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第37話 全力全開


モンスターの群れとの戦いは、すでに1時間も続いていた。

ここの間に撃破されたモンスターの総数は数万体に達したが、探索者陣営も百人以上が命を落とし、さらに多くが負傷していた。


それでもモンスターの勢いが弱まる気配はまったくなく、多くの探索者たちの間に警戒感が広がり始めていた。

なぜなら、彼らの体力には限りがある。


この強度の戦闘がさらに続けば、特に実力がやや劣る探索者たちは、あと1時間も持たないだろう。

四方の戦線を指揮していた氷原、美月、大島、イリスも、この危機的状況を見過ごすことはできなかった。

彼らは通信機を通じて、緊急の作戦会議を行った。


「おかしい。この上層のモンスターの群れ、明らかに数が過去の3回と比べて多すぎる。これまでなら1時間を過ぎれば勢いが弱まり、2時間後には下層のモンスターが現れる流れだった。だが、今回はむしろ上層の勢いが増している…」


四人の中で唯一、この種の経験を持つ氷原が険しい表情で言った。

「もし1時間以内に上層モンスターを抑えられなければ、上層と下層のモンスターが同時に襲ってくる可能性が極めて高い」


続いて、通信機越しに響く大島の低く冷静な声が場の緊張感をさらに引き締めた。

「上下層のモンスターを同時に相手取ることになれば、我々の準備がどれほど整っていようと、甚大な被害を避けることはできない。最悪の場合、戦線の崩壊だ。この事態だけは絶対に避けないと…。 ‘魔導士’に十分な時間を与えて魔法陣を完成させ、下層を封じなければ」


この巨大な「空間転送魔法陣」は、多大な資源と人員を投入して構築されたもので、その機能は単なる転送にとどまらない。

実は、この魔法陣には二重の効果が備わっていて、転送はその第一段階にすぎない。


現在、ニーセルは魔法陣の中で忙しく作業を続けており、彼女の指揮のもと、近くの研究員100人が改良作業を進め、第二段階の機能を発動させるべく全力を尽くしていた。


全探索者がウェイスグロに転送された後、ニーセルはすでに第二段階の計画に取りかかっていた。

それは、この魔法陣を下層の入口が開いた瞬間にに作り替えることだった。


全力を尽くすニーセルの姿を見つめ、イリスは冷静で毅然とした声で提案した。

「それならば、この1時間で防御を捨て、全面的に攻撃に転じて上層モンスターを撃破しましょう」


その提案に、VIII級モンスター吹雪ジャイアンツと交戦中だった美月がすぐに応じた。

「賛成です」

通信機には一瞬の沈黙が流れたが、やがて氷原の声が響いた。

「それが現状唯一可能な選択だ。同意する」

「僕も賛成」大島も迷いなく答えた。



戦局は瞬時に変化し、四人の統領が決断を下すと、すぐにその命令が実行に移された。

彼らの通信機は隊長専用チャンネルに接続されており、すぐに「全力全開、1時間以内にモンスターの群れを殲滅せよ」という命令が下達された。


E36が守る地域は、地形が狭く、守りやすい場所だった。その上、隠れ強者宮本がいるおかげで、チームの12名全員はまだ無傷で、少し疲労が溜まった程度だった。


イリスの命令を受け取った巨人の姿に化身したジェイソンは、大声で全員にその命令を伝えた。

(防御を捨てて攻撃に転じる、1時間以内にモンスターを殲滅する…? うーん、状況が悪化してきたような気がするけど…。 でも、こんな大規模な戦場では、統領の命令は絶対だ)


軽やかな足取りで剣を振り回し、落桜パイソンの首を斬ったばかりの川谷は、その顔から軽快な表情が消え、真剣な表情に変わった。

手にした二本の剣が青く輝き、彼はそのままモンスターの群れに飛び込んでいった。

(これはイリスちゃんの命令だ。 全力で支援しないと!)


神楽零は戦闘能力自体は高くないものの、伝説の式神・酒吞童子に守られているおかげで、体力が最も温存できていた。

命令を受け取った彼女は、決意を秘めた表情で懐から御札を取り出し、指を咬んで血を墨代わりにして、素早く何かを書き始めた。

(みんな全力で戦ってるのに、私だけが足を引っ張るわけにはいかない。今こそ、あの技を使う時……)


命令を受け取った山崎輝は、迷うことなく神楽零のもとへ向かい始めた。

彼の「式神になりたい」という願望が明らかになっている。

(防御を捨てるって? …なら、零ちゃんを俺が絶対に守る! 彼女に傷一つ負わせねー!)


「モンスターを全部殲滅する……フフ、フフフ……いいじゃん、いいじゃん! まさに俺の望むところだ! この俺が道を切り開いてやるぜ、ハハハハハ!」

ジェイソンは狂ったように笑いながら、巨人の姿でモンスターの群れに突進していった。

エネルギー満タンの機関車のような彼は、その進路に立ちはだかるモンスターを全て蹴散らし、群れの中に血路を切り開いていく。その突進力は凄まじく、強靭な皮を持つVI級モンスター・雪巨人でさえ、一撃で粉々にされてしまうほどだった。


現在、ジェイソンの貢献値は48,000点に達し、ランキングで第9位となっていた。しかもこの数値は、まだ怒涛の勢いで急速に伸び続けていた。



山崎が無事に神楽零と合流するのを確認した宮本も、ついに動き始めた。

防御を捨てて攻撃に転じる、これってまさに自分にぴったりの戦闘スタイルじゃないか!

特に、ジェイソンの狂気じみた殺戮のシーンを見て、宮本もようやく本気を出す気になった。

(こんな狭い場所じゃうまく戦えない)

(みんなに迷惑をかけないためにも、少し離れないとな。下手すると興奮しすぎて巻き込んじまうかも)

宮本の戦い方は、群れの奥深くに飛び込むことだった。


そう考えた宮本は、軽く足を曲げ、太ももの筋肉を爆発的に使って一気にジャンプした。そのジャンプは30メートル以上の高さに達し、百メートル近く飛び込み、そのままモンスターの密集地に向かって突撃した。

その後、モンスターの群れの中で、半裸の野性味溢れるおじさんが再び跳び上がり、雪巨人の頭を踏みつぶしたかと思えば、また百メートル先に跳んでいく。


一瞬のうちに、宮本はその巨大なジャンプ力を活かして、仲間たちの視界から完全に消え去った。


雷——空——斬!


モンスターの群れの奥深く、全身に紫電を纏った宮本は、次々とモンスターを屠っていく。

どのモンスターも、彼の一撃を耐えることはできなかった。

ほんの瞬きの間に、宮本の貢献値は元々の13,000点から一気に32,000点まで急上昇し、ランキングは27位に跳ね上がった。


1時間かけた撃破より、1分間の攻撃の方が遥かに効率が良かった。

解放された野性のおじさんは、どれだけ恐ろしいか。

ただし、宮本がマイペースにモンスターの群れの奥深くに突っ込んだ結果、彼のチームメンバーたちはその壮絶なシーンを見ることができなかった。


モンスターの群れの奥深くは、前線のように仲間の支援やカバーがあるわけではない。

一度力尽きたり、高ランクのモンスターに囲まれたりすれば、Delta級の強者であっても命の保証はない。


だが、死を恐れず、伝説のモンスターに劣らぬ戦力を持つ宮本は、その限りではなかった。

段々モンスターの群れに飲み込まれた宮本は、全員の視界から完全に消え去った。


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