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§§§



 サヤの奪還戦は失敗に終わった。


 アオキ村を襲った奇行種は大陸で確認されている新型「アトルギア・タイプ:ジャギルス」であるとされ、ガナノ=ボトムを通信的に孤立させたうえで攻め落とすと言う超高度な戦術を実行した、新たな人類の脅威だった。


 その後、王都から派遣された正規軍による残党機械兵アトルギアの掃討戦が開始された。塔内にジャギルス個体はコアを残して焼滅していた。よってあの時、サヤが奴を相討ちにとったのは確実のようだ。


 ポートツリーを直撃した巨大落雷は塔周辺にいたアトルギアも巻き添えにしたらしく、第三ガナノ地域のインフラストラクチャが復活するまで多くの時間はかからないだろう。


 結局、サヤという少女は機械でできた存在であり、彼女は準機械兵とも呼ばれる機械人アンドロイドという事実が確認された。


 アンドロイドは「叡智」と呼ばれる戦力、またはそれを補佐する機能を持っており、製造者であるカズマは主要都市等で公布されている「大規模影響力を保持する機械についての条約」にサヤが抵触するとして、危険人物に認定される。


 ……まぁ、目撃者は誰も告発するはずない。だから彼はまだ無辜むこの民だ。エリサも正規の兵士でないから咎める気など毛頭ない。


 ここまでが、最近のニュースで流れてくる情報から得たエリサ達の所感である。


 しかし我々は機械の少女を助け出すのにこそ失敗したが新たな人類の脅威を討ち獲る大戦果を挙げた。名乗り出れば莫大な報酬を貰えるのに違いないが……なぜかエリサとゲイツは今日も腹を空かせている。


「エリサちゃぁん、俺ちゃんお腹空いただよぉ、なんかない?」


「ゲイツ、文句を言わない。まだ山に入ったばかりじゃないか」


「もぉおお、なんで山越えを終えて一週間でまた山を越える訳ぇ? 食糧もほとんど流浪民ジプスに譲っちゃうし、山人やもうどなの?」


「疲弊しきった彼らから貰う食べ物は無い。それにヒル=サイトに私の探している人はいなかった、だから次の街を探す」


「いや、あなたの滞在期間四日だったよ? 俺は一足先にヒル=サイトに到着してたからいいけどさ、エリサは激戦の後だしせめてもうちょいさ、ジプス達との感傷に浸っていても良いんじゃないかな? 体力おばけなの? それにあんたってば別れ際の挨拶が『じゃあまた』って何その渋さ。えぇ一言だけぇってあまりにも薄情過ぎてゲイツさん泣きそうになったよ」


 よく喋る男だ。


「誰でもゲイツみたいに話が好きな訳じゃない。とはいえゲイツのおかげで助かった」


 新しくなった腕の感触を確かめる。ゲイツ自身が義手を自作しているようにエリサの壊れた腕は彼がヒル=サイトの町工場で修理してくれた。


「へっへん。おてんばな弟子の手当ても師匠の仕事ってもんですよ。この通り、強くて賢くて優しいゲイツさんですから、そらもうアオキ村のお嬢さん達にモテモテでしたよグゥエヘヘヘヘ」


「なんて表情をしているの」


 最初の方は感謝と敬意を持てていたが後半の台詞を喋った顔はシンプルに気持ち悪い。目に入れるのも嫌だったので説明は省く。


「けど……確かに、あの数を相手にしたゲイツはすごかった」


 手当てを受けたのはエリサだけではない。シビリオの失われた腕もゲイツによって義手が設けられた。機械の襲撃で負傷した人々は皆ゲイツによって人並みの生活程度ができる処置が施された。アトルギアと戦いながら山越えをした直後に以上の働きをしてみせたのだ。出発時に万歳三唱──両手を掲げて声を張る、地域特有のありがたい挨拶らしい──を受けて見送られるのも頷ける。彼に惚れたのか涙を浮かべる者すらいた。


「まぁね。過干渉はエヌジーって決め事だけど悲壮のどん底を駆け抜けて来た同士、放っとくのも愛がないよ」


「愛、ねえ」


 飄々《ひょうひょう》としながら情け深い一面を見せる、本当に世間への干渉が巧い男だ。


 ……もしも、ガナノに向かったのがゲイツだったら結果は違ったのだろうか。


 戦場を脱出してから、ずっと考えている。


「気にしてるのか?」


「うん。私は彼女達を守れなかった」


 食糧の提供を断ったのはその負い目からだ。契約上、亡命するジプス本隊と責任者のカズマを同時に護衛するなら方法は二人が別れるしか手立ては無かった。仮にエリサが亡命側でゲイツが奪還側に行っていたらサヤは助かったのだろうか。機転が効くゲイツなら四角四面な自分以上の立ち回りを見せジャギルスとの舌戦にも勝てたのではないか。


 アンドロイドだったサヤを得意の機械細工で協力出来たのではないか。


 今よりもマシな結果になってたのではないか。


「エリサ、彼を生還させたのは君の戦果だ。俺だとジャギルスに傷を入れる事すら不可能だった」


 表情から汲んでくれたのかゲイツが声音を優しくして言ってくれた。


「私はジプスに合わせる顔がなかった」


 だから一刻も早く彼らの元を去りたかった。


「サヤとモトリ婆さんのことは気の毒だと思う。彼女らの命と引き換えで人類の脅威を倒すことに成功した。二人が守り抜いた今日をこれからも守り続けるのが戦士の仕事だ」


「カズマはどうなるだろう」


 心通わせあった家族の二人を失った彼。撤退の道中でひとことも交わさず山人に担がれるままに気を失っていた。エリサが最も言葉を交わすべき相手だったのに。


 彼の状態は最悪だった。


 極度の疲労のみでなく全身打撲に加え骨折部位が鎖骨、鼻骨、腕部、脚部、そして肋骨が七本損傷。その他内臓にもダメージがある。高熱も出ていた。普通なら死んでいてもおかしくない。彼の精神の強さが生命力に直結していたのだろう。ヒル=サイトに到着した時カズマはむくりと起き上がりジプスの者に指示を出した。


 再会の感動と歓迎の支度をしていた者達は面食らってカズマに言われた通りの用意をした。エリサの心臓移植であった。


『お前の壊れかけたコアを付け替えてやる』


 アンドロイド製造者の末裔であるカズマは瞬く間に心臓を修理した。エリサの老朽化した心臓は新たなものに取り替えられた。今エリサの体内で脈動しているのはサヤの心臓だ。人型無機生命体としてよく似た二人はいくつかの部品に互換性があった。サヤのためにあった部品をカズマは譲ってくれたのだ。少女が生きているのは彼が決死の作業を押して果たしたから。


 エリサが目を覚ました時カズマは昏睡状態に落ちて治療中だった。移植作業を終えた途端糸を切ったように崩れ落ちたらしい。怪我の状態が判明したのはこの後のことだ。一命は取り留めたらしいがその後の彼が気掛かりだ。エリサは悶々としながらも今も昏睡中のカズマをそのままに旅立ってしまった。礼の言葉も言えなかった。


「ま、なるようなるんじゃない?」


 ゲイツはあっさり切って捨てた。


「ゲイツがそんな薄情だとは知らなかった」


「違う違う。俺達は見てきただろ、アオキ村の生き方を。心根の温かい彼らなら傷を負った者同士を癒しあえるはずだ」


「結局は他人任せ?」


「無関心じゃないのは心得違いしないでくれよ。ただ、彼らにしても俺達は余所者だ。血生臭い俺達がコミュニティに癒着するのは不健全だよ。なにごとも自然治癒が一番だ」


 だからエリサ、君が早々に町を出たのは正しい判断だったかもね。そう言った。


「ゲイツは考えが逞しい」


「師匠ですから」


 ニカっと歯を見せたゲイツの言葉はいかなる状況をも肯定してしまう痛快さがある。時に敵を作る事もあるが彼の切り返しに当てられた方は妙に納得せざるを得ない。ゲイツの人柄が妙に好かれるのはこの屈託したポジティブさがある故だろう。ほとんどが綺麗事に過ぎないけれど、その綺麗な言葉がエリサの淀んだ胸中に温もりを与えた。


「大丈夫、彼ならきっと立ち直り、流浪民ジプスをより未来へと連れていける」


 胸に手を当てその回復を祈る。救えなかった命の数々を背負いそれでも生きていく。戦場を渡り歩く旅でいつも思う。生きるというのは戦うことだと。


 そう言えば、ハルカという赤子が生まれた。シビリオに生まれた娘の名だ。シビリオこそ戦いの傷で瀕死だったがなんとか一命を取り留めた。母親は既に絶命していたがお腹の子にはなんと命が残っていた。カズマの用意した生命維持装置に繋がれ、シビリオとソヨカの子は安全なヒル=サイトで産声を上げた。名前には温かな世界への願いを込めた。だからハルカ。


 ――続いている命がある。


 だから、戦い続けねばならない。


「ん……? エリサ、あれ」


「何かあったの」


「平野に誰か立ってる」


 山道を覆う木々の切れ目から、ヒルの町がある平野が望めた。町の関門の外で誰かが大きく手を振っている。


(……しぶとい友達だ)


 エリサは右手を掲げその親指を立てた。彼はそれに気づいたらしく同じ形で返した。


 大きく、息を吸う。


「ありがとう!」


 この声は届いただろうか。少年は何も言わなかった。


「……エリサちゃん、そんな大きい声出せたんだね」


 隣でゲイツが耳に手を当てしかめ面。


(そう言えば……こんなに大声で礼を言うのは初めてかもしれない)


 無性に居心地が悪くなり、ゲイツを置いて歩き始めた。


「は、ちょっ! 何さ、どうしたんだよ。待ってよエリサちゃあん!?」


 ゲイツが追いかけてくるのを無視して早歩きで山道を登っていく。


「早くして。今日は昼過ぎには暑くなる、多分」


「どうしてそう思うの?」


「勘」


「勘って」


 頬で切る風には夏の匂い。蒸れた木々の葉の影が崩れた世界を緑で覆う。地上から人の姿が消え去って、残った廃墟は植物達が包みこみ、機械共が息衝くばかり。


 もしも彼らとまた会う時に世界はどうなっているのだろう。


 歴史は絶え間なく動き続ける。その中で命が歯車を正す時はいつになる。


 少女は電影の空の下を行く。とりあえず世界は今日も崩れたままだ。





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