視線に嘲りと敵意が透けている。

けれどカイルは怯むことなく、伯爵と視線を合わせ続けた。


(……私のために、こうまでしてくれるなんて)


胸の奥がじんわりと熱くなる。

私は、この公爵家の人々が私を守ろうと立ち上がってくれる姿に、心から感謝していた。


すると、伯爵はふいに穏やかな笑みを浮かべ、まるで父親らしい口調で言い始める。

しかしその声は、どこか薄ら寒い。


「まぁまぁ、そう鼻息を荒くするな。

せっかくこうして公爵家に来たのだ。

まずは父親として、娘の顔をゆっくり拝見したい――そうは思わないか、諸君?」


どこか余裕を感じさせる態度に、エドガーがわずかに歯ぎしりするのが伝わってきそうだ。

しかし伯爵の言い分は“父として娘に会いに来た”という建前であり、いきなり追い返すわけにもいかない。

エドガーはぐっと言葉を飲み込み、僅かに眉をひそめながら伯爵を見据える。


「……わかりました。

ソフィア、少しだけお父様と二人でお話しなさい。

ただし、わが家への無礼は許さないと、あらかじめ申し上げておきますよ、伯爵」


エドガーの低い声には警戒と怒りが交じり合っている。

伯爵はその言葉にくすりと微笑んだ。


「もちろんだ。

私も、公爵殿をそこまで無視するつもりはない。

ただな、娘と差し向かいで少し話をするくらい、咎めるわけではあるまい?」


そうして伯爵は視線を私に向ける。

私はそっとアレクシスの手を離し、カイルやエドガーに緊張の色が残っているのを感じながら、一歩前に出る。


「父上、こちらへ……」


部屋の奥にある小さなサロンに向かい、伯爵が私の後に続く。

エドガーとカイル、そしてアレクシスは不安げに私を見送っているが、ここで揉めるわけにはいかない。

やがてサロンの扉が静かに閉じ、部屋の外から三人の気配が遠ざかっていくのが感じられる。


――こうして、私は父と二人きりになった。


伯爵は部屋を見回すと、優雅にソファへ腰を下ろす。まるで自分の家のような落ち着いた様子で。

私はその向かいに座り、背筋を伸ばしながら伯爵の言葉を待つ。


「さて、どうやらお前は……今の暮らしがよほど気に入ったようだな」


穏やかな微笑みを湛えているのに、その瞳の奥は底知れぬ闇を秘めている。

その隙のない佇まいに、私の息は少し荒くなる。

しかし、ここで怯んではいけない――そう自分に言い聞かせながら、私は伯爵を見つめ返した。


(これからどんな言葉を投げられても、私は崩れない。

 だって、もう“一人”じゃないのだから……)

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