ケイは秋葉原にあるゴミ山に登って売れそうなものを探していた。この世のあらゆるゴミを集めたと言わんばかりの大きなゴミ山があちこちにできていて、漁っても漁っても次の日にはゴミが増えている。靴底がベロンベロンになってしまった例のシューズも、いつの日かここで見つけたものだし、次のシューズもここで見つけるつもりだ。シューズ以外にもカネになりそうなものがあれば拾ってクズ屋か質屋に持っていき、生活費にするのが日々の仕事である。
ケイは10メートルの山のてっぺんで、赤くてカッコいいサッカーシューズの右足を発見したが、爪先に穴があいていた。穴の大きさを調べ、直せば使えるか、他に壊れたところはないかと点検し、さほど臭くないのでギリギリ合格と判断し、小脇に抱えたところで、山の下から犬がじっとこっちを見ていることに気づいた。
東京で野良犬は珍しくないが、その犬は妙に長くケイのことを見上げていて、そこはかとなく不気味に感じる。犬らしさ、生き物らしさにどこか欠けるとでもいうような違和感がある。
「なんだ? 食い物でも欲しいのか?」
ケイが犬に尋ねると、いきなり犬の目がピカーッと輝いて、ケイはまぶしさに顔を覆った。
「うわあっ!」
驚いて体勢を崩し、危うくゴミ山の斜面を下まで転げ落ちるところだった。斜面にへばりついて、さっき犬がいたところを見ると、もういなくなっている。
「なんだ、あいつ」
ケイは釈然としなかったが、ゴミ山の前の道を歩いている曲がった背中を見つけたので、変な犬のことなんてどうでも良くなった。
「おーい、ナオキ!」
ケイはゴミ山のてっぺんから大きく手を振った。
杖を突き、気だるそうな顔をぶら下げてスカイツリー方面へ歩いていた男は、立ち止まってケイのほうを見上げて大声で返す。
「なんだてめえ、またゴミ漁りか?」
「毎日だ! 師匠! 超必殺技、教えてくれー!」
ケイはゴミの斜面をガラガラと崩しながら勢いよく滑り降りてジャンプし、杖の男――ナオキの前に着地した。
「俺は忙しい。しかも師匠じゃねえ」
ガラガラの声をしているが、まだ30代である。左右に分けて垂らした髪はオシャレと言えなくもないが、全体の印象は汚れたゴロツキだ。目は落ち窪んで輝きがなく、死んだ魚のようで、厭世的で、真っ当な人間なら目を合わせるのもご遠慮したいと思うだろう。
「忙しいとか言って、どうせメイドと遊ぶだけだろ?」
「うるせえ」
「サッカー教えてくれ」
「お前に教えることはもうない。お前は宇宙人にでも勝てる」
「宇宙人なんているのかよ?」
「そこにいるじゃねえか」
「えっ?」
ケイはナオキが指差すほうを見たが、見覚えのある犬が傾いた電柱に小便をかけているだけだった。
「あ、さっきの……。って、宇宙人じゃねえじゃん」
「宇宙人なんているわけねえだろ。バーカ」
「なんだよそれ。面白くねえから」
「じゃ、メイドと遊んでくるわ」
「やっぱり暇じゃん! おい待てよー!」 ケイはナオキのボロっちい上着を引っ張って、幼児みたいにおねだりする。「なあ、頼むよー。伝説のプレーヤーだろ? なあー」
「引退した後くらい好きにさせろ。服が破れちまうだろ、放せ」
「ちょっとくらいさぁー、教えてくれよ必殺技」
ナオキの服の袖がビリッとやぶけて取れた。
「あー……、これ、付けたり外したりできるヤツ?」
「殴るぞ?」ナオキの目は犬の小便を見るような目だった。
「暇なくせに、なんで教えてくれねえの?」
「伝説のプレーヤーのボロ袖をくれてやるから、うちに帰れ。売れたら半分はあとで俺に寄こせよ」
「売れるわけないだろ、こんな汚いもん……」
杖を使ってのろのろと歩き出すナオキ。その後ろをもっとのろのろと付いていくケイ。ボロ袖はポイッと投げ捨てて。
「そういえば、今日、戦車みたいな頭した変なヤツがいてさ。なんか、凶悪メイドに会いたいって言うから教えてやったんだ」
「ほう、俺の同士かもな」
「どうだろ? ナオキとはあんまり気が合わないんじゃないかな……俺の意見だけど」
「メイド好きに悪人はいねえ。聖書にも書いてある」
「そうか? それよりサッカーは?」
「いつか教えてやる。だがそれは今日じゃねえ」
「次に会ったときも絶対『今日じゃねえ』って言うよな? この前も『今日じゃねえ』って言ってたし」
「じゃあ明日教えてやる」
「ホントか!?」
「お前、バカだろ?」
「は? なんでそうなるんだよ!」
「バカだからだよ」
くだらない会話をしているうちに、スカイツリーが大きくなってきて、ケイはナオキに追い払われてしまった。大人ってのは忙しい生き物なのだ。