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第70話 選択肢

沼地の片隅——

本来の姿を現した九尾が、紅玉のように輝く双眸で辺りを鋭く見渡す。

九本の尻尾が扇のように広がり、神楽を背後に守るように揺れ動いた。


「…零ちゃんをいじめるゴミどもよ、まとめて消えろ」


見る間に、九尾の口が大きく開かれ、そこから可愛らしさとは程遠い凶暴な気配があふれ出す。

そして、一塊の冷気をはらんだ霧を吐き出すと、その霧は瞬く間に半径十数メートルを覆い尽くした。


一瞬だった。


その巨大な傀儡も含めて、神楽たちを取り囲んでいた傀儡たちは一斉に氷像と化したのが。


その光景を目の当たりにした神楽たちは、ただ呆然と立ち尽くす。


「……キュウちゃんって、こんなに強いの…?」

神楽は思わず声を漏らした。


神楽は、九尾のことをずっと可愛らしいペットのように扱ってきた。

しかし、今目の前で繰り広げられているのは、X級に匹敵する強大な魔獣の怒りだった。



一方、山崎は強く拳を握りしめ、胸の内に複雑な感情が渦巻いていた。

(キュウ…強すぎる……! だけど俺は…俺は弱いままで、零ちゃんを全然守れなかった…。もっと強くならなくては、もっと……)


アリスは他の二人とは違い、比較的冷静だった。

彼女の視線は未だに腰に掛けた小太鼓をリズムよく叩き続けるミダロンに注がれていた。


今の戦局を見れば、確かに九尾が圧倒的に優勢だ。


しかし——


戦いの経験が豊富なアリスは、すぐにその状況が単純ではないことに気づいていた。


(おかしいですわ……)


ミダロンは何の動揺も見せていないどころか、

むしろ、太鼓を叩く速度をどんどん上げている——


________________________________________


宮本は配信の視聴者たちからの情報で、アリスたちが危機に陥っていることを知っていた。

そのため、これ以上ジーナと無意味に戦い続けるつもりはなかった。


彼は「天雷幻槌」を具現化させる。

紫電を纏う巨大なハンマーが現れた瞬間、振り下ろされた一撃が、ジーナの突き出した剣と激突する。


一瞬、雷光が炸裂し、凄まじい衝撃波が周囲に広がる。


ハンマーから発せられた雷鳴とともに走る高電圧の稲妻が剣を伝い、ジーナの体へと流れ込んだ。

——普通の人間ならば、この雷撃を受けた瞬間、肉体が焼き尽くされていただろう。


だが。


宮本の予想に反し、ジーナは雷のダメージをものともせず、一瞬のうちに距離を詰めると、残像を伴いながら三方向から同時に突きを放ってきた。


「……面白い」

宮本は低く呟く。

「ジーナ、君はやっぱ…もう人間じゃないな」


その瞳には、冷たい光が宿っていた。

「誰が君をこんな姿に変えたとしても、俺は同じ人間として放ってはおけない。やつを見つけ出して、跡形もなくぶち壊してやる」


これまでの戦闘、そして「魂の監獄」に関する事前情報を考え合わせると、宮本の中にはある確信が生まれつつあった。


そして——


宮本がそう言葉を発すると、彼女は初めて明確な反応を示した。速さを誇る彼女の剣撃が一瞬止まり、じっと宮本を見据えると、氷のように冷たい声音で言い放つ。


「……私が人間じゃないって?」


その声は静かで、しかしどこか歪んでいた。


「私はただ、人間の偽善に飽き飽きしただけよ。

 我が王の忠実なる僕となることを選べば、永遠の命を得られ、Epsilon級への突破も夢ではなくなる。

 そして何より、本当の意味で追い求めるべき理想を見つけた……。

 我が王はあなたを高く評価している。もしかすると、あなたにも同じ栄光を授けるかもしれないわ」


宮本は片手でハンマーを肩に乗せ、嘲るように笑う。

「栄光? それはつまり、君みたいに自我を失って他人の操り人形になることか?」


その言葉を聞いた途端、ジーナは笑い声を上げた。

「操り人形? ふふ、そうね。あなた、今配信をしているんでしょう?じゃあ視聴者に聞いてみなさいよ——私が操り人形に見えるかって」


彼女の挑発的な言葉が流れた途端、配信のコメント欄は爆発した。


:いやこれ、どう見ても前のジーナとは別人だろ

:なんか背筋がゾッとする。誰かに作り替えられたみたいな違和感

:操り人形ってどういうこと? モンスターに取り込まれたとか?

:でも表情や言葉に不自然なところ全然ないんだよな

:宮本おじさん、何か知ってるのでは

:ジーナの言う“わが王”を探れば真相が分かるんじゃね?

:この「魂の監獄」、マジでヤバすぎる……


…………


「……あなたは、ここ半年で台頭してきたDelta級の探索者だろう?」

ジーナは先ほどの交戦を踏まえて、独断で宮本の実力を推し量ったのだろう。

「分かるかしら? あなたがまだ生きていられる理由」


宮本は肩をすくめながら、気怠げに答える。

「…まさか、君が手加減してくれたとか?」


「ふふ……そうね」

ジーナはニヤリと笑った。その笑みは、どこか人間味のない、作り物のような笑顔だった。


「我が王の命令で、私は仙人スキルもモンスター化も使っていないのよ。もし私が本気で戦っていたら、あなたはもう死んでいる」


そう言い放った後、ジーナは剣を収め、冷たく続ける。


「あなたに選択肢を与える。私と共に来なさい。我が王に謁見する。

 でも、これは唯一の選択肢よ。


 もし拒めば——

 あなたの手足を折り、舌を引き抜いて、這いずるようにして王のもとへ連れて行く」


その脅しを前にしても、宮本はすぐには答えず、思考を巡らせた。


(コメントを見る限り、キュウが暴れてくれたおかげで零ちゃんたちの危機はひとまず去ったらしい。急いで合流する必要はなさそうだ。


 そしてジーナが言う"王"——つまり、彼女を支配している存在。もしそいつをぶっ潰せば、この厄介な状況も全部解決できるかもしれん。


 いや、それどころか——この「魂の監獄」そのものの真相が、そこにあるのかもしれない)



考えがまとまった瞬間、宮本はハンマーを消し去り、空間リングから適当にTシャツを取り出して着た。(さっきので服が焦げてしまった)


そして、落ち着いた表情でジーナを見つめ、静かに言った。


「——それじゃあ、せっかくだし、お言葉に甘えて」

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