ジェイソンの言葉が終わると同時に、数名の探索者が急いで下へと降り始めた。
その中でも特に、人狼の姿を取った探索者が最も粗暴な動きを見せた。彼は鋭い巨大な爪を岩壁に引っ掛け、素早く滑り降りていき、空中に石屑を撒き散らした。
瞬く間に、彼は他の者たちの視界から消えた。
しかし、10秒も経たないうちに、漆黒の崖下から悲鳴が響き渡った。
それは、まさにあの人狼探索者の声だった。
崖の底にいるジェイソンの狂気じみた笑い声が再び耳に届く。
「ハハハ!お前ら虫どもに伝え忘れていたことがある! 一次試験、これから本格的に始まる。審査員として、いくつかの情報を教えてやろう。
今、お前たちはストレイダンジョンに入っている。 ここは、地面から800メートルの位置だ。お前たちが下に降りる間、可愛い深淵のモンスターたちが、お前たちと親しくしたがっているぞ!
怖いと思う奴はその場で待っていろ。数時間後に協会のスタッフが救いに来てくれる。まあ、俺としてはお前らが全滅しても構わないけどな! 残り153秒だ。急げよ。 ハハハハハ!」
ストレイダンジョンとは、転送ゲートを通さずにそのまま入れる特殊なタイプのダンジョンで、非常に珍しいものだ。簡単に言えば、ストレイダンジョンには入口がなく、その代わりに特定の地域に踏み入れると、そのまま現実世界から景色はそっくりだが完全なる異空間に転送される。
片手で岩壁にしがみついた宮本は、下から聞こえてくるジェイソンの言葉をじっくりと聞き終わると、探索者協会の実力に対する新たな認識を持ち始めた。
「さすがは最強の民間組織だな…、一次試験だけで、こんな珍しいストレイダンジョンを使うとは」
ジェイソンの言葉が効いたのか、あるいは先ほどの人狼探索者の悲鳴が影響したのか、いくつかの探索者たちは恐怖を感じて、これ以上進むのを諦め、できるだけ岩壁にしがみついて静かに救助を待つ体勢に入った。
もちろん、自分の実力に自信を持つ探索者たちはジェイソンの「やさしいアドバイス」を無視し、秒単位で下へと降り続けた。
「みんな動き始めたようだな。じゃあ、俺も遠慮なく行くか!」
宮本は突然、壁に引っ掛けていた手を離し、驚くべき速さで底へと落ち始めた。
「うーん、800メートルの落差か。自由落下より早い方法はなさそうだしなー」
急速に落下していたおかげで、陰影の中に隠れていた深淵のモンスターたちは、宮本に対して攻撃を仕掛けてこなかった。
しかし、半分ほど降りたところで、少女の叫び声が聞こえ、宮本は一旦落下を止め、片手で岩壁を掴んで身を止めた。
その反対側では、式神を召喚する陰陽師的な少女、神楽零が揺れる小さな岩台の上に縮こまっていた。彼女のすぐ横では、岩壁を蜘蛛のように素早く登る巨口の影魔が、彼女に向かって襲いかかろうとしていた。
少女が召喚した式神はすでに影魔に引き裂かれ、時間が迫る中で他の式神を召喚して防ぐことは不可能となり、影魔の巨大な口による凶悪な接吻を受ける寸前だった。
顔色が青白くなった神楽は、目を閉じて死を待つしかなかった。
バン!
紫色の稲妻に包まれた狂暴な拳が、遠くから近づいてきて、影魔の巨大で恐ろしい頭部に重く叩きつけられた。
プシュ…
拳が肉体を貫く音が響き、影魔の頭部には穴が開き、その体は紫電で焦げ、崖下へと落ちていった。
一撃必殺!
神楽の足に影魔の鋭い爪で引き裂かれた深い傷を見た宮本は、心配そうに言った。
「この状態じゃ、これ以上降りのは難しいだろう。気にしないなら、俺の背中に乗って。送ってやる!」
宮本は、少女に背中に乗るように促した。
死を逃れた神楽は、信じられないような表情で宮本を見つめたが、目の前の野性的なおじさんが手招きするのを見て、ようやく我に返った。
「助けてくれて、本当にありがとうございます。でも…私のために試練を遅らせないでください」
「ハハ、大丈夫だよ。気にしないで!」 宮本は爽やかな笑顔で言った。
家族を再興する重責が脳裏に浮かび、神楽の目には一瞬の迷いが浮かんだ。
試験を棄権するか、それとも他人の力を借りて目の前の困難を乗り越えるか。
(ここで倒れるわけにはいかない!)
(衰退した神楽家族には、強者が必要だ。)
(その人物は…私であってほしい…。)
(少なくとも、父や母、家族が私にそう期待している。私はそれを裏切るわけにはいかない…)
短い内心の葛藤の後、神楽はうなずき、赤くなった顔で宮本の広い背中にしがみついた。
「しっかり掴まっててね、出発するよ!」
宮本は大きな声で笑い、再び空に飛び込み、漆黒の崖へと急降下した。
40キロの美少女を背負っての落下は、宮本にとって全く苦ではなかった。耳に流れる風の音に、神楽は少し怖くなり、宮本の首に回した白い腕を無意識に強く締めつけた。
「大丈夫だよ、すぐ着くから」
宮本は優しく声をかけ、空中で勢いよく拳と蹴りを放ち、崖から飛び出してきた3体の影魔を片付けた。
終点で待つ川谷は黒い崖を見上げ、隣にいる常に狂気の笑いを浮かべるジェイソンを見て、ついに耐えきれずに質問した。
「ジェイソンさん、本当に3分だけなんですか?…だって、もう2分が過ぎたのに、誰一人来てないんですけど…」
「ハハハ!いいか、ラッキーボーイ。一次試験をクリアする人数が増えれば、その分ライバルも増えるってわけだ。 残り1分、もし誰も来なければ、お前が唯一の候補者になるんだぞ。逆に、それって悪くないだろ?」
「僕は…」
川谷は少し間を置いてから真剣に言った。
「僕、めちゃくちゃ運がいいから、いくらライバルがいても平気さ」
ジェスはくすくすと笑いながら川谷を無視し、数え始めた。
「1…2…3…4…5…」
その時、黒い岩壁の上から、コウモリの翼のようなものを持つ、血の霧に包まれた細身の男が空から降りてきて、しっかりと地面に足を着けた。
続いて、空中から太く長い蔓が降り、地面に根を張った。その蔓を伝って、アニメキャラが描かれたTシャツとビーチパンツを身に着けた青年がゆったりと降りてきた。
青年が地面に着地すると、上から金属音が続き、半分鎧を装着した少年が、銀色の甲冑で覆われた右腕で岩壁を掴み、摩擦で火花を散らしながらゆっくりと地面に降りた。
わずか数秒で、三人が無事に着地した。
川谷は顔を上げ、嘲笑の表情を浮かべながら呟いた。
「ふーん、適当に言っただけか、4と5はどうした?」
その言葉が終わると同時に、野性味あふれる巨大な黒影が驚異的な速さで空から降りてきた。
ドン
宮本は両足で地面を踏みしめ、まるで隕石が落ちてきたかのような衝撃を与えた。
400メートルの自由落下による衝撃が、堅い青石の地面に深さ50センチのクレーターを作り出した。
塵が舞い散る中、背負っていた少女を守りながら、宮本はまっすぐに立ち、頭を掻きながら爽やかに言った。
「すまない、落下の速度をうまく調整できなかった。みんなに迷惑をかけていなければいいんだけど」
その瞬間、川谷はまるで神が降りてきたように感じた。
(宮本、まさか直接跳び降りてきたのか?)
(だったらヤバすぎない!?)
(とんでもない大物でも知り合ったのか、僕…)