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第8話 侵略者、到来

 ひとまず、危機は去ったと、誰もが思っていた。

 謎の生物の遺体、あるいは飛び散った肉片や機械部品などを持ち帰って詳しく調べれば、何かが分かるかもしれない。次にまたあの生物と戦うときまでに、有効な対抗手段を考えておかなければ。……そんなことを考えながら、まずはどこかで一息を吐こう、などとも思っていただろう。

 不意に灰色の空が割れて、明るい光が差し込んだのは、天の祝福だ。そう思ったのも無理はない。

 だが、一同が見上げた空には、割れた雲の隙間に、戦艦のような物体があった。

「なっ、なにあれ……」

「おい横浜軍団、あれも珍獣の一種か?」

 ナオキの問いに、ペガサスは首を横に振った。

「分からねえ。あんなものを見たのは初めてだ」

 どういう原理で空を飛んでいるのか、その場にいる誰も分からなかったが、その戦艦のようなものがだんだんと大きくなる。つまり、地上のケイたちのほうに近づいてきているのだった。

「おいおい、やばくねえか? でっけえぞ!? 俺たち、ここにいていいのか!?」

「一旦、隠れるぞ」

 ナオキに従って、皆は近くの建物の中に避難した。謎の飛行物体は上空で停止したままそれ以上は近づいて来なくなった。

「動かなくなったぞ。この隙に逃げるか?」

 ペガサスはサングラスをわずかに下げて直視し、飛行物体の様子を伺っている。

「逃げるって、ここには私の店があるのに……」

 アズサは特にそうだが、ケイにとっても、住み慣れた町を離れて移住するのは、できれば避けたかった。だが、もしもあれが自分たちの敵だった場合、この周辺に住み続けることは難しいだろう。

「下手に動くほうが危険だ。もう少し様子を――」

 ナオキがそう言いかけたとき、バチッと頭の中で火花が散ったような感覚が走った。

「いてッ……!」「いたっ……!」「くっ……!」

 見ると同時に他の者たちも、顔を歪めている。横浜の連中までも全員が。

「な、なんだ今の?」

 ケイの呟きに答えたのは、誰の声でもない誰かの声だった。

『諸君、突然の来訪で済まないが、我々の言葉に、しばし意識を向けてもらいたい』

「!?」

 いや、声ではなく、脳に直接響いてくる。耳を通さずに染み込んでくる謎の声に、ケイは混乱した。頭の中をかき混ぜられているような気持ち悪さがあるが、どうすることもできない。

 一同は互いに顔を見合わせて、この未知の現象が自分以外にも同じように起こっていることを確かめ合う。

『我々は、諸君らの言葉で表わすならば、彷徨う者――ヴァーギと呼んでもらいたい。そして、我々ヴァーギが地球に送り込んだ人工生物は、セルヴァとでも呼んでおこうか』

「セルヴァってのはあの珍獣のことなのか? こいつらのせいで俺たちの横浜はあんな目に……!」

「落ち着け」

 ペガサスが振り上げようとした腕を、ナオキがつかんで止めた。ペガサスは舌打ちをしてナオキを一瞥し、腕を下ろす。

『単刀直入に言うと、我々の目的は一つ。地球を侵略しに来た。先に送り込んだセルヴァは、地球の情報を集めるための装置だ』

 侵略という言葉に、鳥肌が立った。このヴァーギと名乗る者は、宇宙からこの星にやってきたというのか。にわかには信じがたいが、あの上空で静止している宇宙船と思しきものが、証左と言える。

『侵略と言っても、我々ヴァーギは、虐殺などという野蛮な手段は決して用いない。そのような低俗な種族ではないことを理解してもらいたい。ゆえに、送り込んだセルヴァが多少、諸君らの生命や生活に損害を与えたことを認め、ここに謝罪する。また、拉致した者たちも、解析が済んだら全員無事に帰すことを約束する』

「実は良い侵略者なのかしら……?」

 アズサの楽観的な呟きに、ペガサスが「そんなわけあるか!」と反論した。

 ケイにはどちらとも分からないが、とにかく今はヤツらの話を聞くしかない。

『はっきりと言おう。諸君らの文明、文化、技術、精神など、全てが我々に劣っている。諸君らはその事実を速やかに認め、我々に従属すべきだ。そうすれば、我々は諸君らを今以上の幸福へと導くことができる』

「おい、ひでえこと言い出したぞ」

 ペガサスは不愉快さに顔をしかめた。

「謙虚なのか傲慢なのか分からんヤツらだな」

 ナオキは複雑な表情をしている。

『しかし、すぐに諸君らが納得できないのも、理解できる。諸君らには、自らが劣等種であると理解し、納得するための時間を与える。この星の時間単位で、三か月もあれば、充分な準備ができるはずだ。我々は、ちょうど三か月後の今日、再びこの場所に現われる。そのとき、秩序のある平和的な方法で、我々ヴァーギの代表と、諸君ら人間の代表とで、勝負を行なおう。無論、諸君らの代表が勝てば、我々は諸君らを優れた存在――独立して存在し続けるに値する種として認め、侵略を辞退することにする。逆に、我々が圧倒的な大差で勝てば、諸君らは自らが我々に劣った存在であることを認め、その日から正式な従属を開始するのだ』

「なになに? どういうこと? 難しくてわかんないんだけど……」

「要するに侵略戦争をする気はないらしい。もっとお上品なやり方をご所望だ。しかも三か月の猶予をくれるとさ」

 ナオキが皮肉ったらしく解説した。

「だがよ、秩序ある平和的な方法ってなんだ?」

 ペガサスがケイを見たが、ケイは首を横に振った。

『諸君らが敗北したにもかかわらず、我々への従属を拒否するのであれば、我々はやむを得ず武力によって諸君らを正しい道へと導かざるを得ない。そうならないことを切に祈っている』

「だからどういうこと!?」

「三か月後に『何か』の勝負をして、負けても従わないなら人類をぶっ殺すってことだ」

「ぜんぜん上品じゃないじゃない! それに『何か』ってなんなのよ?」

「分からん。それをどうやって決めるのか」

『三か月後に行なう勝負の方法は、諸君らが自由に決定するといい。なぜなら諸君らの最も得意なフィールドで、諸君らに圧倒的敗北を与えることこそ、諸君らが我々に納得して従属するための必要条件だと考えているからだ』

 勝負の方法は人類が自由に選べる。侵略者たちはどんな条件、どんなルールでも勝てるという、絶対の自信があるらしい。

『ただし、勝負の方法はいくつかの条件を付けさせてもらう。運だけで決まらないこと。無限の選択肢と可能性を秘めていること。個人対個人ではなくチーム対チームで行なえること。知恵、技術、駆け引き、肉体的な能力、精神的な能力など、多数の能力を総合して対等に競い合えること、だ』

 つまりコインの裏表を当てるとか、ジャンケンのような単純すぎる勝負は却下されるに違いない。選択肢はおのずと限られてくる。

『我々が地球に放ったセルヴァは、一匹を残して全て引き上げよう。そのセルヴァは諸君らが我々にコンタクトを取りたいときに使うといい。勝負の方法が決まったら、セルヴァに伝えてほしい。それでは、三か月後に再開するときを、楽しみに待っている。諸君らの賢明な判断を期待している』

 再度、頭の中で火花が弾けるような感覚が走ったかと思うと、不快な違和感が消えた。

 雲の切れ間に浮いていた飛行物体が、雲の中に去っていく。

「あいつら、言ってることが分かりにくいのよ。あえて難しく話してあたしたちを混乱させる作戦なんじゃない?」

「分からなかったのお前だけだからな?」

 ナオキ、ペガサス、ケイは残念な人を見る目でアズサを見た。アズサはイラッとした様子で、

「……あんたたち全員、あたしの店を掃除しなさい」

「いや、なんでだよ。するわけねえだろ」

 ナオキは拒否したが、ケイはなんとなく自分はしなければいけないなと思った。

「ヤツら、セルヴァを引き上げるって言ったよな? ってことは、横浜は救われたのか?」

 ペガサスは抑えられない興奮をにじませながら尋ねる。

「恐らく三か月間はな」

 ナオキが答えた。

 横浜の構成員たちが歓声をあげて喜ぶ。きっと横浜に家族や友人を残してきた者も多いのだろう。

「だけど終わったわけじゃないよな。俺たちは勝負とやらをしないといけない」

 ケイがそう言うと、歓喜していた構成員たちは難しい顔に戻った。

「その通りだ。ヤツらが付けた条件に合う勝負のやり方は、かなり限られる。その中で人類が最も得意としているものが何かは、言うまでもないだろう」

「サッカーとか?」とアズサ。

「ああ。他の競技、スポーツ、ゲームはそもそも競技人口が少なすぎる。サッカー以外、人類側に選択肢はないと言っていい。ヤツらもそのくらい予想してるはずだ」

「サッカーでいいじゃん! 世界中からうまい人を集めたら、人類ってかなり強いんじゃない!?」

 ケイもアズサと同じように思った。人類最強のサッカーチームは、きっとかなり強い。

「そう簡単だとは思えねえな」ナオキは渋い顔をしている。「もしヤツらが超能力や瞬間移動を使ってくるとしたら、そもそも人類に勝算は1%もない、なんてこともありうる」

「俺もナオキと同じ意見だ。あの変な生物を作ったくらいだ、どんなすげえ力を持ってるか分からねえ」

「ダメじゃん! これじゃあ侵略されちゃうじゃん!」

「その通りだ。人類は侵略される」

 ナオキはさも当たり前のことのように断言した。それに反発したのはペガサスだ。

「バカなこと言うなよ。お前は人類最強チームのメンバーの一人だろうが」

「バカはお前だ。この杖を見てから言え」

 ナオキは杖の先端をペガサスの鼻先にに突きつけた。

「だけどお前、何度も石ころ蹴ってたじゃねえか」

「俺は怪我人だぞ。それにどうせ負けると分かってる試合に出るなんて御免だ。世界が終わるときぐらい、のんびりさせてくれ」

 ナオキは言い捨てて建物から出ていこうとする。

「おい、どこ行くんだ?」

「うちへ帰るんだ。今日はもう疲れた」

 ペガサスの手を乱暴に振り払って、ナオキは去っていく。

「やれやれ……勝手なヤツ」

 アズサはナオキの背中を見てため息を吐いた。

 ナオキの残した『人類は侵略される』という言葉が、ケイの頭に染みついて離れない。


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