「で、それから?」
一服して戻ってきたナオキは、失神しているリーゼントをその場に放っておいて、他の構成員たちから事情を聞くことにしたのだ。
「気づいたら、その生物が、二匹、三匹と増えていて、もう俺たちの手には負えない状態になっていたんだ……」
要するに、まとめると、ある日、横浜に謎の生物が出現し、街を乗っ取られてしまった。それで仕方なく横浜を捨てて東京にやってきて、東京の親玉的な誰かを脅して、街ごと乗っ取ろうとした。
「ナオキさん、あんたはストリートサッカーのキングだと聞きました。横浜を救ってくれやしないか」
男たちはアズサとケイにお願いしたように、ナオキにも頭を下げて懇願した。
「待てぃ! あんたたちのやろうとしたことは、侵略してきた生物と同じじゃない!」
結局一緒に話を聞くことになったアズサがもっともな指摘をした。
「それで助けてほしいとか、信じらんない!」
「で、でも、その生物がもし東京に入ってきたら……」
「ケイ、こいつらは嘘を吐いているかもしれないわ」
確かにそうなのだが、ケイは嫌な想像をしてしまう。彼らの言を信じるなら、メイド喫茶を守るどころの話ではない。こんなところでいがみ合っていないで、協力して生物を駆除すべきではないのか?
「話はだいたい分かった。ちょっと来てくれ。こいつらは全員解放していい」
ナオキの意外なセリフに、一同が驚いて聞き返したが、ナオキは「早く来い」とだけ言って歩き出す。ケイとアズサは敵だった男たちの縄をほどいた。
路地を数百メートル進んでいったところで、ナオキが立ち止まった。
「あれを見てくれ」
ナオキの指し示す先には、犬の死骸らしきものが落ちている。毛皮と、肉片と、血だまり。
「なんてもん見せるのよ」
「黙ってよく見ろ」
文句を垂れるアズサを黙らせ、道を譲るナオキ。
ケイ、アズサ、構成員たちは、おっかなびっくりその死骸に近づいてみる。一見、動物の死骸のようだが、奇妙なことに、骨らしきものがなく、肉も肉によく似たスライムのようなもので、その中には機械のようなものが薄っすらと透けて見えた。まるで生物と機械が合体したような、ロボットでも普通の動物でもない生き物。
「普通の野良犬とは明らかに違った動きで、こそこそと俺の後を付けてきた。目障りだからぶっ殺したんだ」
「俺、昨日、ゴミ山のところで、この犬を見たのかも……」
ケイは目から謎の光線を放ち、忽然と消えた犬のことを思い出した。確かにあれは、普通の野良犬ではなかった。
「こいつ……横浜で見つかった生物と似ているぞ……」
蘇ってきた恐怖を押しとどめた声で、一人が呟いた。
「ここもダメだ……こいつらに侵略される……」
別の男が絶望に膝を突いて嘆いた。
「お前らが連れてきたんじゃねえだろうな?」
ナオキが男たちに問い質す。
「違う! 俺たちはただ逃げてきただけだ。仲間も何人かこの生き物にさらわれた」
「東京が侵略される……。でも、この生き物、そもそもどこから来たんだ?」
ケイは不安で思わずそう呟いた。まだ分からないことだらけだが、好ましい状況ではなさそうだ。少しずつ肌で感じ始めた危機に、胸の内側が冷たくなる。この生物が街にあふれるようになったら、住人はどうなるのか?
「そんな……」
アズサは血だまりを凝視したまま、心細そうにキョロキョロしている。ケイもその気持ちがよく分かった。
そのとき、少し離れた場所で男の悲鳴が轟いた。
「なに、なに、なにッ!?」
「ナオキ、今の声って」
「ああ、あのリーゼント」
「アニキが危ない!」
一同は先ほど尋問を行なっていたところ――ペガサスのもとへ急いだ。
悪い予感が的中した。手足と首に縄をかけられて逃げられないペガサスの周りを、三体の生物が取り囲んでいる。それぞれクモ、イヌ、タカのような姿をしているが、体の一部――脚や翼や頭の一部が機械だった。
「来るなァッ!! あっちに行けええッ!!」
三体は怯えるペガサスに向かって目からレーザーのようなものを照射し、対象を調べているように見えた。
「助けてくれ! こいつらが横浜を襲ったんだ!」
「ケイ! アズサ! やっちまえ!」ナオキが叫んだ。
「俺!?」
「なんで自分がやらないのよ!?」
「俺は怪我人だし、もう一匹ヤッたぞ。メイド喫茶が珍獣喫茶になってもいいのか?」
「ぜったいにイヤあああああッ!!」
アズサは珍獣喫茶を想像してショックを受けたらしく、頭を抱えてその場にうずくまってしまう。ナオキは実際に怪我人だから、自然とケイが行くしかない。
「動物虐待は趣味じゃないが」ケイは腰を落として戦闘の構えを取った。「害獣駆除なら仕方ねえ!」
ケイが闘志を向けたことによってか、珍獣三体がペガサスではなくケイたちのほうへ向きを変えた。
「アニキを守るぞ!」「たかが三匹だ! やっぞ!」「すばしっこいから気を付けろ!」
ペガサス会構成員たちも手近な金属パイプや鉄筋をつかんで臨戦態勢を取った。人数を見れば、敵は三匹なのに対して、こちらは二十ほどであり、圧倒的に有利である。
だが三匹の生物はケイの予想を超えた存在だった。クモの脚からナイフのような爪が飛び出し、イヌは肉が泡立つように膨らんだかと思うとゾウくらいのサイズに巨大化し、タカは羽ばたきもしないのに上空にふわふわと舞い上がる。
あっけに取られているうちに、クモ型とイヌ型が襲い掛かってきた。
「来るぞ!」
イヌ型は地面を一蹴りして一気に距離が詰め、前足の引っ掻き攻撃で男たちを吹っ飛ばした。ケイは横っ飛びに跳んでその攻撃を逃れつつ、落ちていた石をイヌ型の脇腹にシュート。まともに命中したが、イヌ型は苦しむわけでも悲鳴をあげるわけでもなく、ただかすり傷が付いただけだった。イヌ型がゆっくりとケイのほうに頭を向け、見せつけるように牙を剥き、狙いを定めてきた。
「嘘だろ!? 無傷かよ!?」
「小型のヤツならそれで何とかできる。だが大型ともなると、戦車か手榴弾でも使わねえときついぞ」
ペガサスが説明した。
「俺らから没収した手榴弾があっただろ? そいつはどこだ?」
「俺が持ってるぞ」とナオキのところに二つ。あまりに心許(こころもと)ない数だ。
「そいつを口の中にぶちこめ! 外装は見た目より頑丈だが、一個でも体の中で爆発させれば、さすがに致命傷を与えられる」
「簡単に言いやがる」とナオキが舌打ちする。
「俺は無理だぞ!?」
ケイはイヌ型に突進され、横っ飛びに転がって回避し、続けて跳びかかられ、のけ反ったりしゃがんだりして前足の攻撃をかわす。ひたすら回避に徹すれば何とかなるが、たとえ手に手榴弾を持っていたとしても、ヤツが噛み付こうとして口を開けたところへ投げ込む余裕はなさそうだった。イヌ型がケイに気を取られている隙に、他の男たちが鉄パイプで殴りかかって攻撃を加えてはいるが、ほとんどダメージは無さそうである。
一方、後方でナオキが手榴弾を地面に置いてイヌ型の口に蹴り込もうと狙っている。珍しく真剣そのものの顔つきだが、苦悩の色が濃い。
「ダメだ。動きを止めない限り、成功率は限りなく低い」
伝説のプレーヤーだったナオキでも、激しく走り回るイヌが口を開けたところを狙うのは無理らしい。
少し離れたところでは、構成員たちが十人がかりでクモ型とチャンバラを繰り広げていた。八本の鋭い脚から繰り出される攻撃を凌ぐだけで精一杯という様子である。タカ型は上空に浮かんでいるだけで何もしてこないが、急に襲ってこないとも限らない。
「おい脳筋メイド! いつまでそこで野グソしてんだ!」
「してない! あと変なあだ名で呼ぶな!」
アズサがナオキにビシッと言い返した。珍獣喫茶という名の絶望から立ち直ったらしい。
「お前は一瞬でいいからクソイヌの動きを止める方法を考えろ」
「考えろって言われても、考えるの苦手なんだけど……」
脳筋じゃねえか、とケイは心の中でツッコミを入れたが、おしゃべりに興じている余裕はない。
「このままだとケイが食われるぞ」
「アズサ、時間稼いでる間に何とかお願い!」
「わ、分かったわよ。ケイが言うならがんばる」
そんなことをしている間に、ペガサスが仲間によって救出された。なまった体を温めるように、肩や首をゴキゴキと回しながら不敵に笑う。
「俺がオトリになってやらぁ! それで全員分チャラにしろ! いいかナオキ?」
「何秒稼げる?」
「三秒だ」
「できたら考えてやる」
「けっ」
ペガサスは意外にも洗練されたフォームで、イヌ型に向かってコンクリ片を蹴り飛ばした。「オラァッ!!」
強烈なシュートがイヌ型の脇腹――ケイがかすり傷を付けたところに命中し、傷の上に傷を重ねた。パワーだけでなくコントロールもいい。ケイに噛みつこうとしていたイヌ型は、気が触ったとでもいうように、低く唸り声を発しながらリーゼントのほうに頭を向ける。
ペガサスは片腕でコンクリの柱を担ぎ、自慢のリーゼントを整えながら、イヌ型と対峙した。
「俺はなァ、何度も何度も首絞められてなァ、ムカついてんだ。てめえが派手に爆散するところ見たら、ちょっとはスカッとするかもしれねえだろ?」
イヌ型がペガサスに襲い掛かる。左右の前足の連続攻撃をコンクリの柱で受け止めるや否や、喉元に突きをお見舞いした。イヌ型がひるんで後ろに下がる。
「さすがアニキだぜ!」「痺れるゥ!」「やっちまってくだせえ!」「俺たちもやるぞ!」
たったこれだけで構成員たちの戦意が高まったのは、さすがリーダーの存在感とでも言おうか。クモ型と戦っていた男たちも、クモ型の連続斬撃を押し返し始めた。
「オラオラオラオラァッ!!」
――すげえ。雰囲気が変わった。戦況が逆転した。あいつは、たった一人で全部ひっくり返しちまった……。
ケイは感心して戦いを見守る。アズサもテルテル坊主の縄を持っていた建物の二階から、目を丸くしてこの戦いを見ていた。
クモ型と戦っていた構成員たちが、ついに敵を数の暴力で圧倒し、叩き潰して絶命させた。
「やってやったぜえええええッ!!」
雄叫びが響き渡る。残るは巨大なイヌ型と、戦闘に参加してこないタカ型のみ。
「食らいやがれッ!」
コンクリ柱がイヌ型の脳天にヒットし、イヌ型がひるんだ。その瞬間、ペガサスはコンクリ柱を投げ捨ててイヌ型の顔に跳びかかり、牙と牙の間に手を突っ込み、口をわずかにこじ開け、さらに片足も踏み込んで大きく開けさせた。
「今だッ! 頼むぜナオキ!」
「上出来だ」
ナオキが地面に置いた手榴弾のピンを引き抜いた。
ナオキなら、現役を退いた今であっても、狙いを外すことはない。正確なキックで手榴弾をイヌっころの口の中へ蹴り込んでくれるだろう。それで試合終了だ。
ケイはそう確信していた。
恐らくアズサやペガサス会の男たちや、ナオキ本人も。
しかし、刺客はケイたちの意識の外で出番を待っていたのだ。左足を振りかぶったナオキ目掛けて、タカ型が一直線に急降下し、襲い掛かった。
「ナオキ! 上から来てる!」
アズサが叫んだときには遅かった。ケイはタカ型を撃ち落とそうと、慌ててコンクリ片を蹴ったが、狙いが外れて彼方へ飛んでいってしまった。ナオキはタカ型の強襲から身を護るためにキックの体勢を崩してしまい、その結果、手榴弾はイヌ型の口を大きくそれて飛んでいった。直後、空中で爆発が起こったが、距離が遠すぎて敵も味方も全く被害を受けなかった。
「くそっ! あいつ、攻撃してきやがったぞ」
悪態をつくナオキ。そうこうしているうちにイヌ型がダメージから立ち直り、口の中でつっかえ棒になっていたリーゼント男をバクリと飲み込んだ。
「アニキーーーッ!?」
構成員たちは青ざめて、一瞬その場に立ち尽くしたが、すぐに我に返り、武器を手にしてイヌ型へと立ち向かっていく。
「この野郎がッ!」「アニキを吐き出せ!」「もう許さねえ!」
束になってかかっても、イヌ型の体は頑丈でほとんどダメージを与えられない。それどころか前足の一振りで容易く跳ね返されてしまう。
「ケイ!」
呼ばれてそちらを向くと、ナオキが手榴弾を放って寄こしてきた。
「持ってろ! 最後の一個だ」
「いや、これはナオキが持ってたほうが」
「次にチャンスが来たとき、俺はあのタカをどうにかする」タカ型はまた上空に戻って、こちらの様子を伺っているようだった。「だから、それはお前がやれ」
「そんな……」
――そんな重要な役目を俺ができるのか? やっていいのか?
「いつでも行けるように準備しとけよ」
ケイは仕方なく頷き、手榴弾を地面に置いて、イヌ型に蹴り込むイメージを頭の中に描いた。
「おいアズサ! どこだ? 何か策は思いついたか?」
アズサは建物の二階で縄をつかんで振っていた。
「この縄を使おうと思うんだけど、どう思う?」
「俺に聞くな。やるべき時が来たらやってくれ。ケイと連携しろ」
「そう言われても……」
ケイはアズサと顔を見合わせる。アズサの表情には不安の色が濃い。
ケイはぎゅっと両手の拳を握り締めた。
――俺がしっかりしなきゃ。
大きく息を吸って、声が震えないように気張って。
「アズサ! いつでもいい。俺がアズサのタイミングに合わせるから!」
「お、おっけー!」
少しだけ不安が和らいだのか、アズサがぎこちなく微笑んだ。
今は構成員たちが奮闘して、イヌ型の注意を引きつけてくれているから、ナオキもケイもアズサも自由に行動できる状態だ。だがイヌ型と戦っている者たちの疲労の色が濃くなってきている。あまり長くは持たないだろう。アズサがどのタイミングで、どう動くか? それにかかっている。
――アズサ、まだなのか?
きっかけは不意に訪れた。イヌ型の様子がおかしい。めまいでも起こしたかのように頭を左右に振って、たたらを踏んでいる。何が起こったのか、と構成員たちも驚いていたが、その理由はすぐに分かった。イヌ型の口が急に開いて、ペガサスが吐き出されてきたのだ。
「オラァ!! 参ったかクソイヌが!」
ペガサスは全身がイヌのよだれにまみれていたが、サングラスの汚れのジャケットで拭き取り、かけ直した。歓声の中、ペガサスは何を思ったか、再びイヌ型の顔面に跳びかかっていった。
「口は危ねえからやめだ! 鼻の穴なら塞げねえだろ!」
ペガサスが片手でイヌ型にしがみつき、もう片手で鼻を引っ張って穴を広げた。
「どうだ!?」
ケイはいつでも手榴弾のピンを抜ける体勢になり、チャンスをうかがう。だがイヌ型は激しく頭を振っていて、とてもじゃないが鼻の穴に蹴り込むなんて芸当は不可能だ。
「アズサ! あいつの動きを止められる!?」
「やってみる!」
アズサはボールを低い弾道で蹴った。ボールには縄が結ばれていて、その縄をアズサが手元で操ると、イヌ型の足に巻き付いて絡み付いた。最後にアズサが引っ張ると、ギュッと締まってイヌ型を拘束する。
「もういっちょ!」
さらに別の縄付きボールを蹴り込み、別の足も絡め取った。二本の脚の自由を奪われたイヌ型は、バランスを崩して倒れた。
――来た! チャンスだ!
「くそっ! こいつ、暴れんじゃねえ! ウオァ!?」
だが倒れながらイヌ型が必死に暴れたため、鼻の穴を引っ張って広げていたペガサスが空中に投げ出されてしまう。
「「「アニキーーーーッ!?」」」
本日何度目か分からないアニキコール。
「俺たちも加勢するぞ!」「誰かイヌの鼻の穴を広げろ!」「起き上がらせるな!」
構成員たちも一斉に跳びかかり、殴って叩いてしがみ付いてイヌ型が起き上がれないように時間を稼ぐ。だが、のたうつように暴れる顔はなかなかストップしてくれない。それどころか構成員たちも次々と振り払われていく。
――ダメだ! やっぱり顔を狙うのは厳しいのか? でも他に、あいつの体に手榴弾をぶちこめるところなんて……。
「まだまだだあああああッ!! 横浜(ホームタウン)を奪われた怒りはこんなもんじゃねえぞ!!」
落下してきたペガサスは脅威の執念で、倒れてもがいているイヌ型の背中に再びしがみついた。そして今度は頭ではなく尻尾のほうへ這い進んでいき、尻の穴に両手を突っ込んだ。
「開けええええええッ!!」
凄まじい腕力によって、犬の尻の穴が開いいていく!
「ここに! そいつを! ぶちこめえええええ!」ペガサスが吠えた。
「ケイ! いっけええええ!」アズサが喉を枯らして叫ぶ。
「ケイさん、やっちまってくだせえ!」構成員たちが背中を押す。
「ケイ、タカは俺が落とす! お前はゴールにだけ集中しろ!」ナオキがコンクリ片を手に持った。
ケイはブルッと体が震えた。こうなればやらない理由はひとつもない。
――上等ッ!
地面に置いた手榴弾のピンを思い切り引き抜き、その後ろに立つ。
上空から様子を見ていたタカ型が急降下してくるが、ケイはでかいイヌのケツの穴だけをしっかりと見つめていた。失敗すれば巨大なイヌを倒す手段はなくなる。だが失敗する気がしなかった。
ケイは狙いを定めてキックのモーションに入った。
タカ型が急降下してくるのに合わせて、ナオキもまたキックモーションに入り、手に持っていたコンクリ片にミートした。左足から放たれた弾丸シュートは、真っ直ぐにケイを目指して飛来したタカ型生物に、見事空中で衝突。機械部品と肉片とを飛び散らせて爆散した。
「誰か尻尾をどけさせろ!」
ナオキの怒号。イヌの尻の穴とケイとの間に、尻尾が盾のように立ち塞がっているではないか。
「こっちはもう精一杯だ!」「ここからじゃ無理よ!」「ダメだ、間に合わないぞ!」
だがもう手榴弾のピンは抜いてしまったし、キックモーションに入ってしまった以上、仕切り直しはできない。
「うおおおおおおおおッッ!!!」
ケイは振りかぶった右足を、思い切り振り抜いた。足がバッチリと手榴弾にミートした感触、衝撃、痛み。
「外れた!」「どこ狙ってんだ!」
誰かが叫んだ。
その言葉の通り、手榴弾はイヌ型生物の遥か右上のほうへ飛んでいった。そのまま空の彼方へ飛び去るかと思いきや、しかし美しい軌道を描いてグイッと左へ曲がりながら落下してきて、立ち塞がっていた尻尾を避けながら、イヌの尻の穴へと吸い込まれていったのである。
ペガサスは手を放すと同時にイヌ型から飛び退(の)いた。他の構成員たちも転びそうになりながら逃げる。
直後、くぐもった爆音とともにイヌ型生物の腹が破裂し、柔らかな肉片や機械部品が四方八方に飛び散って辺りを赤く汚した。イヌ型生物は少しの間、ピクピクと痙攣したが、やがて絶命したらしく、ぴくりとも動かなくなった。
ケイはふらふらと三歩後ずさって、ぺたんと尻餅を突いた。
「入った……」
自分でやったことが信じられなかった。ケイ以外の者たちにとっても、目を疑う光景だったようで、みんなと唖然としていたが、だんだんと興奮に包まれていく。
「すげえ!」「なんてシュートだ!」「滅茶苦茶曲がったぞ!」
「大したバナナシュートだ」いつの間にかナオキがケイに歩み寄り、手を差し出していた。「自分でやっておいて、腰が抜けたのか?」
「だって……ホントにうまくいくとは思ってなかったから……」
ケイはナオキの手をつかみ、立ち上がった。
満身創痍のペガサスもやってきて、ケイに右手を差し出している。ケイはその手を握ったが、ヌルッとしていたので、引きつった笑みを浮かべた。
「おめえのバナナシュートがクソイヌのケツの穴にズボッと突き刺さったときは、思わず興奮しちまったぜ」
「なんて下品な勝ち方なの……」
アズサがこめかみを押さえながら、やれやれという様子でやってきた。
「でもまあ、超すごかったわ。あんなシュート、初めて見た」
「ありがとう。みんなのおかげっていうか、俺一人じゃ、あんなことできなかったと思う」
構成員たちもケイの周りに集まってきて、口々に褒めたたえる。賞賛の嵐がおさまると、ペガサスが歩み出た。
「改めてあんたたちに頼みたい。横浜を救ってくれ。東京を守るためにペガサス会もあんたらに力を貸す」
ペガサスがまた頭を下げた。その後ろで構成員たちも同じようにする。
「ケイさん、地獄の果てまで付いていきます!」「ナオキさん、伝説と言われたその力、貸してくだせえ!」「姉貴、どうかこの通り、頼んます」
「あ、姉貴!? えへ、へへへっ……悪くないかも……」
まんざらでもないらしく、相好を崩すアズサ。店を吹き飛ばされそうだったことなど、もう忘れたのだろうか。
「すでに東京にも敵が入り込んでるみたいだからな。気は進まないが、戦うなら戦力は多いほうがいいだろう」
ナオキはペガサスの手を握る。が、すぐにその顔が曇った。
「……おい、お前の手、ベタベタしてるんだが?」
横浜から来たリーゼントはニヤッと笑みを浮かべ、あっけらかんと答える。
「そういう日も、あるんじゃねえか?」