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雷音の機械兵(四)

 機械人アンドロイド


 またの名を〈代替する労働力リミタティング・レプリカント〉――人間に代わって役割を果たす存在。


 かつて人類が栄えた時代に生み出された歴史の片翼。人間と共に生き、人間に代わり困難を担う宿命の代替者。古くから親しんできた両者であったがきょうび廃れた文明と慢性的な資材不足によって民間のアンドロイド製造は途絶えたかに思われた。


 だが製造技術を子々孫々伝えた一族も一握程度に残存していた。その末裔がカズマである。両親が遺した設計図と生贄の歴史を変えた初代アンドロイド・サラの記憶情報アーカイブを元に自作の少女を生み出した。


 それが、サヤ。サヤは人間に代わる役割を与えられた機械の人間。生身の人間を護るために死の宿命を背負わされた代替者レプリカントである。


 通常アンドロイドと製造者は素性を明かさない。倫理的問題による迫害を避けるためだ。しかし製造者は人々を豊かにする使命の元で代替者を世に産み落とす。アンドロイドは人間にできぬ技能……すなわち人間達の夢見た力「叡智」を多くが備えられている。


 サヤにも叡智は備わっている。空読ソラヨミだ。


「天にまします空神よ、我をしるべに怒りの槌で裁きたまえ」


 巫女の詠唱を口にする。雨脚が強まり部屋に降り込む水量が俄然増すや、天空の雷音が高まりだした。サヤがそこに生じる雷電から静電気を吸収し体内で増幅させる。体が一層光り輝く。


『ありえない、自然に介入して天候を操作するなど聞いたことがない』


 あまりの出来事に戸惑いを浮かべるジャギルスに穏やかな表情のまま言う。


「はい。すべては天の思し召すまま」


 サヤはジャギルスにうそぶいた。そう、天候操作に見せかけるだけ……介入などしていない。読んでいるだけだ。


 風の強さ、空気の匂い、気圧、温度、鳥獣花草ちょうじゅうかそうの有様等……天候に関するすべての情報を観測、集約。それらすべてを計算し、結論に沿って立ち回っている。


 感じたままに動く、それだけに過ぎない。


 機械の成長は試行回数が必要だ。サヤは天候観測術〈空読〉で試行、失敗を重ねてきた。そして完全に体得するまで十二年の歳月を要した。これには先代機・サラから受け継がれた記憶データも含まれている。首飾りが記憶の出し入れを管理する。ジャギルスがサヤの叡智を抜き取れなかったのはそのためだ。


 今のサヤは待っている。頭上に渦巻く雷雲が更に発達する時を。


 おてんばな本性を偽って巫女に勤めた演技力はジャギルスさえも惑わした。


「サヤは努力家なんでね、根性は俺譲りだ」


 カズマが胸を張って言うのでサヤは嬉しかった。人前で褒められた事が無かったからカズマの一言でサヤの心はますます踊る。


『おのれ、人間ごときの身代わり人形め』


 ジャギルスが接近しようとしたが、なんと転倒した。聡明なサヤが何もせず立っているはずがない。最初の電光を走らせた時、首の破損箇所に微弱な電流を送り込んでいた。内部からなら奴の動きを止められると思った。見事に奏功した。


『ぬ、うぁ……うおお……』


 損傷箇所から中枢系を支配されたジャギルスは何度も再起を試みるが、四肢の掌握ができずに床の上で転がっている。


『まさか、僕が負けるのか? 僕は最新型だぞ。人間に代わり地上の支配者である僕が、人間の身代わり人形ごときに……?』


 ジャギルスは頭の回転速度が速い。この場の生殺与奪せいさつよだつの権利が誰に移動したのか、早くも理解したらしく、声に絶望と諦観が窺える。


『まさかそんな、僕は勝つために生まれたんだぞ。僕が破れるなんて……僕は殺されるのか? 理想の世界を見ることもなく……嫌だ、嫌だ嫌だ……僕の夢が……壊れる!』


 夢……サヤの耳がぴくりと動いた。のたうち回るジャギルスは高慢さが嘘のように喚き散らしている。……可哀あわれだ。


 サヤは人間と戦い滅ぼすために生まれたジャギルスの背景に想いを寄せた。


(彼も自分と同じじゃないか?)


 彼は誰かの理想を叶える代替者として戦わされているに過ぎない。彼には自我がある。ゆえに戦う以外の理想を求める手段を知らないだけでは無いのか?


 死への抵抗を示す彼に、まるで自分達と変わらない「弱さ」が見えた。


 サヤは過ぎ去った日々を思い出す。サラと共に生きた記憶。


 彼に、届くよう喋り始めた。


「人間の代わりはアンドロイドの宿命だから、私は感情を与えられた人形に過ぎない。それでも……幸せを感じられた」


 村に生きる人達の笑顔と涙が私に平和を祈らせた。思い出すと胸が温かくなる毎日に私は彼らを守りたいと「心」から思った。すると皆がお互いを思いやる気持ちをもって助け合い生きている姿が私の目に見えてきた。


 与える心を持ったから与えられる心が養われた。人間の心の可能性を知った。


 廃れた世界と言われても人の心まで廃れてない。いつか私達の持つ平和の火種がきっとまた世界に温もりをもたらす。だからまだ人類を滅ぼさせる訳にはいかない。


「私は、私。この広い世界でただ一人の存在……最も尊い命です」


 そして無機生命体あなたも、尊い命。平和な世界を望む尊い存在です。


 それを気付かせてくれたのはアトルギアだった。教えてくれたのは人間だった。共に目指すものは同じのはず。だから、私は願います。


「私達は共に生きていきたい。話せばきっと分かり合える」


 微電流で抑え続けるジャギルスに向けて、サヤは微笑んだ。驚いていたのはカズマだ。


「サヤ……お前、そんなことを」


 ひれ伏す彼を見てアトルギアの持つ可能性にかけてみたくなった。


「エリーのように人と生きるアトルギアもいる。だからきっと、ジャギルスも……」


「奴に情けをかけては駄目!」


 その時、意識を取り戻したエリサが叫んだ。


『馬鹿め』


「避けてサヤ!」


 機械の口からくだが射出された。先ほど破壊された管は先端を広げることなくサヤの胸を貫く。ジャギルスはサヤが電流を弱める隙を狙っていたのだ。何百、何千と人間を殺した殺人鬼だ。手段は選ばない。


『よくも、よくも僕の子ども達を、許さん……許さんぞ』


 サヤは何が起こったのか理解できなかった。体を貫いた機械の管は大きくしなり、サヤを振り落とした。サヤの帯びていた電光は消え、辺りを闇が包んだ。空の雷電が塔に射し込み影を浮かべる。


 カズマが叫んだ。


「サヤ! ……キサマァ――ッ!!」


「危ない、カズマ!」


 突っ込んだカズマを機械の爪が薙ぎ払うが、瞬時にエリサが飛び付いてカズマを押し倒す。鉄爪は機械柱ごと空間を切り裂いた。もはや壊れた柱は用済みらしい。ジャギルスが嗤う。


『その心の甘さと弱さが強きに進化する足枷なのだよ。弱者がいるから淘汰競争が終わらない。世界は完全なる強者……僕達だけが平和を実現できるのだ』


「てめぇ、狂ってやがる……」


『あぁそうだ。だが僕から見れば君達こそ狂っている。人間は合理性を求めるために我々機械を開発した。未踏の世界に奮起する彼らの期待に我々は見事、応えたのだ。なぜ敵視する? なぜ抵抗する?』


「アンドロイドのサヤが共存の道を示したのを聞かなかったのか!」


『サヤの言葉は人間の意見だろう? 僕達の意思は尊重されていない』


「だから……サヤを刺したのか?」


 憤怒に震える声が慄いている。


『弱者だからね』


「ふッ……ざけんなぁーーあ"あ"あ"あ"!」


 組みつくエリサを突き飛ばしてカズマが駆けた。ジャギルスは無抵抗で彼の拳を受け容れる。無論効くはずがない。


「駄目よ、カズマ! あなたが敵う相手じゃない!」


『そうだ、弱者がいくら足掻こうと新たな世代の我々に太刀打ちできようものか』


 笑い続ける謗りを耳に入れずカズマは叫びながら拳を振るう。もうそれしか感情のやり場がないのだろう。半狂乱の雄叫びが部屋中に響き、剥けた拳の皮から血が飛び舞う。


 サヤ、サヤは、サヤはっ!


「お前に殺されるために生まれたんじゃねえ! 愛されるため生まれてきたんだァ

ッ!」


『あぁ、それは気の毒だ』


 ジャギルスがカズマの頰を張る。地に伏すカズマの頭を踏みつけジャギルスは嘆くように言う。


「ぐ、がぁ……!」


『サヤの叡智は見事だと認めよう。天候を操る力は僕も欲しい。が、口惜しいかな、彼女本人に生殖器を壊されてしまった。まあ良い、街は落とせたし、人間とアンドロイドの試験情報サンプルも回収できた』


 そして赤く眼を点滅させる。


『あとは掃き掃除をして、おいとましよう』


 上空から雷鳴が轟く。ジャギルスの排熱音が高まった。脚の下でカズマが悲鳴を上げる。


「ぐぁああ……ッ」


 頭蓋が踏み潰されようとしている。エリサは助けたがるが限界を超えた四肢に力はもう入らない。動ける人間達はもういない。少女の前でまた一つ命が潰えようとしていた。


『うおっ』


 突然、稲妻が空間を一閃した。上空からではなくすぐ近くから。光芒が迸った先にジャギルスを捉えた。


「私が守るから、みんなを……守る……!」


 空気を裂く音。カズマを踏み付けていたジャギルスが押し退けられサヤが姿を見せた。


「サヤ! その身体は……」


 サヤの胸には大きな風穴が空いている。アンドロイドもエリサ同様、胸には心臓コアが埋まってるはず。なのに、二本の足で立っていた。


「予備、信号線……」


 サヤもジャギルスと同じく中枢とは別系統で命を取り留めているのだ。


「ジャギルス……分かって欲しかったよ」


 サヤはひどく悲しげな声で話しかける。身から放たれる電撃はもはや拘束目的の威力ではない。


『サ……ヤ、僕も、だ……だだだダダダダダダ!』


 高圧電流を受けながらもジャギルスは笑いを上げた。


「何を笑っている!」


 エリサに起こされながらカズマが怒鳴る。


『マザーが壊れても僕が直接、周イイイイのアトトルギギギギアアアアアにデデデデデータ、をオオオオキキキョキョウ有してやヤヤヤる、残ンンン念だっタタタたな』


 ジャギルスは両手を広げた。今ここで自分が破壊されてもデータを受け取った別個体が次世代機を生み出すと言うのか。


「そんなこと……私が、させない……!」


 サヤは更に出力を上げた。ジャギルスが悲鳴を上げる。


「サヤ、よせ! お前の体じゃもたない!」


「う、くぁ……っ! 私が皆を、カズマを守るんだ。私は平穏を護る者……朋然ノ巫女、サヤなんだぁーー!」


 サヤが激しく雷光を発する。カズマとエリサは衝撃波で吹き飛ばされそうになる。サヤは自らの放つエネルギー量に自我耐久度が飽和して意識を失いかけていた。しかし奴が壊れるより先に自分が倒れるわけにはいかない。


 貫かれた胸の穴から自分の体内に電流が入り込む。記憶を司る領域が焼き切れていくのを感じた。今までの記憶が焼けていく。サヤの体内から自我データが消失していく。


 アオキ村で生まれた記憶、地下室で初めて見たカズマの顔、サヤを世話した老婆の名前、村の作物、空の色、人々の声、自分の役目の呼び方、いつも一緒にいてくれた少年の名前、自分の名前……消える、消えていく。


 美しいと思えた何かが、じょじょに、うしなわれ、てい、く。


『ガガガマ、マダ……終わらせないぞゾゾゾ、サヤ……サヤァアアア!』


 なんとジャギルスが動きはじめた。電熱で身体の関節があらぬ方向に曲がりつつも、サヤに止めを刺すつもりか、ぎこちない動作で腕を振り上げる。


「動け、動け……動けっ!」──エリサが大鋸を手に割って入った。


 この可能性を無駄にはしない。機械柱は破壊され、最強のジャギルスもサヤによって討伐されかけている。今ここで奴の計画を止めなければ、人類の明日は闇のままだ。



 最優先事項は、サヤの援護。


 鉄爪を受け止めたエリサは辺りを探す。


「カズマ、私の剣を投げてよこして!」


 エリサが叫ぶ。カズマは落ちていたエリサの折れた直剣をすぐさま見つけ、躊躇いなく彼女に投げた。弧を描いて飛んでくる刃の柄をエリサは噛みつくように歯で受け取った。間断なく気を集中させる。残存燃料で出力を上げられるのは一箇所だけ。


 一か八か、やるしかない。


「むぉぉあーー!!」


 左腕の力を捨て首に全出力を集中させるとジャギルスの懐に飛び込んだ。折れた剣が敵の脇腹に突き刺さる。剣を伝ってサヤの電撃が奴の更に奥まで流れ込む。暴れるジャギルスの爪を躱して左手の大鋸でサヤを守る。格段に動きの速度が落ちた。目で追える。行ける。行ける。最新型の敵をこの手で倒せる。何としてでも奴を倒す。手段は選ばない。


「サヤ、聞こえる! 私ごと撃つつもりで出力を上げて!」


 だが、サヤから返事がなかった。


「駄目だエリサ! サヤの奴、意識がなくなってる! 気絶したまま放電してるんだ!」


「なんだって」


 カズマの叫びに愕然とする。


「奴を倒しきるにはもう一押しいる、私の腕はいつ千切れてもおかしくない!」


 エリサは叫び、大鋸を振り続ける。敵も狂ったように喚いてはこちらを鉄爪で殺しに掛かる。サヤの雷電が散り乱れる。


 この場は、機械同士の殺し合い。


(……殺し合い?)


 エリサは思考が跳躍して、今の時間が意味するものを問い始める。


(私たちは、どうして戦っているの?)


 命も無いのに、殺し合っている。


 それは、生き残るためだろう?


 けれど……在りもしない自分の命を守るのは何故だ? 生きている意味さえ定かでない自分に存在価値はあるのだろうか。その問いには、いつもこう答えてきた。


 生きる事が、私の目的だ。


 では何故、自分をいつも危険に晒す?


 問わないでいようと押し込めてきた根本的な問いかけが、今、エリサの肌から噴き出るように浮上した。


 ……たった今、その答えが見えたのだから。


 ああ、そうか、これは……私達の淘汰競争だ。


 高度知的無機生命体として、優秀な個体を後世に残すため。


 地上の全生物に共通する、本能。これが自分のカラダにも備わっているのではないか。


 私は、命を持っている。


 生き残る為に。


 ……自然と心が沸いていた。


 本能が脈動する。


 限界を超えた境地に至り、エリサの体内では駆動機関がオーバーヒートを始めていた。


 戦うために生まれた存在、機械兵アトルギアのサガが目覚め始めていたのだ。


「あは、あはは……っ、楽しい……楽しい……」


 体温が急上昇する。刃を振るう腕に巡ったエネルギーが加速ブーストする。


 壊れかけた体を躍らせて、エリサは自分に言い聞かせる。


 ――私を傷つける奴がいるならば、自分の力でなぎ倒す。


 ――私の生を邪魔する奴は、私の世界にいなくていい。私の命は、私が守る。


 ――死んでたまるか。死んでたまるか。


 ――どうせこの世界……世界の名前が、絶望だ。 


 ――逃げるな、吠えろ。傷に塗れた生涯の最もはげしい言霊ことだまで、命のを撒き散らせ。


「生きろッ、絶望の果てで傷を負っても!」


 腕が千切れかけている。心臓がメルトダウンを始めている。


 感情がこぼれ出している。過熱のあまり理性が飛びかけている。


 死を意識して初めて得られる生の実感。生命的な悦楽を覚える。


 もう気が狂っちゃいそう。


「楽しい楽しい楽しい楽しい最高に楽しい! ねぇ、一番強いのが誰なのか決めようよ! チゴ、アンドロイド、ジャギルス、最強の生命いのちの名前を今ここで、私は知りたい!」


「人間様のお通りだえ」


 蹴り飛ばされた。


 突然の事だった。


 ……人間? そう認識したのは転がり伏して老婆を見上げてからだ。鉈を両手に構えてジャギルスの爪を受け止めている。


「モトリ!」


「カズマ。お前さんは皆を連れて逃げえ」


 老婆は視線を敵に向けたまま言う。


「何を言ってる! お前達を置いて行けるはずがないだろう!」


「バカカズマ! 人の気持ちをちょっとは汲まんか、青二才の頑固坊主!」


 明瞭な喝破だった。カズマは吃驚した。モトリが初めて怒鳴る姿を見たからだ。


 モトリは、サヤの魂の叫びを聞いていた。そして腹が決まっていた。巫女様の語ったその覚悟、侍女が供をせずしてなんとする。


 サヤは機械だったなど、どうでも良い。老いた命に希望をくれた存在を見捨てるなんて出来やしない。サヤは確かに、モトリの家族だったのだ。


あたしは塔に来る途中で古傷が開いとる、どっちみち帰りじゃ助からん。サヤと一緒に逝きやすえ」


 モトリがしゃがれた声で山人を呼んだ。繰り返される電光と衝撃で目を覚ましていたらしい。


「あんた達、カズマと青い髪の嬢ちゃんはあたしの命の続きだえ、生きてジプスの元に返しておくれ!」


「「「おうよ」」」


 山人達は力強く返事してエリサとカズマを抱き上げた。だが二人は山人に抵抗する。


「降ろしてくれ! サヤ、モトリ、戻れ! 戻って来い!」


「巫女様たちの覚悟を想え!」


「俺はジプスの導師だ! 二人を守る務めが──」


「二人が残るのは、お前を守るためだ!」


 カズマが絶句する。巨大な敵の攻撃をかぼそい鉈一本で防ぎ続ける老いた山人はその背で別れを告げていた。ジャギルスは思考機関が焼き切れたのか壊れたレコードのように笑い声を上げ続けている。


「私がっ、私が奴の腕を切断する、その隙にせめてモトリを──」


「無茶だ、嬢ちゃんの体は今にも壊れかけとる!」


 喧騒が雷音に入り混じる。絶叫と怒号が綯交ないまぜになり、誰もが死に物狂いで喚き散らす。


「おやめなさい」


 サヤがしゃべった。


 予備信号線が復旧したらしい。


「サヤ……?」


 一同が黙る中でサヤは空を見上げた。


 天井に穴が開いている。そこから水がいっぱい落ちている。横を見る。


(えぇと……だれだっけ)


 なまえをしらないおとこのひとをみて、にっこりした。


 さっき、いおうとしたことがあった。


 いみはわからなくなったけど、いう。


「おいきなさい」


「サヤ……!」


「おいきなさい、おいきなさい、おいきなさいおいきなさいおいきなさいおいきなさい」


 いう。


 いう。


 いみはわからないけど、とにかく、いう。


「ダメだ、サヤ、モトリ、今助ける!」


「待て、エリサ」


「カズマっ!」


「……サヤ、モトリ! これより其方達そなたらを我ら流浪民ジプスの守護神として奉る! 決して忘れない。二人の事は未来永劫、語り継ぐ!」


 おとこのひと。なんだか、かなしそう。りゆう、わからない。


「おいきなさいおいきなさいおいきなさいおいきなさいおいきなさいおいきなさい」


 けど、こういうように、めいれい、されている。


 だから、いう。


 おとこのひと、はしる。


 おとこのひと、とまる。こちら、みる。


 おとこのひと、わらう。


「……愛してる」


 おとこのひと、どこかに、いく。


「カズマ」


 くち、かってに、うごいた。


 こえ、もうでない。


 くち、うごく。


「だいすき」


 みんな、いなくなった。


「サヤ様、モトリはお側におりますえ」


 おばあさん、いた。


 あたたかい。


「さあ、おつとめの時間ですよ」



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