宮本家。
約30分の会話を経て、宮本は絵里の意図を理解し、気づけば自分が知らないうちに、40万人近くの登録者を持つ配信者になっていたことも知った。
これは宮本にとって、間違いなく胸が躍る出来事だった。
人生の最後の時期に、ダンジョン配信者になれるなんて!
自分が亡くなった後も、ダンジョンを探索していた記録が残り、輝かしい歴史を持つことができるってことになる。
宮本は「バルト」に対する感謝の気持ちを一層深めた…。
過去3年間、ダンジョン配信を観ることが、宮本が抱えていた巨大なストレスを解消する唯一の楽しみだった。
絶命宣告を受けた後、迷うことなくSSSダンジョンに挑戦したのも、その影響からだ。
宮本の心の中では、もしダンジョン配信がなかったら、絶命宣告を受ける前に、すでに生活の重圧に耐えられず、崩壊していたかもしれないと思っていた。
ある意味、ダンジョン配信が宮本に新たな命を与えてくれた存在だった。
だからこそ、絵里からのお誘いに対して、宮本は迷うことなく快諾した。
宮本の即答に、絵里は少し驚いた様子だった。
彼女はメガネを軽く押し上げながら、にっこりと笑って言った。
「宮本くん、もう少し考えてみませんか?」
絵里の問いかけは、普通なら不適切だと感じられるだろう。
誰が、相手が招待を受け入れた後に「もう一度考えてみて」と言うだろうか?
しかし、絵里はあえてそう尋ねた。
彼女が求めていたのは、宮本が興奮して勢いで答えたのではなく、宮本、Y社、そして絵里の三者がしっかりと理解し合い、心から契約を結ぶことだった。
だからこそ、その後の1時間半、絵里は宮本に彼女がマネージャーとして支えることで得られる利益や、Y社のビジネスモデル、権力の影響範囲について、簡単にわかりやすく説明した。
その説明を受けて、宮本は絵里という美しくてプロフェッショナルなマネージャーに対して、強い信頼感を抱くようになった。
「絵里さん、もう一つ質問があります」
宮本はインスタントラーメンを8杯食べ、1杯を絵里に差し出しながら、二人は食事をしつつ会話を続けた。
絵里は1日中忙しくしていたため、温かいラーメンの誘惑には勝てなかった。彼女が麺をすすっている姿すら魅力的に感じられる。
絵里は口元を軽く拭いながら、「なんでしょう」と微笑んだ。
「絵里さんはY社のトップマネージャーとして、どんな配信者と契約しているんですか?」
「そうですね…」絵里は微笑みながら、ノートパソコンを取り出し、Y社のホームページを開いてダンジョン配信のランキングを指さしながら言った。
「実は、私が直接契約している配信者は少ないんです。 ランキングのトップ30のうち、8人だけで、その中には1位のフライヤーや、宮本くんがもうお会いした麻宮琴音も含まれています」
「え、すごっ!」
宮本はその言葉を聞いて目を輝かせた。
自分の推しと同じ事務所に所属できるなんて、嬉しさが溢れていた。
絵里はカップ麺のスープを一口飲んでから、穏やかに言った。
「宮本くん、他に聞きたいことはありますか?」
宮本は首を振ったが、何かを思いついたようで、絵里を見て少し悩んだ表情を浮かべた。
「宮本くん、何でも話していいんですよ。たとえ契約が成立しなくても、私たちの会話は絶対に守秘しますから。マネージャーとしてのルールですから」
少し躊躇した後、宮本は結局、末期の病にかかっていることを伝えることにしなかった。
もし余命が3ヶ月だと絵里に告げたら、おそらく配信者としての契約は破談になってしまうだろう。
Y社が、たった3ヶ月しか生きられない配信者に、大量のリソースを投じるとは考えにくい。
でも…それでも、宮本は一度ダンジョン配信者になってみたかった。
自分が宮本次郎としてこの世界に足跡を残し、SSSランクのダンジョンの景色を堪能したことを、多くの人々に知ってもらいたかった。
だから…一回くらい、自分の欲望に従ってもいいよね。
心の中で葛藤しながらも、宮本は静かに微笑んで言った。
「絵里さん、特に聞きたいことはありません。契約を結びましょう。」
30分後、少し手間のかかる契約手続きを終えた後、
今の宮本は、全身から輝くオーラを放ち、目には固い決意の光が宿っていた。
彼は真剣な表情で言った。
「正式に配信を始める日は少し遅れるかもしれませんが、それまでに、自分の過去とは完全に決着をつけたいと思っています!」
カップ麺を食べ終えた絵里は、片手で顎を支え、テーブルに伏せながら興味深そうに宮本を見つめた。
「宮本くん、あなたが言う『過去との決着』というのは、実はもう無理かもしれないよ」
宮本は困惑して尋ねた。
「え?どうしてですか?」
絵里はバッグからTY会社のロゴが入った封筒を取り出し、宮本に手渡した。
その中には、彼が解雇された後の慰謝料が入っていた。さらに、安田-大谷法律事務所の委任状を彼の前に置いた。
15分後…
「絵里さん、これら全て、俺のためにしてくれたのですか?」
絵里がこの日忙しく動き回っていたことを知った宮本は、心から感動した。
「もちろんよ。あなたは私が注目して契約した配信者で、これから本格的に活動を始める探索者だから。少しの面倒なことを片付けておくのは当たり前じゃない? そういえば、あなたに借金をしていた友人の件ですが、彼はすでに返済したので、今のところ私は彼を追い詰めていません。もしそれで納得がいかないなら、私が代わりに片付けても構いませんよ」
(か…かっけー!)
宮本は頭を振った。
「いえ、もう過去のことはどうでもいいんです。これからは…今日から、あの人たちとはもう一切関わりたくありません。 絵里さん、本当にありがとう!」
絵里はにっこり笑いながら尋ねた。
「では、話を本題に戻しましょうか。 次の配信場所はもう決めているんですよね?」
「はい!東京のSSS級ダンジョン『サタンアントラーズ』に行くつもりですが…、その前に『探索家』という称号の試験を受けなければなりません」
「あら、宮本くん、計画が琴音ちゃんと同じだね」
「へへ、実は琴音から聞いたんです……」宮本は照れくさそうに言った。
「いいじゃん!」絵里は嬉しそうに言った。「毎年恒例の『探索家』称号試験は、まさにダンジョン配信の祭りだから。あなたの配信デビューは来週の称号試験で決まりね! 他のことは心配しないで。あなたがやるべきことは、配信機材をセットして、称号試験に挑むことだけよ。残りのことは私に任せて!」
そう言うと、絵里は外に出て車から新しい『探索家V型PRO』ドローン配信機と、Y社の「フライヤー」限定版男性配信用時計を持ってきて、テーブルに置いた。
「これらの機材を使ってください。もうあなたのアカウントにリンク済みだから、起動すればリアルタイムで配信映像が送信されるわよ。
それと、私が本部に戻ったら、過去の称号試験に関する資料をメールで送るわ。あなたには自信を持っているけど、油断しないで。あの試験は毎年通過率がわずか0.5%の過酷なものだから。
知っている限りでは、Gamma3級の探索者でもよく試験に失敗しているんだよ。 探索家称号試験は、探索者協会の会長が注目している試験で、ルールはとても厳しい。そして、戦闘能力だけじゃなく、他の能力も試されることがあるから、詳細は後で送る試験資料を参考にしてね」
宮本は真剣な表情でうなずきながら言った。
「頑張ります!」
絵里は手を差し出し、宮本の大きくて丈夫な手としっかり握手を交わした。
その後、彼女は髪に挿していた髪飾りを外し、腰までの長い黒髪を一気に解き放った。
「宮本くん、今日は一日中あなたのために動いていましたので、お風呂をお借りしますね。 それと、パジャマも一着用意してもらえますか? もう2時だし、今夜はあなたの家に泊まらせてもらうと思います」
そう言って、絵里はにっこり笑い、宮本が何も言う前に、すでに浴室に向かっていた。