深い崖の底、ジェイソンは規定時間内に地表に到達した30人を見渡し、その視線が宮本の上で少し長く止まった。
「最初の試練を通過したくらいで、自分がどれほど優秀だと思ってるんじゃないだろうな? こんなのただの前菜に過ぎないさ。 早々に死ぬなよ…じゃないと俺が退屈する。ハハハ!」
「続きの試練は簡単だ。俺についてきて、このストレイダンジョンを横断するだけだ。
俺はゴール地点で3日間待つ。それまでにたどり着けなかった奴は脱落だ」
ヒントその1:ゴールは西にある。
ヒントその2:時間は最重要じゃない。生き延びることが何よりだ。
ヒントその3:ゴールに到達した後の選択が重要。」
ジェイソンは狂気じみた笑いを浮かべながら話し終え、腕時計を一瞥してから言った。
「これから2分間、質問を受け付ける。答えるかどうかは俺の気分次第だがな」
「質問あります!配信をしてもいいですか?」
「もちろん構わない。Y社とT社は我々探索者協会の最大のスポンサーだからな、ハハハ!」
「私も質問が!このストレイダンジョンを横断する過程で得たものは、すべて私たちのものになりますか?」
「ふーん、お前たちにその力があれば誰も気にしないさ。リスクと利益は表裏一体だがな」
「僕も質問があります。クリア基準は3日以内にゴールに到達することだけですか?他に制限はありませんよね?」
「その通りだ」
「ゴールに到達した後の選択とは何ですか?」
「ハハ、お前が参加しているのは探索家称号の試練だ。もっと自分で探索すべきだろう。何もかも俺に聞くな」
「はい!試験中に命の危機に遭遇した場合、救助は受けられますか?」
「救助はない。生きるか死ぬかは、お前たち自身の選択次第だ」
2分があっという間に過ぎ、ジェイソンの表情には狡猾な笑みが浮かんだ。
「出発!」
その声が響いた瞬間、まだ多くの人々が配信機器を準備したり、準備運動をしている最中、ジェイソンは肉眼で捉えきれないほどの速度で峡谷の先へ駆け出した。
そのスピードはあまりにも速すぎて、彼が通過した空気の軌跡には重なり合う残像が浮かび上がるほどだった。
察しの早い探索者たちはすぐに後を追ったが、ジェイソンとの速度差は圧倒的で、瞬く間にその姿は消えていった。
「なんやねん、早すぎへんか?」
「ふざけんな!ゴールの場所さえ言わずに消えやがった!」
「あのスピード、もう音速に近いんちゃうか…?」
「こんな審査員いるかよ!全員脱落させるつもりやろ!」
「どうすんねん?」
「くそっ、さっき調べたけど、このストレイダンジョンに関する情報は一切なかった。これは新たに開発された未知のダンジョンだ」
「役立たずどもが!」
最初に地表に到達した痩せた血族の男が冷ややかに鼻を鳴らし、背後のコウモリの翼を広げて空中へと舞い上がり、西の方向へ飛び去っていった。瞬く間にその姿は見えなくなった。
「ちくしょう、長距離移動なんて大嫌いだ」
オタク青年が舌打ちをして、ジェイソンが去った方向へ全速力で走り始めた。ジェイソンほどのスピードには及ばないが、それでも驚異的な速さだった。
探索者たちは一人ひとり、あるいは仲間と共に西へ向かって進み始めた。
宮本は動かず、ゆっくりと探索家V型PROドローンを取り出し、興奮しながら配信ボタンを押した。
(人生初のダンジョン配信か…いや、正確には、自分でコントロールする初めての配信だな……)
「へへ……」
その時、足を包帯で巻き終えた神楽零が、決意に満ちた目で宮本のそばに歩み寄ってきた。
「あの…私を助けてくれてありがとうございます。まだお名前を聞いていませんが…」
「大したことじゃないさ、俺は宮本次郎だ」
「では、宮本さま。恩返しをさせてください」
美少女の「恩返し」という言葉に、宮本は戸惑いながらも、目の前にいる長い黒髪の少女を見つめた。
彼女の黒い瞳は水のように澄み、可憐でしとやかな陰陽師の姿に、どこか古風な印象を受けた。
「先ほどは宮本さまが私を助けてくれました。祖先の教えに従い、私、神楽零、神楽家第17代目継承者として、その恩に報いる義務があります。 だから、今回は私が宮本さまを守り、試練を乗り越えるお手伝いをさせていただきます」
そう言い終えた神楽零は、真剣な表情で宮本に向かい、90度の深いお辞儀をした。
「どうか、私に恩返しの機会をお与えください!」
この瞬間、宮本は呆れてしまった。
こんなに堅苦しい美少女は滅多にいない。
祖先の教え?恩返し?
今21世紀だよね?
君、鶴なのか……?
本当は彼女の保護なんて全く必要ないが、それをそのまま断るのも…少し気が引ける。
同時に、沈黙を保っていた宮本次郎の配信が開始され、画面には「第二十五回探索家試練」のタイトルが大々的に表示された。何万人もの登録者たちが一斉に視聴を始めた。
神楽零の「恩返しの願い」はもちろん、視聴者たちにも見られることとなり、画面には膨大な数のコメントが飛び交った。