目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
呼び声に応えぬ(三)

 エリサも似たようなものをどこかに感じていた。

 少年が少女に対して抱いていた感情。それはまさしく身分を越えたくさびに相違なく、さらぬ別れの訪れに脅えながらも懸命に生きた証を残そうとする原初的欲求そのものだ。

 しかしながらエリサがカズマの発言に同意したのはその欲求に起因しない。では何故エリサは命を賭して死地に赴く彼との同道を表明したのか。エリサには自身の欠落を埋めるものについて今なお論理的な説明がつかない。

 まあそれを探すために旅を続けているのだ。この奇妙な覚悟に巻き込まれるのも運命だろう。いずれにせよ護衛の契約は生きている。エリサ自身にもサヤの遺体を奴らの手から取り戻したいと思えていた。

白色穀物マイラスを腹いっぱい、いいわね」

「いくらでも食わせてやる。頼んだぞ」

 アオキ村で生き残った人々をかき集め各部族の有力者を通じて落ち合う場所を設定した。ヒル=サイト。そこはガナノより規模は劣るものの難民受け入れに寛容かんような都市区だ。

 雨が降っている。

 夜、雨。最も山越えに向いていない状況での出立。エリサとカズマはゲイツの護衛を付けたジプス本隊に別れを告げた。大勢の人々がカズマとの同行を志願して別行動を拒んでいた。皆、サヤとカズマの後に殉じたいと強い言葉で申し出た。カズマは彼らをそれ以上に強い言葉で諫いさめ必要以上の笑顔を見せた。

「生き残れ、そしてまた会おう」

 数人の手を握りカズマは彼らの主張を感謝してみせた。二人は山に入った。ガナノ=ボトム第三区画はアオキ村を南東に下った盆地にある。途中までは村の農夫がまき拾いに利用した道があったが途切れた先は獣道だ。ぬかるんだ土、木々の根に貼り付く雨で湿った地衣類が足元をいたぶる。三日間振り続けた雨で山の足場は過酷と化していた。

 ケープのフードをちらりと持ち上げ前を進むカズマを見た。アトルギアを相手取るほどの膂力を見せた彼は息を上げながらもまっすぐ山肌を登っていく。携行行灯ランタンをかざして雨の中を進んで行く。

 すると前でカズマが声を上げた。

「どうしてお前がここに!」

 ひどく動揺する彼に追いつき同じく前を見やると、その引きつった笑顔に絶句する自分がいた。

「やっと来よったかぇ、カズマ。あとは旅のお方……」

「モトリ、生きていたのか! どうしてこんな所に」

 木々の合間を縫う闇に紛れて老婆が姿を現したのだ。そういえば祭りの時からモトリの姿を見なかった。

「こんな所とはお人が悪いえ、カズマ。この山は、もともと私達の住んでた居場所」

「そうか、お前はジプスが山に来る前からの先住民だったな」

 エリサもこの老婆がサヤに紹介された晩のことを覚えていた。しかし何故、今頃になってこの山奥で?

「他にもおりゃす」

 闇溜まりに人の気配。携行行灯ランタンで周囲を照らすとぐるりと無数の人影がエリサ達を囲んでいた。全員が手に武器を握っている。

山人やもうど達か……どういうつもりだ」

 カズマが声を低めて言う。

あたしらも巫女様を、サヤを取り返しに行っきゃす。連れてっとくれ」

 驚いてエリサが口を挟む。

「何を言ってる、行先はアトルギアの巣窟。あなた達には危険すぎる」

「足手纏いにはなりゃせん」

 そう言ってモトリの後ろから出てきた男達の手には縄にくくりつけられた幾つものアダルの首があった。

「近頃はアオキ村にお客さんが増えたでね」

「んじゃべな。ここらの獣は獲り尽くしてしもて、退屈しとった」

 山人達は太い腕に機械の首をぶら下げてにかりと笑う。

「獣を獲り尽くしただと……?」

 見れば山人は老若男女さまざまだが野性的な身体つきが共通している。

「お前達はアオキ村に加わろうとせず、山あいの拓地をジプスに譲ると姿を消した。今更どうして俺達に力を?」

「巫女様だよ」

 モトリは言った。

「巫女様は獣を獲り尽くして食うに困った山人に、あたしを通じて村の作物を分けていたんだぇ」

「なんだと。サヤが、一人でやったのか」

「土地への感謝と言ってだね。巫女様の情けに山人はずいぶん助けられた。だから今、皆はやる気を起こしとりゃすぇ」

 山人達が一斉にときの声を上げた。雨の降る山に無数の声が轟いた。その大音声だいおんじょうに山肌が震える。まだ姿の見えぬ山人も闇の中に大勢いるらしい。

 これだけの数がサヤのために戦う意思を示している。

「すごい数だ……」

「同じ数の山人達が今頃ジプスの方にも付いとります」

「なんだと、それは本当かモトリ」

 カズマの尋ねる声が震えていた。奇妙に見えたモトリの顔が莞爾と笑む。

「それにアオキ村の衆は、大川が暴れぬよう最後まで尽くしてくれた。山人は皆、感謝しているぇ」

 エリサは思い出した……「どうせ捨てる土地なのに」とモトリがこぼした昨日の朝餉。あれは忌々しくて放った言葉では無かったのだ。カズマはモトリから次々と知らされる真実に顔を落とした。

 孤独で死地に向かおうとする矢先に触れた人の情。サヤの侍従として過ごした老婆だ。カズマとの関わりも長い。きっと二人はこの腰の曲がった老人に他人以上の想いを通わせていた。そんな中で笑みを浮かべるモトリ老婆に、エリサは胸に迫るものがあった。

 モトリは口にする。

「カズマ、良い巫女さんに仕立てたね」

 その声には我が子を思うかのような優しさが滲んでいた。カズマが俯く。モトリは少年の頭を撫でながらエリサを見た。

「山はあたし達の住む場所だ。下界への案内あないはお任せくださぇ」


 ――人類はどれだけの時間、機械に対して抵抗を続けていたのだろう。

 山を降りて見た景色は戦闘の苛烈かれつさを物語っていた。ガナノ=ボトム第三区画は要塞化されている。その外周を囲む防壁は穴だらけに穿たれて根元の方は砲撃の痕で地形が変わっている。

 勝てる戦闘と聞いていた。ガナノ=ボトム第三区画は西の砦と称され十年に渡り対機械の最前線基地として人間達の防衛線を守ってきた。

 そこが、落ちた。

 まだ中で戦っている者はいるのだろうか。エリサは外壁に空いた穴から見えるボトム中央の塔・ポートツリーを眺めて思いを馳せる。ポートツリーは街の光から生え出るように空へ伸び暗雲の底に刺さっていた。

「次が十五度目の雷だ、用意は良いか」

 エリサは頷いた。草木の茂みに身を潜めて様子をうかがう。アダル型が五体、人間が築いた公道を我が物顔で闊歩かっぽしている。

 雷光が明滅する。重く呻くような音が空から響いた時、西の方から喊声かんせいが上がった。山人達だ。それまで路上をうろついてた奴らが振り向き進撃する山人達に集まって行った。続けてもう一発雷音が轟いた。今度は東側から呼応するように山人達の軍勢が押し寄せた。残るアダル達が東に群がる。敵が散った。

「今だっ」

 二人は茂みを飛び出し第三区画内に突入した。倒壊した建物や瓦礫の山、空中電影ホログラムの漏ノイズが視界に飛び込む。

「おい、えぇと……」

「エリサでいい」

「……あぁ、エリサ。成り行きで護衛を頼んだが、危険な時は俺も加勢する」

「ありがとう。じゃあ遠慮なく私も仕事をする。気遣いに感謝だ。さすがは友達」

「……ふん」

 カズマが口をすぼめてそっぽを向いた。怒らせてしまったようだ。

(言葉選びは難しい……)

 エリサは少し言葉を気にしようと思った。

 山人達による陽動作戦は効果が出ていた。街中を走っていてもアトルギアの姿が見えない。外周にいたほとんどが彼らにおびき寄せられているようだ。彼らもエリサ達とポートツリーでの合流を目指して進軍している。山人達の容貌は並の兵士と同じくらい、いやそれ以上に逞しく勇ましいなりをしていた。頼もしく思うと同時に彼らの無事も祈った。

 駆けながらエリサは思う。アトルギアによって奪われた人々の営みを、美しかった命の輝きを。

 エリサは孤児だった。幼き日に戦場跡で泣いていたのを拾われた。育ちの場所は教会の孤児院。戦災で身寄りを失くした子ども達と一緒に心優しき修道女の元で育てられた。口数の少ないエリサを受け容れ愛情をもって接してくれた彼女は自分に友人まで持たせてくれた。思い出すだけで胸が温かくなるような日々だった。

 ……アトルギアが来るまでは。

「おい、来たぞ!」

 カズマが叫ぶ。エリサは息を吸った。

 ――奴らさえ、いなければ、私は……。

 胸が熱くなる。剣を抜いた。

「憎まれずに済んだ」

 振り抜いた剣先の後方でアトルギアが倒れた。

「七十九体目」

 しかし剣は収めない。

 まだいる。

 エリサはその場を飛び退いた。空気を切り裂く音が眼前を掠める。

 上を見る。ビルの壁に銃砲型シシュンが一体、貼りついている。

 エリサは瓦礫を足場にして跳躍した。

 赤い双眸と視線が揃う。横薙ぎに剣を払った。

「八十体目」

 墜落する敵に目もやらず更に壁を蹴って上へと跳んだ。

「そこ」

 ピーニック・ガムを腰から引き抜き向かい側のビルに撃つ。垂直の壁に不自然な形が浮き出たと思えばそれはステルス型の銃砲シシュンで、粘着弾に砲身を詰まらせた奴はそのまま暴発して四散した。

「八十一体目」

 ひらりと身を翻して着地するついでにカズマの後ろに忍んでいたアダルも斬った。

「八十二体目」

 剣に付着した機械油を振り落とす。その涼し気な横顔にカズマが呟いた。

「お前マジか」

無所属フリーランスを名乗るならこれくらい当然よ」

 エリサはカズマに親指を立てる。

「なんだ、その手は?」

「調子がいい時にするハンドサイン。ゲイツが教えてくれた」

 カズマが真似をして同じような形を作った。エリサは首肯する。

「もしもの時はこれで意思疎通しよう」

「わかった。さぁ急ぐぞ」

 カズマが走りだそうとした時エリサの胸に痛みが襲った。

(……やはり、来るか)

 大丈夫。まだ行ける。

 マントの中で胸のところをぎゅっと抑え、カズマに続いた。


 アトルギア、憎むべき存在。

 アトルギア、壊すべき存在。

 アトルギア、憎い存在。

 アトルギア、滅ぼすべき存在。

 アトルギア、斬らなければいけない存在。

 アトルギア、存在を許してはならない存在。

 アトルギア、存在してはいけない存在。

 アトルギア。

 アトルギア。

 アトルギア。

 消えるべきは、

「お前達だ」

 機械の群れの最後の一体を斬り伏せた。

 降りしきる雨の中、エリサは肩を上下に揺らし空気を求めて空を見上げた。

「これで、九十三体目」

 ポートツリーはもう目の前だ。

 エリサは以前この街に来たことがある。街路の造りは大体覚えていた。あの日見た街並みはよく晴れた空の元、晴れ色に染まっているようだった。だが現在の有り様をみよ。あの活気に満ちた彩りは失せ、世界はうっすらと色をくすませつつある。

「もう此処には誰もいないのだろうか」

 駆け抜けてきた街路をエリサは無人と決めつけるのに躊躇いがあった。それほどまでに人々の営んできた暮らしの証拠が、区画内の至る所に残されていたから。カズマが何も言わずエリサの背中についてきている。彼も街の惨状に言葉を失ったらしい。

 戦争とは何故こうもむごいのだろう。そう考えていた時期もエリサにはあった。戦争はいく星霜せいそうをかけ積み上げた営みの軌跡をかくも無情に奪ってゆく。傭兵稼業に身を投じて以来、戦地を遍歴する中でエリサは悲劇と現実を絶え間なく突き付けられ続けてきた。

 それによって悟らされた。

 被害者でいるから、奪われる。

 奪われる前に、奪ってしまえ。

 ゆえに欲した。失うことの悲しさより抗うための憎しみを。奪われる前に討ち滅ぼすための力を。

 アオキ村を滅ぼされたカズマにかける言葉は無いがエリサの力を持ってアトルギアに抗う姿が彼にとってせめてもの励ましになれば良い。身体に疲労が蓄積しているはずの彼を突き動かしている感情。それが何かなどもはや想像に難くない。

「……雨、やまないな」

 分厚い雲の下で壊れた映写機えいしゃきがノイズだらけのホログラムを映して、ゆがんだ虚像きょぞうが夜の廃墟で踊っている。息切れが落ち着かない。

 エリサは少し焦っていた。連戦が続いて運動量が想定を超えた。納剣した柄を取り、平生を装いながらカズマに目配せし先に進む。脚が重かった。十歩進めたくらいだったか。雨で脚を取られたか。疲労が限界を超えたのか。エリサは不覚にも膝を折った。

「エリサ、おい、どうした!」

 すまない。立ち眩みがした。大丈夫、すぐに立つ。駆け寄るカズマにそう言って膝に力を込めると全身に締めるような痛みが走った。エリサは小さく悲鳴を上げ路面にうずくまる。

「大丈夫か、エリサ!」

「触らないで!」

 カズマに声を張る。拒絶ではなく、警告だった。……彼の命を脅かす脅威への。

 ――壊したい。

 雨の音に紛れて呟く声が聞こえた。カズマの方に視線が動く。戸惑っている彼を見て自分の脳裏によぎった言葉を反芻した。

「……壊……したい」

 それはエリサの本能の声である。動悸が身体中の管を刺激して、じくじくと指先がうずく。目の前にさす路辺の光が仄暗ほのぐらく明度を落として、いつのまにか感覚が遠い。

 ――壊したい……今すぐ奴らを……壊したい。

 黒ずむ視界。幻覚かも知れない、目の前に黒い染みが集まり……形を為した。

 そこには、かつて悪魔と呼ばれた少女がいた。

 黒い姿をした人の形。名前はエリサ。──いや違う、違うんだ。私ではない、お前は別の存在だ。エリサは首を横に振る。黒い少女がこちらに手招きしながら、エリサの名前を呼んでいる。

 呼ぶな、呼ぶな……私はお前なんかに屈しない。

 エリサが否定する悪魔の正体とは、自身の内なる破壊本能。すなわちエリサの本性である。少女の内なる衝動は人々を恐怖に堕とした。その結果に全てを失くした過去がある。長らく虚しさを抱いて生きてきた。しかし今は違う。

 私はもう悪魔ではない。

 お前は消えろ。

 力だけ置いて……私を去れ。

 噴き上げそうな衝動を必死になって押し留める。吠えようとする喉を右手で押さえ、左手がその手を掻きむしる。自分ならざる者が自分の内で暴れている。黒い幻覚を殺すつもりで眼刺まなざした。

 ──私は、私の壊すべきものだけを壊すんだ。

 黒の少女に無数の風穴が空きだした。絶えずエリサは自我を念じる。やがて幻覚は霧散しだす。

 ──私は、私だ。

 黒い少女は消滅した。視界に色彩が戻りはじめる。エリサは仰向け様に倒れ、びくんと胸から仰反のけぞった後、やがて痛みを伴う動悸は鳴りを潜めた。

 ……本能に勝った。

 空から降る雨滴が頬で弾ける。くたりと目をやる先に、カズマが困惑の様子で腰を落としている。エリサの落ち着いた事が察せられたのだろう、体を抱き起こしてくれた。エリサは彼の袖を掴む。くい、とたぐり寄せると自分の体に触れさせる。

「む、胸……」

「胸?」

「……飾りを、見せて」

 困惑する彼も尋常ならぬ少女の様子にすぐさま胸元から紐に繋がっている物を引き出した。

 すると水底に漂う波動のようなものが満たされている、小さな球が手の平に現れた。

「やっぱり、濁ってる……」

「なんだ、これは?」

 首をかしげる彼にぽつりと話す。

「これが私の命」

「エリサの、命だと?」

 静かにうなずいた。もはや黙っているにも限界だと悟る。

 エリサは唯一の味方に対して、言わざるべき真実を口にした。

「私は……アトルギアなの」

 カズマが息を詰まらせる。

「何を言うんだ、お前はどう見たって」

「ほら」

 首を動かしてうなじを露わにすると戦いで負った切り傷がある。彼の目には赤く裂けた皮膚の下に金属製の何かが見えただろう。

「まさか。本当に人間じゃないのか」

 瞠目どうもくのカズマにエリサは震える手で飾りを取った。美しく澄んでいた蒼い球体は、鈍色に淀んでいる。

「機械を狩るための機械。アトルギア・タイプ:チゴ。それが本当の私」

 完全なる人型として活動する機械。他と同様に独自の思考と発想を持ちながら高い戦闘力を所有……だが身体は人間同様に発育を行う不可思議な生命体。個体数は地上に極僅か。その全てが女型めがたである。

 いつ誰の手によって作られたのか、それぞれ何処で何をしているのか、誰も知らない。

 彼女らはただアトルギアを破壊する行為だけを求めている。

 まるで他のアトルギアの天敵として神が設けた存在かのように。

 誰かが称した。

 悪魔と呼ばれし力の保持者。

 神の意思で生まれた究極の生命体。

 自然界階層ヒエラルキーの最頂点。

 それが、チゴ型機械兵アトルギア

 幼き日、町を襲った機械の群れをエリサはたった一人で殲滅せんめつした。悪魔の少女。むべき呼び名はその力を、その正体を恐れた人間によって捺された拒絶の烙印らくいん

 ――さて。エリサは問う。君は私をどう遇す。

「味方なのか、お前は。俺達にとって」

「自分で判断して。私は私の心に従って動いている」

「心……」

「機械が心を持つのはおかしい?」

 それでも私は生きてきた。

 だから人よ、選べ。私は神の使いか、冒涜か。

「心を持たない言葉に心を動かされることはない」

 泣いていた。それがカズマの答えだった。

「優しい言葉を使うのね」

「お前は、友達だろう」

「…………そう」

 立たせようと介助する手を拒んだ。瓦礫の上に腰を下ろす。

「……少し休んでから行く、今の状態じゃ戦えない。カズマ、先にポートツリーを登って」

「なんだと。エリサ、お前は」

「すぐに行くから」

 カズマの目を見た。

「サヤをお願い」

 迷いのない真っすぐな瞳を見てエリサは言う。彼は何も言わず一礼をくれた。

 今にも倒壊しそうなガナノ=ボトム第三区画のポートツリー。あの奇行種がマザーと呼び、向かった先はあそこで間違いない。情報集約の塔は人間にとっては勿論、アトルギアにとっても重要なアクセスポイントだから。エリサ自身が本能的にっている。

 機械の塔へと入っていった少年の背中を見送って、エリサは鞘を杖に立ち上がる。

 ――これまで何度自問しただろう。

 誰に作られたかも分からない。何のために戦うのかも分からない。命も無いのに殺し合うのは、どうしてか。この命は何のために使われるのか。

「そんなの、私が決める」

 崩れた建物の陰から一体、また一体……どこから湧いてくるのやら。

 青い飾りはアトルギアエリサの心臓コアである。有機生物の心臓に寿命があるように、機械の核も上限まで稼働させると壊れて停まる。

 エリサは学んだ。生物には潜在的な力があると。それを最も効率的に引き出すアルゴリズムこそ怒りの感情。憎悪の心だと。

 人間はエリサに愛を教えた。だから愛を奪ったアトルギアは、エリサに憎悪を植え付けた。

 そして少女を力に目覚めさせた。

 人智を超える力でエリサは守るべき者のため同族と戦ってきた。

 高度知的無機生命体の感情を得た姿チゴ型として。

 そのアルゴリズムが感情と呼べるのか誰も答えられぬ皮肉を背負いながら。

(百体、超えちゃうかな)

 電影の光が辺りを照らす。睨んだ視線の先にはぞろぞろと首を揃えた奴らがいる。全員、自分狙いらしい。

 憎悪という激しい感情で突き動かされるエリサの身体はすでに機能低下の兆候が出ていた。

 心臓が溶けかけている。このまま百体目を斬ったなら、自分のコアも壊れて死ぬ。

 ――だとしてもだ。

「友達……幸運を」

 ポートツリーに向けてエリサは親指を立てた。

「行くぞ」

 エリサを取り囲んだ奴らが一斉に飛びかかる。

 剣を抜いたエリサは彼らに向かって感情を撒き散らした。

「――――!」

 雷が鳴る。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?