Y社のホームページ、匿名サーバー配信ランキングNO.3。
この時点で放送されているのは、宮本が聖ゴリル山を登るシーンだった。
この名も無きアカウントは、現在7.8万の登録者数を誇り、同接数はなんと36.7万に達している。
:さっきあのおじさん、素手で双頭ゴリラの腕を引き裂いたんだよ。血みどろすぎてヤバい!
:双頭ゴリラなんて大したことないさ、それより前にこの人、頭でクリスタルスライムキングの王冠を砕いて秒殺したんだ!
:えっ、強すぎない?もしかして、この人、Delta級以上とか…?
:あのおじさん、戦闘スタイルが肉体の強さだけで成り立ってるよね。戦闘技術はほぼゼロで、狂戦士みたい
:こんな戦い方でモンスターと戦ってるの初めて見たよ。ずっと肉弾戦車で、見てておもろい!
:もう6時間も配信してるけど、おじさん全然視聴者とやり取りしないんだね。やっぱ配信してることに気づいてないよな
:さっきちょっと計算してみたんだけど、この6時間で137匹のモンスターを倒してる。その中でも、V級が108匹、VI級が24匹、VII級が3匹、VIII級が2匹…すごすぎ
:しかも、休まず戦い続けてるし、体力お化けかよ
:これ見た後、他のダンジョン配信が全然面白くなくなっちゃうな
:てかこの人、昨日琴音ちゃんと聖ゴリル山の麓で会った半裸のおじさんじゃね?
:思った!あの宮本次郎さんだよね?
:あの人、そんなに強かったのか!?
聖ゴリル山頂上まであと2キロの坂道を登りながら、宮本は顔に残ってたモンスターを倒したときに飛び散った血を拭った。
(さっき倒した双頭ゴリラ、VIII級のモンスターだったよな…。俺、そんなに強いのか…? バルト…愛してるぞ……)
登り続ける中で、宮本は次第に自分の強さを実感し始めた。どう考えても、Alpha遺伝子解放者レベルの初級ダンジョン探索者ではない。
彼が倒した強力なモンスターたちは、すべてダンジョンのモンスター図鑑に記載されていた。
モンスターの強さを基に自分の戦闘力を考えると、その理由はただ一つ。
「バルト」の力だという結論に至った。
しかし、バルトは力を与えた後、姿を消してしまっているため、この事実を確証することはできなかった。
でも、そんなことはどうでもよかった。
頂上が近づいていたからだ。
かつて配信でしか見ることができなかった聖ゴリル山の頂上に、今、足を踏み入れようとしていた。
宮本の胸は高鳴り始めた。
雪に覆われた山道を歩く中、吹き荒れる風の中から、赤い目をした九尾が雪の隙間から「スッ」と現れ、宮本の行く手を阻んだ。
モンスター図鑑257ページに記載されたIX級モンスター——九尾銀狐。
ダンジョンモンスターはI級からX級まであり、それ以上は伝説級となる。
九尾銀狐の登場で、これまで無敵のように感じていた宮本も、わずかに戸惑いを見せた。
(すごい圧だな。今まで初めて脅威を感じたかも! でもね…俺は死ぬ身だ。登頂を阻む者なら、俺が引き裂くか、あるいはお前が俺を引き裂くかだ!)
「来い!」
宮本は大声で笑い、拳を握りしめ、猛然と攻撃を仕掛けた。
立っていた場所から、目に見える空気の波紋が広がり、瞬時に宮本の姿は消え、超音速で九尾銀狐に突進した。
九尾銀狐の紅い宝石のような目が妖しく輝き、猛然と大きな口を開け、冷たい霜の吐息を吹きかけて周囲を凍結させ、宮本もその範囲に巻き込まれていった。
宮本の姿をした氷の彫像が現れ、拳を振るうポーズを取ったまま動かなくなった。
九尾銀狐はその氷像を壊すために爪を振り下ろし、美しい弧を描いた。
氷像が壊れれば、内部の宮本の血肉は粉々に砕け、無数の氷の破片となって死ぬことになる。
カラカラ…カラカラ…カラカラ…
一連の破裂音と共に氷像に亀裂が走り、爪が氷像に当たった瞬間、氷像は爆発的に壊れた。
その時、宮本の拳が九尾銀狐の爪を弾き飛ばした。
氷を破って出てきた宮本は、瞬時に地面の氷を踏み砕き、その爆発的な瞬発力で瞬間移動するように九尾銀狐の前に現れた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
連続する拳が雨のように降り注いだ。
しかし、九尾銀狐の九本の尾が素早く動き、残像を重ねながら宮本の攻撃をすべて受け止めた。
「なんて特殊な防御手段だ。さすがIX級のモンスターだな。ヤバ!興奮したんだが!
んじゃ!敬意を込めて、次の一撃は全力で行くぞ!」
これまでの登山で、宮本は数多くのモンスターを倒してきたが、いまだかつて全力を出したことはなかった。しかし、強力な相手の登場に、今、彼は全力を出すことを決意した。
一撃の拳。
それは非常にシンプルで、何の技術もなく、音爆や衝撃波さえもなかった。
ただの拳。
しかし、その拳が九尾銀狐に向かう瞬間、その目に恐怖の色が浮かんだ。
九尾銀狐は防御をやめ、霜の冷気のビームを放った後、逃げるように振り返り、どんどん距離を取っていった。その逃げ足の速さは、飛行する蒼羽グリフォンにも負けないほどだった。
凍結のビームを破った後、宮本は拳を振り上げ、逃げる九尾銀狐を呆れた表情で見つめていた。
「おいお前!IX級のモンスターだろ!?こんなに簡単に逃げるのかよ! 一発かっこよく決めたかったのにー!!」
宮本は残念そうな表情を浮かべ、山を登り続けた。
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Y社ホームページ、匿名配信ランキングNo.1
現在、このアカウントの登録者数は12.5万人、同接数は56.7万人。
:そ…それって…九尾……?
:さっきおじさんが氷像になったとき、緊張しすぎてコーヒー全部こぼしちゃった
:IX級のモンスターが…逃げちゃった…?
:Delta級でも倒せるかどうか分からないIX級のモンスターが、こんなふうに逃げるなんて…
:狐族のモンスターは高い知能で知られてるけど、逃げる選択をしたのにはきっと理由があるんだろう
:麻宮琴音との配信も見たけど、なんであんなに強いんだろう…数日前まで社畜だったはずなのに
:さっきの一撃、普通に見えたけど、あんなのでIX級のモンスターが逃げるなんて…
:あれ?個人アカウントに連携されたっぽいよ!
今、Y社の「宮本次郎」というユーザー名が配信画面の上部に表示され、そのアイコンは標準的な社員風の、少しぽっちゃりした中年男性。穏やかで無害そうに見える。しかし、配信中の宮本次郎とはまるで正反対の印象だ。
:宮本まだ戦ってるし、本人が操作したわけないよね。きっと公式が彼の正体を確認して、代わりに操作したんだ
:こういうのよくあることだよねー。配信で人気を集めると、公式が自動でアカウントを連携させるんだ。利用条約にも書かれてるし
:(2000円投げ銭)やっと投げ銭できるようになった!
:(1000円投げ銭)同年代として応援しなきゃ!
:(3500円投げ銭)実力派の配信者が好きだから、これからも応援する!
:(5000円投げ銭)…
…………
:よかった!これで、これからもおじさんの配信が見られるってことだよね!
:きっとそうだよ!宮本の人気なら、公式さんが豪華な契約を用意するはず。楽しみ!
匿名アカウントが宮本アカウントに連携された瞬間、オンライン視聴者数は急激に増加し、チャンネル登録者数も急上昇した。
125,587…173,600…213,669…234,421…286,696…
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Y社、社長室内。
「絵里、いいか。Y社のトップエージェントとして、宮本次郎を必ず契約しなければならない。私たちには彼が必要だ。 これが彼の資料だ。すぐに大阪へ向かいなさい」
松本絵里は社長から渡された資料を受け取り、指先で金の縁の眼鏡を軽く引き上げながら、微笑んで言った。
「ご安心ください、社長。私には落とせない配信者なんていません」
そう言うと、彼女は細い腰をくねらせ、赤いハイヒールを鳴らしながらオフィスを後にした。