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第6話 なんとなく拷問

 メイド喫茶を襲った二十名ほどの男どもの両手両足を縛って首に縄をかけ、廃ビルの前にずらりと並べ、その縄の反対側の端を建物の二階にいるアズサが持った。もちろん、全員武器や持ち物は没収して、簡単には反抗できないようにしてある。

 ナオキは男たちの前で鉄筋コンクリートの塊に腰を下ろし、没収した手榴弾を投げ上げてはキャッチして、あくびをしている。

「よし、お前ら、これから尋問をするぞー。ちゃんとしゃべれよー。ちなみに態度の悪いヤツはあの鬼畜メイドが縄を引っ張って首絞めるから良い子にしておけ」

「ねえ、これ、趣味悪くない? 私、死刑執行人みたいなんですけど」

 二階からアズサが儀式めいた光景を見下ろした。ケイはナオキの隣で地面にあぐらをかいて座り、尋問を見守ろうと思っていたが、アズサに同感だった。

「俺も趣味悪いと思う」

「俺だって、こんなきたねえテルテル坊主は谷底に捨てちまいたい」

 その発言を聞いて、何人かの男はギョッとしていた。ナオキなら本当にやりかねない。

「だが、俺の店を襲った理由を根掘り葉掘り聞かなきゃならん」

「私の店よ!」二階から叱責が飛んできた。「勝手にあんたの店にすんな!」

「さあ、話してもらおうか。まずは、お前ら何者だ?」

 男どもの列の真ん中にいる、リーゼント男がリーダーのようなので、ナオキの尋問は自然とそいつに向けられている。

 リーゼント男はさんざんナオキに首を絞められたせいで、肉体的にも精神的にも消耗したらしく、前髪も本人もしゅんと下を向いていたが、ナオキから「おい、リーゼント、お前が答えろ」と命令されて、おもむろに顔を上げた。

「俺の名前はペガサス。天を翔ける馬と書いて、ペガサスだ」

「……アズサ、やれ」

 言われるままにアズサが縄を引っ張ると、リーゼント男の首が上に引っ張られて、苦悶の叫びが漏れた。

「アニキッ!?」「おい、何すんだ!?」「やめろ!」

 他の男どもが口々に叫んだ。だからというわけではなく、やりすぎると失神して尋問が無駄に長引くので、アズサはすぐに持っていた縄を緩める。

「ゲホッ……オエッ……! なんで締めるんだ!?」

「天翔ける馬でペガサス? ふざけるな」

「ふざけてねえ! これが俺の本名だ」

「そうっす!」「アニキの名前にケチを付けるな!」「何が悪いんだ!」

 他の男たちが野次を飛ばした。ナオキは納得いかないようだが、とりあえず黙った。

「そして俺たちはヨコハマ天翔馬(ペガサス)会――ハマを拠点に活動しているチームだ」

「こいつ、殴っていいか?」

 ナオキがケイに苛立った様子で尋ねた。こめかみがピクピクしている。

「い、いや……俺は暴力は良くないと思う」

 ケイは慌ててナオキをなだめた。

「おいアズサ」

「ん!」

 アズサがグイッと縄を引っ張った。

「ウゴォッ……!?」

 ペガサスと名乗ったリーゼント男の首がまた締まり、うめき声が漏れる。

「アニキーーッ!?」「おいこら、やめろぉ!」「てめえ!」

 アズサが縄を緩めると、ペガサスは涙を浮かべながらゲホゲホと咳をする。

「だからなんで締めるんだコラァ!?」

 ナオキはくつくつと笑って二階のアズサを見上げ、「俺は指示してないぞ。なんで縄を引っ張ったんだ?」と尋ねる。

 手を下したメイドは「なんとなく?」と、小首をかしげて舌を出した。

「なんとなくで絞め殺されてたまるかああああッ!! てめえら悪魔かコラァ!?」

 ペガサスが飽きずに喚き散らした。

「アズサ、お前また悪魔って呼ばれてるぞ?」

「いや、あんたもだから。しかもまだ一回目だから」

「まあいい。だが何の恨みがあってメイド喫茶を襲った?」

「別に、恨みはねえ」

「だったら、東京までわざわざ何しに来た?」

「俺たちは、東京の支配者に、話をする必要があった」

「なんの話だ?」

 ペガサスが黙った。だが事実を隠そうとしているわけではなく、何かを激しく逡巡しているように見える。眉間に刻まれた深い皺と、思い詰めたような顔。まるで次の一言によって、住んでいる世界が完璧にひっくり返ってしまうとでも言うように。

「アニキ……」他の男どもも、リーダーの胸中を察してか、悔しそうに唇を噛んだり、黙って俯いたりしている。 

「アズサ」

「ちょっと、まだ……」

「違う、降りてこい」

 アズサは縄を二階に残して、ケイとナオキのところに降りてきた。

「お前が尋問しろ」

「は? なんでよ?」

「俺は一服してくる。ケイ、お前はアズサと一緒にいてやれ」

「え? あ、うん……」

 ケイは訳が分からなかったが頷いた。ナオキは立ち上がると、タバコをくわえて火を点けながら、どこかへ歩いていく。

「ちょっ、どこ行くのよ!? このタイミングで!? なんなの!? あの男、バカなの!?」

 急遽、尋問官に抜擢されたアズサは、去っていく無責任な背中に悪態をついてから、仕方なく空いた椅子に腰掛け、ペガサス会構成員たちに向き直った。

「えっと……、なに話してたっけ?」

 アズサがケイに助けを求めたので、ケイは「戦車について?」と答えた。

「ちげえ。俺たちが東京へ何をしに来たのか、だ」

 尋問されている側に訂正され、アズサとケイは互いに顔を見合わせて曖昧に笑った。

「あー、ゴホン。あんたたち、何かあったの?」

「東京では、この数週間、変わったことはねえのか?」

「あんたたちが来たことくらいしか、ないけど?」

「そうか。あのナオキって男は何者だ?」

「んー」アズサは人差し指を頬に当てて思案した。「私の店の常連。あと、ストリートサッカーの元キング」

「キング!?」男どもがざわめき立つ。「ナオキってのは、まさか、あのナオキなのか!? 世界でも指折りの、日本最高と言われる……あの……」

「たぶんそのナオキなんじゃない?」

 ケイもアズサの隣で頷いた。

「だ、だが、ナオキは失踪してたんじゃねえのか? 東京湾に身投げしたっていう噂も聞いたことがあるぞ!?」

「普通にずっと東京にいたけど? ねえ?」

 ケイはアズサに問いかけられて、「たぶん」と答えた。

「そういえば、現役時代の姿から変わり過ぎたせいで、変な噂が立ってたよな」

「そうね。今はあんな、心も体も汚いだけのオッサンだし」

「そうか、あの男がナオキだったか……。道理で、デタラメな技を持ってやがるわけだ」

 ペガサスたちは複雑な表情をしている。子供からお年寄りまで、恐らく世界中で、ナオキの名前を知らない者はいない。そのくらい有名な伝説のヒーローが、想像とは全く違った姿で突如として現われたのだから、無理もないだろう。

「それはそうとして、あんたたち二人も、尋常じゃねえが、何者だ?」

「私は美人のメイドのアズサだにゃ~、メイド喫茶『絶対領域にゃんにゃん』でご主人様に癒しのひとときを提供するのにゃ~、っていう感じです」

「俺はケイ。今は別に何者でもないけど、いつかストリートサッカーのキングになる。16歳だ」

「……東京にはお前らみたいな規格外が、ゴロゴロいるのか?」

 アズサとケイは顔を見合わせた。

「いや、アズサみたいなメイドは、アズサしかいないと思う」

「こいつとか、ナオキみたいな無茶苦茶なサッカーバカがゴロゴロいたら、人類滅んでるわ」

「……ケイ、アズサ、それからナオキもだが。お前らの実力を見込んで、頼みたいことがある。聞いてくれ」

 急に改まってペガサスがそう申し出たかと思うと、構成員たちも一斉に居住まいを正したので、ケイとアズサは困惑した。

「な、なに? 店の修理代は一円もまけないわよ!?」

「虫がいいのは分かってる。俺たちがやったことは謝罪する。だから、お前らの、その力で……横浜を救ってくれ」

 テルテル坊主どもが全員深々と頭を下げた。

「横浜を? はァ!? 意味わかんないんですけど!? っていうか、あんたたちの悪行をまだ許してもないし!!」

「アズサ、く、首が締まるっ……」

 気が動転したアズサは、つい無意識のうちに、隣にいたケイの胸倉をつかんで締め上げていた。

「あ、ごめん」

「だが聞いてほしい。そうさ、あれは数週間前のことだ。横浜で、とある奇妙な生物が目撃された――」

「ちょっ、なんで勝手に回想とか始めてるわけ!? 誰も許可してないんですけど!? そうだ縄! 縄はどこ!?」

「アズザ、ぐびが……」

「あ、ごめん」

 アズサがパッと手を放すと、ケイはぐったりして地面に手を突いた。メイドとは歩く凶器である。

「その生物は、最初、サルのようだったと証言されていた――」

「ああもうっ!? イヤよおおおおッ!! これ絶対にめんどくさいヤツだもんッ!! 私、関係ないもんッッ!!」

 アズサはツインテールを振り乱して半狂乱になっている。この回想がよほど聞きたくないらしい。だがペガサスは静かに目を閉じたまま語り続ける。

「――だがな、次の目撃者は、巨大なムカデのようだったと言ったんだ。俺たちは、まさかその二匹が同じ生物だとは、微塵も考えちゃいなかった」

「ケイッ! 何してんのよ早くこいつを黙らせなさいッ!!」

「ど、どうやって!?」

「どうやってじゃないわ!! 方法なんて何でもいいでしょーがッ!」

 メイドが振り上げたしなやかな脚が、ペガサスの股間にクリーンヒットした。ドスッという鈍い音がして、回想を語っていた男は白目を剥いて倒れた。

「「「アニキーーーーーッ!!?」」」

 悲哀に満ちた嘆きが、辺りに響き渡った。


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