伯爵の漆黒の瞳が、ゆっくりとエドガー、アレクシス、そしてカイルを順に見渡す。
一見すると微笑んでいるようにも見えるが、その表情は“冷酷”という言葉をそのまま映したように、底知れぬ不気味さを放っている。
「ずいぶんと賑やかな“お出迎え”だな」
無機質な声が静かに落ち、さっと空気が張り詰める。
伯爵は漆黒の髪を軽く振り、喉の奥で低く笑った。まるで「すべて想定内だ」という余裕さえ感じられる。
「さすがは我が娘。ソフィアも人脈に恵まれたものだ。
……一体、どんな手を使ったんだ?」
そこにはあからさまな嘲笑が混ざっている。
カイルは真っ先に反論しかけたが、エドガーがわずかに首を横に振ると、やむなく息をのみ、後方に下がった。
「お父様――ご用件は?」
私は腹をくくって声を張った。
これ以上、嫌味なやり取りを続けさせるつもりはない。
父がここに来た理由は、おそらく――。
「ほう、やけに落ち着いているな、ソフィア。
私の顔を見れば、さぞかし震えあがるかと思ったが……
ずいぶんと図太くなったものだ」
伯爵の瞳は私を射すくめるように見下ろす。
けれど、かつてのように身を竦めたりはしない。背後のエドガーやアレクシス、そしてカイルが、私をしっかりと支えてくれているから。
「あなたに呼びつけられたわけでもなく、こちらに“わざわざ”お越しくださるとは。
光栄ですね、父上」
わざと淡々とした微笑みを浮かべて言い返すと、伯爵の唇がつり上がり、苦々しい嘲笑を形づくった。
「用がないと来てはいけないのか?
可愛い娘に一目会いたくて来たというのに」
――よく言うわ。
明らかに空気が重苦しくなる。
エドガーの背中にわずかな緊張が走り、カイルは伯爵を睨むように見つめている。
「ああ……なるほど。噂に聞く“熱血騎士”というわけか。
ずいぶん生意気だな。」
伯爵の声は淡々としているものの、その視線に嘲りと敵意が透けている。
けれどカイルは怯むことなく、伯爵と視線を合わせ続けた。
(……私のために、こうまでしてくれるなんて)
胸の奥がじんわりと熱くなる。
私は、この公爵家の人々が私を守ろうと立ち上がってくれる姿に、心から感謝していた。
すると、伯爵はふいに穏やかな笑みを浮かべ、まるで父親らしい口調で言い始める。
しかしその声は、どこか薄ら寒い。
「まぁまぁ、そう鼻息を荒くするな。
せっかくこうして公爵家に来たのだ。
まずは父親として、娘の顔をゆっくり拝見したい――そうは思わないか、諸君?」
どこか余裕を感じさせる態度に、エドガーがわずかに歯ぎしりするのが伝わってきそうだ。
しかし伯爵の言い分は“父として娘に会いに来た”という建前であり、いきなり追い返すわけにもいかない。
エドガーはぐっと言葉を飲み込み、僅かに眉をひそめながら伯爵を見据える。
「……わかりました。
ソフィア、少しだけお父様と二人でお話しなさい。
ただし、わが家への無礼は許さないと、あらかじめ申し上げておきますよ、伯爵」
エドガーの低い声には警戒と怒りが交じり合っている。
伯爵はその言葉にくすりと微笑んだ。
「もちろんだ。
私も、公爵殿をそこまで無視するつもりはない。
ただな、娘と差し向かいで少し話をするくらい、咎めるわけではあるまい?」
そうして伯爵は視線を私に向ける。
私はそっとアレクシスの手を離し、カイルやエドガーに緊張の色が残っているのを感じながら、一歩前に出る。
「父上、こちらへ……」
部屋の奥にある小さなサロンに向かい、伯爵が私の後に続く。
エドガーとカイル、そしてアレクシスは不安げに私を見送っているが、ここで揉めるわけにはいかない。
やがてサロンの扉が静かに閉じ、部屋の外から三人の気配が遠ざかっていくのが感じられる。
――こうして、私は父と二人きりになった。
伯爵は部屋を見回すと、優雅にソファへ腰を下ろす。まるで自分の家のような落ち着いた様子で。
私はその向かいに座り、背筋を伸ばしながら伯爵の言葉を待つ。
「さて、どうやらお前は……今の暮らしがよほど気に入ったようだな」
穏やかな微笑みを湛えているのに、その瞳の奥は底知れぬ闇を秘めている。
その隙のない佇まいに、私の息は少し荒くなる。
しかし、ここで怯んではいけない――そう自分に言い聞かせながら、私は伯爵を見つめ返した。
(これからどんな言葉を投げられても、私は崩れない。
だって、もう“一人”じゃないのだから……)