私の名はソフィア= リヴィエール。
それは、この世界での名──乙女ゲーム『君が未来を照らすから』の悪役令嬢の名前だ。
ある朝、目を覚ましたら、私は豪奢な天蓋付きのベッドの上にいた。重厚な家具、煌びやかなシャンデリア。
「……一体、何かどうなっているの……?」
鏡に映る姿を見つめながら、私は震える声で呟いた。
鏡の中には、艶やかな金髪を持つ少女がいる。柔らかなブラウンの瞳に、薄紅色の唇。美しさと冷たさを兼ね備えた容姿は、まさに悪役令嬢ソフィアそのものだった。
私は気づいたのだ。この姿が、私自身のものになっていることに。
──そう、私は転生した。
しかも、このゲームの脇役であり、冷酷無比なブラックソーン伯爵の娘として。
この世界では、ブラックソーン伯爵は悪名高い陰謀家として知られている。そしてソフィアはその娘として、名門リヴィエール公爵家の嫡男エドガーとの政略結婚を命じられた。
だが、それは愛のある結婚などではない。
父の策略の一環として、ソフィアはエドガーを陥れ、公爵家を掌握するための駒として利用される運命にあった。
「お前の使命は一つだ。奴を殺せ」冷徹な父の命令を受けた瞬間、私は思い出す。
──エドガーが、かつての私の最推しキャラだったことを。
私は彼を愛していた。
ゲームの中の物語でも、彼の持つ孤高の優しさ、強さ、そして誇り高い姿に心を奪われていた。
しかし、このままでは私は父の命令を実行し、エドガーに裏切りを知られ、処刑される。
これが、ソフィアの「ゲーム内での運命」だった。
あまりにも残酷な運命――それでも、私は覚悟を決めた。
この運命を受け入れ、エドガーが幸せを掴むために全力を尽くす。
彼がヒロインと出会い、心から愛し愛される未来を守るために──私ができるすべてを捧げよう。
とはいえ、処刑だけはどうしても避けたい。
幸いにも、ゲームのストーリーが始まるまでまだ一年の猶予がある。この間に準備を整え、何とか国外に逃げ出すつもりだ。
乙女ゲーム『君が未来を照らすから』は、美しいイケメンたちとの恋愛を楽しむ逆ハーレム作品。
中でもエドガーは、影のある“バツイチ枠”として女性プレイヤーたちの心を掴んで離さない。
しかし、そのバツイチという設定は、私――彼の妻であるソフィアの存在が不可欠だ。
彼が過去に傷つき、心を閉ざしているというバックストーリーを支えるのが、ソフィアというキャラクターなのだから。
つまり、彼が“魅力的なバツイチ”としてヒロインと愛を育むためには、私が完璧に“嫌われる”必要がある。
彼がソフィアに未練を持つことなく、過去を清算し、新たな愛を見つけられるように。
「……なら、私は全力で嫌われるわ」
冷酷で利己的な妻を演じきり、彼の信頼も愛情もすべて失わせる。
「もう二度と会いたくない」と思わせるほど徹底して。
そして、彼の心がヒロインに向くよう、私はそっと背中を押すのだ。
国外逃亡後は、影から彼らの恋を見守る。そして密かに策略を巡らせ、二人を結びつける。
すべてはエドガーが幸せを掴むために。
――これが、最推しのために転生した私の使命なのだから。