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第16話 藤原、あなたはクビよ


春の日差しが心地よい大阪。

西成区の一戸建ての前に立つ絵里。


これでこの場所を訪れるのは二度目だ。

閉ざされた玄関を見つめ、彼女は眉をひそめた。

スマホを取り出し、登録されている情報をもう一度確認する。


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氏名:宮本次郎

年齢:42歳

性別:男性

住所:大阪府XXXXXXXX

家族関係:離婚済み、元妻・遠山杏子。息子・宮本雄太(血縁関係なし)

職歴:TY株式会社大阪支社 営業部

役職:営業(解雇済み、退職金なし)

連絡先:090‐XXXX‐XXXX

社会関係:友人・田中紀明(借金は既に完済)

探索許可証番号:1081616

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「まあ、どこにでもいる普通の中年男性で、生活もだいぶ厳しかったみたいね。


 個人の連絡先は全部試したけど、どれも繋がらなかった。となると、まだダンジョンにいる可能性が高いわね」


Y社のトップエージェントである絵里の行動原則はただ一つ――「ターゲットと親しくなるチャンスは絶対に逃さないこと」。


「直接連絡が取れないなら、家族関係や職歴、社会的つながりから攻めていくしかないわね。まずは彼の好みを掴んで、好感度を上げてから契約をスムーズに進める…。今のところ、解雇手当も支払わないブラック企業の、ちょっと権力を持った狭い支社長が宮本に復讐を仕掛ける可能性もありそうだし。 それに、法律の隙間を利用して、宮本に高額な養育費を払わせようとする、あの腹立たしい元妻の存在もね。


 これらが原因で、今後宮本はきっと多くの時間と労力を無駄にして、後々配信に悪影響を与える可能性も…いや、最悪、炎上もあり得る。 …そんなことは絶対に許さない。早いうちに潰しておかなきゃ」


数件の電話をかけ、さらに詳しい情報を得た絵里は、目を輝かせながら再び宮本の情報に目を通す。艶やかなリップを引き結び、少し考え込んだ後、口元に冷徹な微笑みを浮かべる。


「TY株式会社か……確か、Y社の配信機材用部品を作っている中規模サプライヤーだったわね。Y社という大企業の下請けの一つってわけか」


ならば…


「宮本くん、今からやることは、あなたにその価値があると思ってるからだわ。がっかりさせないでちょうだい」


彼女はスマホを片手に、決意を新たにする。

「まずはTY株式会社大阪支社に行って、宮本くんのために一発お返ししてあげましょう!」


________________________________________


30分後。

赤いトレンチコートを纏い、少し濃いめのメイクを施した超絶美人の絵里が、TY株式会社大阪支社の藤原のオフィスに現れた。


「絵里様!お迎えできるなんて光栄の極みです!」

藤原は目の腫れがまだ残る顔を下げ、恭しくコーヒーを差し出した。


絵里がここに来る前に、すでにTY株式会社本社に連絡を入れて、支社への訪問を伝えていた。

Y社のトップエージェントとして、絵里の名声は絶大だ。

たとえTY株式会社の社長であろうと、絵里に対して気配りを怠ることは許されない。


ましてや、藤原のような支社の小さな支社長に過ぎない人物が、絵里に逆らえるはずがなかった。

藤原は絵里の来訪目的を知らず、ただ本社から「絵里様をしっかりと接待するように」と命じられていただけだった。

もし絵里に不快な思いをさせてしまったら、藤原はこの支社社長の座を失うことになる。


絵里はコーヒーを受け取ることなく、藤原を冷徹な目で見つめ、唇に冷たい笑みを浮かべた。

「最近、営業部で何人かを解雇したそうですね」

藤原は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに恥ずかしそうに笑顔を浮かべて答えた。

「ええ、それもすべて業績のためです」


「あらなるほど。では、藤原さんってかなり責任感の強い方、ってことですね」

絵里は美しい笑顔を浮かべていたが、その笑みの中に冷徹な冷気を感じ取った藤原は背筋に寒気を覚えた。


「絵…絵里様の言いたいことは…?」

「藤原さんのような優秀な人材が、こんな支社にいるのはもったいないと思うの」

「は、はあ……」

絵里の鋭い目線に、藤原は嫌な予感が胸に湧き上がった。


「ということで~…あなたはクビです!今すぐにね」


その瞬間、絵里の顔に浮かぶのは極めて自然で親しみやすい笑顔だったが、藤原はまるで尾を踏まれた猫のように、急に背中の毛が逆立った気がした。

「い…いや、もしかしたら、何か誤解が…。 絵里様、私はあなたを尊敬しています…。ですが…ですが!だからと言って私をあなたの気まぐれで好き放題する理由にはなりません! あなたがY社のトップエージェントだからといって、ここはTY株式会社の支社です。私に対してこんなことをする権利はありません!」

藤原の大声はオフィスの外にも聞こえ、何人かの社員が気にして耳を傾けていた。


「あの赤いコートを着た美人、誰だ?」

「聞こえた?藤原をクビにするって言ってたよね?」

「どうなってるんだ?藤原って本社にコネがあったんじゃなかったっけ?」

「しーっ、静かにしろ!続きが気になる…」


絵里は動じることなく、藤原が血走った目で睨みつけている中、冷静に電話をかけ始めた。

「土原さん、こんにちは。絵里です。前にお電話でお話ししました。 ……大体の事情はこんな感じです。今、藤原が私の前にいますが、どうやら納得しないようです。わかりました。それではお手数をおかけしますが、よろしくお願いします。 ご安心ください、必ず社長にご挨拶をお伝えします」

電話を切った後、絵里は微笑みながら、驚愕した藤原に言った。

「本社から連絡くるかもよ」


その言葉がほぼ終わると同時に、藤原のデスクに置かれていた電話が「リンリン」と鳴り響いた。

藤原は驚きの目を見開いて電話を取ると、相手の声を聞いて、すぐに背筋を伸ばし、顔つきが一変して非常に敬意を示した。

「はい、私です、藤原です!」


その後の1分間、藤原の表情は最初の敬意を表すものから、驚愕、怒り、そして最後には完全に萎えたような表情に変わり、力なく椅子に崩れ落ちた。


その時、絵里は優雅に立ち上がり、赤いハイヒールを軽やかに鳴らしながらオフィスのドアを開け、振り返ることなくそのまま出て行った。

去り際、絵里は営業部の全員に聞こえるように声を大にして平然と言った。

「あなたが宮本くんをどのように扱ったか、同じ苦しみを味わってもらいます。 それと、藤原くん、ひとつ忠告しておくけど、これからこの業界で再び仕事を探すのを諦めたほうがいいと思うわ。宮本くんの将来のエージェントとして、彼に手を出した人間が安穏と過ごすことは許しませんから」


藤原はその言葉に激しく動揺し、まるで何かに突き動かされたように叫んだ。

「あなたにはそんなことをする権利はない!私は宮本次郎をクビにしただけで、それも業務上の理由で…」


「もちろん、私はそんなことをする権利があるわ。

 それと、私に大声で叫ばないこと。さもなければ……わかるよね」


絵里は笑いながら振り返り、淡々と言った。

「Y社内でさえ、私に吠えられるような人は存在しない。あなたにその資格があると思うかしら?」


「Y社」の一言を聞いた瞬間、藤原の身体は固まり、顔色も急激に悪くなり、力なく椅子に沈み込んだ。

すでに本社からの通知を受けていた警備員が営業部に到着し、鋭い目で藤原を見つめていた。


絵里はビルを出て、自分の赤いスポーツカーに乗り込み、ナビに従って目的地を設定した。

その顔には、ますます微笑みが浮かんでいた。


冷酷で、欲深く、不倫を繰り返す元妻。

宮本くんが戻る前、あんたと会ってみようかしら。

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