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第15話 サタンアントラーズへ


30分後、焚き火を囲んで全員が座っていた。


焚き火の上には巨大な肉の串がずらりと並び、ジュージューと音を立てながら脂が滴り落ちる。香ばしい匂いが漂い、食欲を刺激していた。

自分が焼いた肉が、人と親しくなる手段にもなれるんだなんて、宮本は内心驚いていた。

「おじさんが作った串焼き、やっぱ世界一だわ……」


琴音は宮本が焼いたドラゴン肉を頬張りながら、遠慮なく絶賛している。

その香ばしい焼き肉を咀嚼し、口の中でモゴモゴと何か言いながら、感嘆を隠さなかった。


一方、石川は50キロくらいありそうな巨大な肉を抱え、「いただきます!」と叫んでから、待ちきれない様子で食べ始めた。

その豪快な食べっぷりは、見ているだけで周りの食欲をかき立てるほどだ。


龍太と恵美も黙々と美味しそうに食べていたが、美月だけは冷たい顔で焼き肉の塊を手にし、疑うように言った。

「これ……何の肉なの……?」


肉を口にしていた宮本はその問いに少し焦りを感じた。

おいおい、この人は探査隊の隊長だぞ。ここで「この肉は巣穴の主、嵐の雷竜の肉です」なんて言ったら、協会に連行されて拷問されかねないじゃないか?

俺は余命が短いが、自由は失いたくないぞ!よし、ここはごまかそう!


「未知の特級食材です。このダンジョンについて詳しいわけではないので、この生物が何なのかは分かりませんが、味は間違いなく美味しいですし、無害ですよ。以前にも琴音ちゃんと一緒に食べてましたので」

宮本はかつての社畜時代に培った「無害な笑顔」を浮かべた。

しかし、今のムキムキな外見では、その笑顔がかえって爽やかで頼もしい印象を与えていた。


美月はじっと宮本を見つめていたが、少しためらった様子を見せた。

「隊長、宮本さんの串焼き、最高ですよ! 安心して食べられます!」


隣の石川が美月の慎重な態度を察し、親指を立てて保証する。

美月は焼き肉の塊から一口分をちぎり、まだ迷っている様子だった。

その時、琴音が自分の肉を食べ終え、にこにこしながら近づいてきた。

「お姉ちゃん食べないの? 私、まだいけそうなんだけど!」


そう言いながら、美月が持っていた肉を手に取ろうとする。

「琴音、あなた女性配信者なんだから、スタイルを保たないとダメよ」

その言葉をきっかけに、美月はためらいを完全に捨てた。琴音が肉を奪い取る寸前、美月は驚異的なスピードで30キロもの肉を数秒で平らげてしまったのだ。


食べ終わると、琴音が少し悲しげな目で美月を見つめる。

その中で、美月は口元を軽く拭いながらさらりと言った。

「確かに、とても美味しかったわ」


小柄で幼い顔立ちの美少女というイメージとは裏腹な飢えた狼のような食べっぷりに、宮本は額に冷や汗を浮かべた。

「美月隊長、えっと……もうお腹いっぱいにおなりました…でしょうか…?」

宮本は礼儀正しい性格ゆえに、「君はロリなんだから、もっとイメージを大事にしてくれ!」という心の中の叫びを言葉にはしなかった。

この小柄な体、最初の慎重で冷静な態度、そして今の嵐のような食べっぷり……あまりにもギャップがありすぎて怖い。


美月は滅多に見せない笑顔を浮かべ、「腹七分目、といったところかしら。ごちそうさま」


ドラゴン肉の宴が終わると、話題は本題へと移る。

宮本のもてなしのおかげか、美月の彼に対する態度もいくらか柔らかくなっていた。

「宮本さん、この洞窟で何か気づいたことは?」

「いえ、何も。がらんどうでしたよ」

「何の異常もなかった?」


宮本は首を横に振った。雷霆秘宝を吸収し、「雷爆」というスキルを得たことは決して話すつもりはなかった。

社会で鍛えられた慎重さが、こういう場面では役立つのだ。

美月は立ち上がり、頷きながら言った。

「ここはもう留まるべき場所じゃないわ。私たちがここにマークを残したら、あなたと琴音は先に離れて」


興味を引かれた宮本が尋ねる。

「何か起こるんですか?」

美月は肉で歓待された恩義もあってか、少しだけ情報を明かした。

「その通り。このダンジョンには大きな異変が起こるわ。次の瞬間かもしれないし、数日後の可能性もある」

美月がこれ以上詳しく説明する気がないと察した宮本は、探索者協会という巨大な組織のことを多少知る者として、これ以上深入りする気はなかった。面倒ごとには巻き込まれたくないと笑顔で頷く。

「なるほど!」


本当はこの場所を自分の墓にするつもりだった。しかし、計画というのはいつだって変わるものだ。

協会の探査隊隊長から退去を勧告され、それを拒む理由もない。


幸い、埋葬地の候補は他にも残っている。東京にあるSSS級ダンジョン「サタンアントラーズ」だ。

あそこも悪くない。


ただ願うのは、この脳腫瘍の進行が少しでも和らぐこと。

そして、死ぬ前にもっと多くの壮大なダンジョンの景色を目に焼き付けられるなら、それもまた悪くない人生の締めくくりだろう。


その後、探査隊のメンバーたちは巣穴で忙しく作業を始め、宮本と琴音は巣穴の中をぶらぶらと散策していた。

「おじさん、ウェイスグロを離れたら家に帰るの?」

「家?」

宮本の脳内に浮かんだのはバラバラになった家庭の記憶だった。

少し首を振りながら答える。

「俺にはもう時間がないんだ。だからサタンアントラーズを見に行きたいと思っている」

「あの東京のSSS級ダンジョンに!?」


琴音の目が輝き、「先生がその初手ダンジョンについて話してくれたことがあるよ!」と興奮した様子で言った。

「初手ダンジョン?」

宮本の中で知識の空白を埋めるような話題に興味が湧く。

「大島先生は何て言ってたんだ?」


琴音は目を輝かせながら話し始めた。

「30年前、国内の各地でたくさんのダンジョンが現れたの。その中でも、東京にあるSSS級ダンジョン“サタンアントラーズ”は特別中の特別! なぜかって、人間世界で最初に現れたダンジョンだから! それでみんな“初手ダンジョン”って呼んでるんだよ」


琴音はさらに続ける。

「聞いた話では、たくさんの遺伝子解放者を生み出した『遺伝子誘導薬剤』の製法や原料も、そのダンジョンから発見されたんだって。それに加えて、探索者協会が評価した全SSS級ダンジョンの中で、最も危険度が高い場所でもあるの。 その死亡率、77%にもなるらしい……」


琴音は苦笑しながら付け加える。

「実は私も行ってみたいんだけど、先生もお姉ちゃんもダメって言うんだよね」

琴音が話した情報は、一般人には知り得ない内容だった。

トップクラスの探索家のみが知る秘密であり、琴音自身も師である“フライヤー”こと大島蒼悟から聞いたものにすぎない。


宮本はその話を聞き、「サタンアントラーズ」への期待をさらに膨らませた。

「サタンアントラーズ――人類が遺伝子ロックを解放する原点!」

目を輝かせ、そのダンジョンの由来に感嘆しながら尋ねる。

「ウェイスグロの入場料が200万円だったが、サタンアントラーズは?」

琴音が少し残念そうに答える。

「20年前に一般開放が停止されちゃったんだ。だからお金があっても入れないの……」


宮本は驚き、思わず声を上げた。

「ええっ!」

琴音はにこにこしながら続けた。

「おじさん、まだ話は終わってないよ! サタンアントラーズの死亡率が高すぎるから、探索者協会が厳しいルールを作ったの。それは、入場するためには“探索家”の称号を取得しなきゃいけないってこと。 探索家の称号を持てば、SSS級ダンジョンにはどこでも自由に出入りできるんだよ。もちろんサタンアントラーズも無料でね!」


「探索者」と「探索家」。

たった一文字の違いだが、その意味するところは大きく異なる。


遺伝子ロックを1段階解放すれば、誰でも「探索者」として認識される。だが「探索家」となるためには、厳しい試験を突破し、正式な認証を受けなければならない。

探索者協会の最新データによれば、「探索家」の称号を持つ者は、100万人いる遺伝子解放者の中で、わずか0.2%に過ぎないという。


これらの情報は、数日前までただの社畜だった宮本にとっては、まるで別世界の話のように思えた。

だが、琴音の丁寧な説明を聞くうちに、宮本はウェイスグロを離れた後の自分の目標が少しずつ明確になっていくのを感じていた。


「おじさん、もし探索家称号の試験に申し込むなら急いだ方がいいよ!年に一度だしもうすぐ終わるからね」

琴音の言葉に、宮本は力強く頷き、意気込むように答えた。

「申し込むよ!」


ふと思い出したように宮本は尋ねた。

「そういえば琴音、君はもう探索家の試験を通過したのか?」

琴音は少し不機嫌そうに口を尖らせながら答える。

「まだだよ…去年の試験、失敗しちゃって……」


嫌な思い出が蘇ったのか、一瞬悔しそうな顔を見せたが、すぐに明るい表情で言葉を続けた。

「でも今年はもう申し込んだし、絶対に合格する自信がある!」

その様子を見て、宮本は優しく笑いかける。

「君ならきっとできる!」


琴音の目が輝きながら尋ねる。

「おじさんも試験、受けるよね?」

宮本は大きく頷いた。

「もちろん!サタンアントラーズに入って、あの初手ダンジョンの景色をこの目で見たいからな!」

「よかった!じゃあ北海道でまた会えるね!」


琴音は喜びながら説明した。

「今年の探索家称号試験のメイン会場、北海道なんだよ!」


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