魂の監獄への転送ゲートの前に立つ花山。
彼の隣には、白いスーツを身にまとった中年の男性が佇んでいた。
アフロヘアが特徴的で、どこか異彩を放つその男性は外見に少しばかり不器用さが見受けられる。
八の字に曲がった眉に、ほとんど見えないのでは?と疑問しちゃうくらいの糸目が印象的で、どこか控えめで冴えない雰囲気を醸し出している。
だが、その男性が着ているスーツは驚くほどシックで、まるで紳士のような品格を漂わせていた。
服装と顔立ちの間にある、あまりにも大きなギャップが目を引く。初対面の者ならそのアンバランスさに思わず二度見してしまうだろう。
しかし、花山の表情から察するにこの男がただ者ではないことは一目瞭然だった。
「行きましょう、白」
中年男性はルートギルド内で戦闘狂人として名を馳せる九条白冥だった。
彼の戦闘力はギルド長に次ぐDelta3級で、その戦闘スタイルは命を惜しまず、非常に気まぐれなものだった。
これまで数多くのトラブルを引き起こし、周囲と衝突を繰り返してきたが、ルートギルドという強大なバックがあったおかげで今なお生き延びている。
「本当にジーナだったのか?」
白冥は低いハスキーボイスで尋ねた。
花山の目には焦りと不安が交じり合い、力強く頷いた。
「間違いない!」
ジーナは白冥が数少ない信頼を寄せる人物であり、彼の気まぐれで無謀な性格からしては、いくらギルド長の命令であっても無理に従わせることは不可能だろう。
だが、ジーナへの思いはそれほど強かった。
「なら、行こう」
光の閃きと共に、二人は魂の監獄へと足を踏み入れた──
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沼沢地の外縁、黒土が広がる平原。
川谷は前を歩く静香の背中を疑念の眼差しで見つめながら、何度も無意識に耳元のピアスに手を触れた。
(静香さん、どうにも怪しい…。あんなに急かしてきて、宮本たちを待たずに進めようとしたり、霊魂珠を独り占めしようとか言ったり…)
「川谷さん、急いで!もうすぐだから」
「静香さん、足はもう大丈夫なんですか?」川谷は歩調を合わせるように、淡々と尋ねた。
あれほど捻挫していたはずなのに、今では驚くほど元気に歩き回っている静香に疑念を抱かずにはいられなかった。
「…うんっ!今はそんなことより、最初に霊巫の墓場に到着することが一番重要なの。私、まだ大丈夫だから」
静香の眼に一瞬、冷徹な光が宿り、優しげな声で答えると、彼女は再び前へと歩みを進めた。
数十分後、二人は真っ暗な峡谷に到着した。
静香は下方の暗闇に微かに浮かぶ光を指さし、興奮気味に言った。
「川谷さん、見て!あそこが霊巫の墓場よ。そこには数百、いや、千を超える霊魂珠が眠っているんだから、全部あなたのものになるのよ!」
「静香さん、僕にはまだ仲間がいるのを忘れてません?」川谷は穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「彼らの運が悪かっただけよ。最初に霊巫の墓場を見つけたのは川谷さんなんだから、こんなチャンス、独り占めすべきでしょ?こんな膨大な資源を手に入れれば、川谷さんもすぐにDelta級になれるわよ」
「静香さん、遺伝子解放者についてもよく知ってますね」
川谷がさらにニコニコしながら言った。
「えっ…そ、祖父から教わったんだ~!」
静香は慌ててそう言いながら、急いで峡谷の下へと歩みを進めた。
川谷は静かにその後を追いながら、袖の中から空間リングを取り出し、二本の短剣を隠し持った。
(一見、ただ僕を思ってくれる優しい美人…。でも今のはどう考えても怪しすぎるな。 生き物の全ての行動には必ず目的があるはず。 偶然の出会いから今に至るまで、彼女は一体何を企んでいるんだろう…。 はぁ…僕の勘違いであってほしいなー…)
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沼地の中、ジーナは驚異的な速度で進んでいた。
そのしなやかな姿はまるでヒョウのようで、電光石火のごとく次々と足を踏み出し、風のように滑るように進んでいく。
一方、宮本はその跳躍力を活かし、巨大なジャンプを繰り返しながら、まったく遅れることなくジーナに続いた。
ジーナの軽やかな身のこなしに対し、宮本の走り方はまさに『漢』そのもので、力強く、荒々しく。まるで巨人が大地を揺らしながら走っているかのような迫力が感じられた。
夢のコラボのおかげで配信の同接数はすでに100万人に迫っていた。
コメント欄は、視聴者たちの好奇心から湧き上がった質問や推測の嵐で埋め尽くされている。
:罠にはまってんちゃう?
:みやおじの絶対的な実力の前では、どんな罠もただの遊びみたいなもんよ
:ジーナが言っていた王、あれもしかして『霊巫王-スタンフェニ』のこととか?魂の監獄の伝説級モンスターの
:霊巫王の名前だけはモンスター図鑑に記録されてるけど具体的な姿はどこにも記録されていないんだよね。どんな顔してるのかめっちゃ気になる
:過去30年分の魂の監獄の探索ログを調べたところ、ここ2年間に公開されたものは一切ない
:これはおかしいぞ。魂の監獄って霊魂珠を多く産出するダンジョンとして知られてるのに、誰も行かなくなったってこと?
:それだけじゃないんだよ、最近の探索者情報を調べたら、魂の監獄に入った70%の人が失踪リストに載ってる。もちろんジーナもその中に…
:ウェイスグロ防衛戦と比べると、別の意味で怖いんだよね
:なんか心配になってきた
:(50000円投げ銭)応援してるよ!DMもたまには見てね♡
…………
宮本はコメントに目を通しながらも、足を止めることなく進み続けていた。
現在の彼の実力なら、膨大な情報の中から有益なものを瞬時に抽出し、それを頭の中で整理しながら消化することができる。
視聴者たちの協力のおかげで、彼も魂の監獄の不可解さや危険性についてさらに深く理解することができた。
沼地を抜けしばらく歩いた後、宮本の目に飛び込んできたのは巨大で陰惨、そして不気味な黒い城の姿だった。
ジーナが扉に近づくと、閉じられていた巨大な鉄の扉がゆっくりと内側に開き、そこに現れたのは執事っぽい禿げた老人。彼はサービス業特有の微笑みを浮かべながら、手を広げて「どうぞ」と言わんばかりに身を低くして迎え入れた。
ジーナは一度振り返り、宮本に軽く視線を向けた後先に城の中へと足を踏み入れた。
宮本は一瞬眉をひそめたが、足を止めることなく無言で中へと進んだ。
が、彼は好奇心を抱きながら、扉の向こうに立つ薄ら禿げた執事の姿を一瞬見つめた。
視線が交錯した瞬間、執事はにこやかな笑みを浮かべ、穏やかな声で言葉を紡いだ。
「宮本様、貴方のウェイスグロでのご活躍、我が王は大変賞賛しておられています」
宮本は少し驚いた様子で答える。
「ほう、俺のことを知っていたのか?」
執事は微笑んだまま、何も答えず、ただ静かに手を振りながら、「どうぞ」と宮本を先へ進ませるよう促した。