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第20話 休めない九尾


大阪市北区、ある豪華なマンションの最上階


大島蒼悟は広いソファに体を預け、赤ワインを味わいながら、窓の外に広がる夜景を楽しんでいた。静かな時間を過ごしていたその瞬間、スマホの着信音が鳴り響く。

着信番号を見て、大島の顔に一瞬の緊張が走った。

「ライーン会長……」

「蒼悟か」電話の向こうから、年齢を感じさせる声が聞こえてきた。

大島は、身を斜めに預けていた姿勢をすぐに正し、敬意を込めて座り直した。


ライーン・ハーディス。

探索者協会の第二代会長であり、「夜帝」と並んで探索者協会を創設した創立者の1人でもある。

何より、彼は人類史上4番目のEpsilon級に達した強者であり、その実力は圧倒的だ。


実際の戦闘力において、ライーン・ハーディスが必ずしも人類最強というわけではないが、100万人以上の探索者の中での影響力においては、間違いなく絶対的な存在である。

もし、夜帝の失踪後にライーンが重責を担わなかったら、今のように巨大で効率的に運営されている探索者協会は存在していなかっただろう。始まりの段階で協会は崩壊していたかもしれない。

彼が十数年にわたって尽力し、計画してきたおかげで、日本は「下層」モンスターによる完全な侵略を免れたのだ。


「来週、北海道に来てくれ。旭岳でご飯をおごるよ」

大島は言われるままに「はい」と答え、続けて尋ねた。

「会長、もしかして、僕に探索家の称号試練に参加して欲しいということですか?」

「お前も相変わらず情報が早いな。今回の試練には少し特別な事情があってな…お前に本大会の第3試練の審査員をお願いしたいんだ」ライーン会長の声には、少しの神秘的な響きが含まれていた。

大島は会長の独特な言い回しに驚きつつも、素直に答えた。

「それは光栄です!」

「旭岳に来たら詳しく話すよ。ああ、年を取ると遅くまで起きていられなくてな、じゃあ切るぞ」


「ライーン会長!あの……」


大島が言いかけたが、電話の向こうからはライーンの落ち着いた声が響いた。

「お前、ウェイスグロの異化について聞きたいんだろ?今のところは制御可能だ。この試練大会とウェイスグロの異変解決は大きな関わりがある。旭岳に来たらわかる。あと、これは機密事項だ。外には漏らすな」


「はい!唐突に聞いてしまい申し訳ありませんでした」

その言葉と共に、電話は切られた。

大島はしばらく黙って考え込み、次に誰かに電話をかけた。



阿倍野区のある邸宅

ピンク色の泡風呂に浸かりながらリラックスしていた少女・琴音は、近くに置いてあった携帯電話を手に取った。

「先生!こんな夜遅くに、どうしたんですか?」

「琴音、前に一緒に北海道に行くって言ったけど、ちょっと無理そうだ」

「え…先生、何かあったんですか?」

「さっき、ライーン会長から本年度の探索家称号試練の審査員を頼まれたんだ。一緒に行くところを見られると、君に悪影響を与えるかもしれない」

「へぇ…じゃあ!先生が審査員ってことは~ 私……」琴音はニヤニヤしながら言った。

「琴音、僕は私情で不正をするようなタイプだと思ってるのか?」

「もちろん…そんなことはありません……もう先生ったら!冗談だよ、冗談!先生を誇らしく思わせてみせるから!」


大島との通話を終えた琴音は、浴槽から上がり、ピンク色の可愛らしいパジャマに着替えてリラックスし、大きなベッドに寝転んだ。

(一人で飛行機に乗るのはちょっと退屈だな…)

(先生が一緒に行けなくなったし、宮本おじさんでも呼んでみようかな!)

(そうだ!宮本おじさん、ちょうど大阪に住んでるんだ!私、頭いい~!)


________________________________________


関西国際空港・待機ロビー内


カジュアルな服装の宮本は、肩に旅行用リュックをかけながら、新千歳空港行きの便を待っていた。

少し人の少ない待機ロビーで、可愛い服を着た琴音がピンク色の20インチのスーツケースを引きながら、嬉しそうに宮本に向かって手を振っている。

「おじさん、来るの早いね!」

「琴音おはよー。元気だね~どうやら北海道が楽しみで仕方ないみたいだな」

「うん!」琴音は少し真剣な表情になり、右手を握りしめて言った。

「今回こそ、絶対に『探索家』の称号を取るんだ!失敗したら先生に恥をかかせちゃうし…!」

「大島さんも行くのか?」宮本は推しの名前が出たことで、少し興奮した様子を見せた。

琴音はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、宮本の耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。「おじさんだけに教えてあげるね。実は今回は先生が審査員を務めるんだよ」


宮本は二日前、絵里から試練の歴史資料をメールで受け取り、それを読んでいたため、かなりの知識を得ていた。

(審査員なんて、探索者の中でもトップクラスじゃないと務まらないポジションだよね。さすが俺の推し!)



3時間後、新千歳空港

飛行機が新千歳空港に到着し、宮本と琴音は一緒に空港を出た。

一人は青春真っ盛りの明るく可愛い美少女、もう一人は野性味あふれる自由奔放なかっこいいおじさん。

二人が並んで歩く姿は、自然と周囲の注目を集めていた。


特に、二人がマッ◯で100個のハンバーガーを注文し、それぞれ50個を平らげた時は、さらに注目度が高まった。


「おじさん、私…さっきハンバーガー食べてた時、ちょっとお行儀悪くなかったかな…?」歩きながら琴音が尋ねた。

「ただ腹を満たすだけだ。他人の目を気にする必要はない!」

宮本は微笑みながら、琴音が少しアイドル的な存在であるせいか、人目を気にしている様子を察し、優しく言葉を添えた。

「そうだよね!大食いだって悪くないもん!」琴音は笑顔で言った。


二人はすでに二日前、探索者協会の公式サイトを通じて、探索家称号試練の申し込み費を支払っていた。

参加者データベースには、二人の探索者番号も登録済みだ。


空港からそれほど遠くない場所にある広大な駐車場に着くと、そこは探索者協会が貸し切り、試練の準備のために改装されていた。

宮本と琴音は探索許可証を提示し、駐車場内に入ることができた。

スタッフが二人の身分情報を確認し、それぞれに選手番号が書かれた腕章を手渡した。

「私は122番!おじさんは?」

宮本は腕章を腕に巻きながら、ちらっと番号を確認した。

「7916番だ」


「じゃあ、同じバスには乗れないね…」琴音は少し残念そうな顔をした。

「安心して、旭岳に着けばまた会えるさ」


その間にも、次々と探索者たちが駐車場に到着し、数百人のスタッフが腕章を手渡す作業に追われていた。

琴音を見送った後、宮本も自分が乗るバスを見つけ、乗り込んで試練大会のメイン会場—旭岳行きの出発を待った。

「探索者協会」のロゴが入ったバスが、参加者たちを乗せて次々と駐車場を出ていった。


しかし、誰も気づいていなかったことがある。


それは、どのバスの運転手も、どこか不審な雰囲気を漂わせており、帽子をかぶり、マスクをして、サングラスをかけていてた。


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ウェイスグロ、トムール大草原と聖ゴリル山の境界付近

美月と氷原が指揮する戦闘部の精鋭エリートたちが、一堂に集まっていた。


全員の視線が、彼らに向かって接近してくる約百人のチームに集まっている。


「やっと来たか、ニーセル」

氷原が迎えに出て、表情を引き締めて言った。「時間がない」


ニーセルは、探索者協会研究部の最高研究員で、「魔導士」というコードネームを持つ、協会内で唯一の空間系魔法使いである。

「すぐに魔法陣の準備を始めます」

ニーセルは無駄な言葉を一切交わすことなく、即座に近くにいた百名近い研究員たちとともに魔法陣の準備に取り掛かる。


魔法陣の中心が地面に刻まれると、その瞬間、ウェイスグロ内の上級モンスターたちが何かを感じ取った。

特に強い者ほど、この感覚はより強烈に伝わってきた。


それはまるで、自分の故郷が崩壊する危機を感じ取るような恐怖であり、さらに強力な上級モンスターたちには、抗しがたい宿命の召喚サモニング・オブ・デスティニーの予兆を感じさせるものだった。

この感覚は魔法陣が完成するにつれて、ますます強烈になっていく。


ファノルキ山の支配者である黒竜は、長い眠りから目を覚まし、鼻から二筋の赤い火柱を吐き出すと、巨大な翼を広げ、巣の中で猛烈な風を巻き起こした。


トレイルのアビスにいるシャドータイガーは大きなあくびをして、巨大な体を急に起こし、天を突くような咆哮を上げた。


ダミガの窪地に住むレインボースライムキングは、頭に輝く王冠から虹色の波紋を広げ、瞬く間に周囲100km内のスライムたちを召喚した。



聖ゴリル山北の氷隙に住む、引っ越しを終えた九尾銀狐は突然大きなくしゃみをし、赤い宝石のような目を開き、九つの銀色の尾がリズムよく動き始めた。

「ぐるる…ぐるる…」


「また来たのか…」

「引っ越したばかりなのに!」

「でも今回はなんか違うな、召喚魔法か…?」

「すごく嫌な予感がする、死ぬんじゃないか…」

「だったら、あの人間に狙われるほうがまだマシだが…」

「ぐるる…ぐるる…」

「我は行かない…行きたくない…死んじまう……」



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