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悪役を演じているはずが、なぜか夫と息子に溺愛されています
悪役を演じているはずが、なぜか夫と息子に溺愛されています
すずかん
異世界恋愛ロマファン
2025年01月04日
公開日
3.5万字
連載中
冷酷な悪役、ソフィアに転生してしまった主人公。

ソフィアは、原作で冷酷で非道な行いを重ねた末、夫と義理の息子に見放され、悲惨な最期を迎えるはずだった。

ならば運命通りに嫌われ、原作の通りに物語を終わらせればいい――そう決意したソフィアは、冷たく振る舞い、疎まれる努力を始める。

だが、なぜか義理の息子・アレクシスは彼女を「母上」と慕い、「母上は、僕が守ります」と真剣な眼差しを向けてくる。

さらに、冷淡だったはずの夫エドガーまでもが「ソフィア、これからも君のそばにいる」と熱い言葉を口にし、離れようとしない。

一体、何がどうなっているのだろうか?予定と違う彼らの行動に戸惑いながらも、ソフィアの心には次第に温かい感情が芽生えていく――。

第1話


「ああ、この光景、知っている――」


静かにパンにバターを塗りながら、

私は心の中で呟いた。


長いダイニングテーブルの端に座り、

無言で朝食をとる家族の姿を眺める。


冷淡な夫、エドガー公爵。

その真正面にいるのに、一度も視線が合わないどころか、

私の存在そのものを無視している。


「……」

彼の態度には、もう慣れてしまった。

静かにパンをかじり、コーヒーを一口含む。


隣に座るのは養子のアレクシス。まだ十歳のはずだが、その瞳には年齢にそぐわない冷たさが宿っている。


「また昨日と同じパンなの?」

生意気な口調で放たれる言葉には、皮肉がたっぷり込められている。


私は視線を落としたまま答えた。

「食べたくないなら残せばいいわ」

感情のかけらも感じさせない冷たい声。


アレクシスは舌打ちし、パンを乱暴にちぎって口に運ぶ。


エドガーはそのやりとりに目を向けることもなく、

食事の手を止めず、静かに言った。

「母親らしい言葉ではないな」


私は微かに笑い、静かに言葉を返した。

「母親らしい態度を求めるなら、家族らしい振る舞いをしていただきたいものね」


エドガーは顔をしかめることもせず、視線を逸らした。


――この光景、見覚えがある。

そう、これは私がかつて夢中になった乙女ゲーム『君が未来を照らすから』の世界。


しかし、私がこの家族の中で「冷酷な公爵夫人」として扱われているのは、私自身が選んだ結果だ。

転生してすぐ、この物語の世界で生きる術を考えた末の決断。


「優しい母親」を演じることもできたはずだ。

けれど、それではこの家族は救えない――私はそう判断した。


目の前にあるパンを一口かじり、視線をテーブルに落とす。

エドガーとアレクシスは食事を終えると無言で立ち去り、広いダイニングには私一人が残された。


「これでいいのよ」

ぽつりと呟く声は、誰にも届かない。


冷たく振る舞う理由はただ一つ。

この物語にとって冷酷無慈悲な公爵夫人――すなわち“ソフィア”を完璧に演じ切ることこそが、最善の選択だからだ。


私の本心など誰にも知られなくていい。

これは愛でもなく、まして慈悲でもない。

ただ、私がこの世界で生きる道を選んだだけのこと。


冷めたコーヒーを最後の一口で飲み干すと、

私は静かに立ち上がり、自室へ向かった。


――最推しの幸せのためなら、どんな役でも私は全力で演じ切ってみせる。

心の中でそう呟きながら。

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