宮本が聖ゴリル山を登頂する旅は続いていた。しかし、彼はまだ気づいていなかった。
――琴音が渡した探索者IV型PROドローンには撮影機能だけでなく、ワンタッチで配信可能な機能が備わっていることを。
機械の操作に不慣れな宮本は、起動した際にうっかり配信ボタンを押してしまった。
このドローンは宮本個人のアカウントにリンクしていなかったため、配信された映像は自動的にY社が運営する人気な匿名配信サーバーにアップロードされた。
このサーバーは、名を明かさずに配信を行いたい人々が使用するもので、Y社のホームページには、配信の人気に応じてリアルタイムでランキングが更新される仕組みが用意されていた。
聖ゴリル山の頂上へと向かう途中にある垂直の氷の壁。
その空中で、赤い羽を持つグリフォンが「ガアガア」と不気味な鳴き声を上げていた。その嘴からは炎の柱を吐き出し、宮本に狙いを定めて襲いかかってくる。
これはVII級モンスターで、その攻撃本能は蒼羽グリフォン以上に強く、さらに知能も高い。
最初から攻撃を仕掛けるのではなく、宮本が強敵であると本能的に察すると、後をつけながら隙を伺っていた。
そして、宮本が氷壁を素手で登り始めた瞬間、満を持してやっと攻撃を開始した。
宮本の足元には2000メートルの垂直な崖が広がり、さらに1000メートル近く氷壁を登らなければならない状況。
足場は不安定で、火羽グリフォンは絶好のタイミングを狙ってきた。
「はあ…今はちょっとずるいだろ」
宮本は軽く笑いながら、口元に自信に満ちた笑みを浮かべた。そして、炎の柱が彼を包み込む。
しかし、この程度の攻撃では宮本の防御を突破することはできない。
宮本は足を曲げ、崖を両足で蹴り飛ばした。その反動でまるで弾丸のように空へ飛び出し、自らを炎の玉のようにして火羽グリフォンに突進する。
バン!
宮本の体が火羽グリフォンに激突した瞬間、モンスターの体には透明な穴が空いた。
彼は自身の肉体を武器とし、たった一撃で火羽グリフォンの命を奪った。
墜落するグリフォンの死体を足場にし、宮本は再び矢のように氷壁へ飛び戻る。そして片手で氷を掴み、宙にぶら下がった。
「上に行けば行くほど、モンスターがどんどん強くなるな。 でも、これくらいならまだ俺でも対応できる…」
彼は足元に広がる何千メートルもの崖を見下ろしながら、興奮に満ちた目を輝かせた。
「頂上まで、あと少しだ」
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一方その頃、Y社の匿名配信ランキングでは、ある無名の配信が急速にランキングを駆け上がっていた。
配信開始からわずか3時間で登録者数は13,800人に達し、同接数は登録者数も超えて驚異の32,799人に到達していた。
その無名の配信者は現在、ランキング79位に位置している。
コメント欄では……
:このおじさん、衣装ワイルドすぎ!ターザンのコスプレか?
:この雪山の景色、めちゃくちゃきれい!
:なんか、ウェイスグロの聖ゴリル山に似てるけど、まさかねー
:あれってSSS級ダンジョンだよね?こんな匿名配信者が行ける場所じゃないだろ
:さっき襲いかかったあのモンスター、珍しいね
:ずる賢いというか、尾行してから急に攻撃するなんて…
:説明しよう!あれ、VII級モンスターの火羽グリフォンだ。ダンジョン配信ではめったに見ない高ランクモンスターだよ。こういうモンスターに触れる能力を持っているのはダンジョン配信界の大物だけだ
:戦闘力エグすぎ…アカウント作ってなかったのはなんでだろう?投げ銭したいのに
:配信時間って決まってるのかな?登録したよ、これからずっと追い続ける!
:この道危険すぎない…?
:この数時間で十数回もモンスターに襲われて、それを全部倒したなんて、マジで強い!
:この人、戦い方かなりクセあるね。肉体強化型の戦士なのかな?w
:この人って遺伝子解放者の何段階目なんだろう?
:匿名サーバーにもこんなすごいダンジョン配信者がいるんだ…。只者じゃないってことは確かだな
:この人が着てるベスト、あれ絶対VI級モンスター、墨角アロウドラゴンの素材だろ。間違いない、あの独特の革…800万もするモンスター素材でこんな粗雑なベスト作るなんて…
:ってかこの人、帽子もVII級モンスターの蒼羽グリフォンの最も貴重な尾羽だ。装飾品としてだけで500万円以上の価値があるやつ。金持ちだな!
:雪巨人の一番柔らかい腹部の毛で作られたブーツ…作りは粗いけど、素材は贅沢すぎる。700万はないと絶対買えない
:それにしてもこのおじさん、かっこいいね!腹筋すこ!
:こんな険しいダンジョンの山を素手で登る人初めて見たわ…配信から見ても、地面から少なくとも数千メートルは離れてるよね
:なんか、俺たちに全然話しかけないよね?
:このおっさん、完全にタイプだわ。登録したよ!(名前すら知らないけど)
:いろいろ質問あるけど、まさかこのおじさん、配信してることに気づいてないのかな…?
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トムール草原に立つ転送ゲートの前。
キャンプの荷物を背負った麻宮琴音は、石化した転送ゲートを見つめ、驚いた表情を浮かべた。
「珍しいな、ダンジョンが異常封鎖するなんて。でも、これじゃ出られなくなっちゃったね…。先生に連絡しようかな…。先生が『モンスター化』すれば、ゲートを再起動できるはず」
琴音がそう考えたその時、石化した転送ゲートが激しく震え出し、恐ろしい気配が広がっていった。
琴音は百メートル以上後退し、警戒しながらその動きを見守った。
「現実世界で、誰かがダンジョンの転送ゲートを再起動してる!先生かな…」
ドン!
強力な気配が爆発的に広がり、周囲30メートルの草原と泥が一斉に吹き飛ばされ、煙が空を覆った。
煙が晴れると、紅髪のロリ少女が冷徹な表情を浮かべて転送ゲートから歩き出し、その後ろには二人の男と一人の女が続いていた。
転送ゲートから現れた人物を見た琴音は、目を大きく見開き、喜びの笑みを浮かべて駆け寄り、冷たい表情をした美月を力いっぱい抱きしめた。
「お姉ちゃん!どうしてここに?」
「琴音…」
美月は手をポケットに突っ込み、琴音のハグを受け入れながらも、冷徹な表情を崩さないよう努めていた。
「先週言っていたキャンプ地、まさかここだったの?」
「うん、ここは先生のお気に入りダンジョンだし、私、弟子だから先生の後を追って、最初はここを探索しようと思ったんだ!」
美月は仕方なくうなずき、琴音を引き寄せて一歩離れると、二人はひそひそ話を始めた。
その様子を見守っていた石川副隊長の隣にいた龍太が、小声で好奇心から尋ねた。
「この人、最近すごく人気の配信者じゃなかった? …そうそう、麻宮琴音だ!Y社で一番強い美少女ダンジョン配信者! 美月隊長と知り合いなの?」
石川は指を立てて「シー」と静かにし、二人の会話を見守った後、低い声で言った。
「琴音ちゃんは隊長の妹だ、実の妹だぞ」
龍太と一緒にいた女性隊員の恵美は、ようやく納得した顔をし、さらに質問攻めをし始めた。
「隊長が32歳で、妹さんは17歳…? しかも姉妹、あまり似てないね。隊長の方が妹よりずっと小柄だし…」
「琴音ちゃんの配信、よく見てるんだ!後で隊長に頼んでサインもらえないかな?」
「お前ら、シー!! 聞かれたらどうすんだ!」
石川は美月と一緒にいる時間が長いため、二人を注意しながら静かに振る舞った。
一方
「琴音、ウェイスグロの異常封鎖、どこまで知ってる?」
妹が無傷であることを確認した美月は、冷徹な顔を崩さずに質問を投げかけた。
琴音は目をぱちぱちさせ、ちょっと不満げな顔をしながら、美月の腕を揺すって言った。
「お姉ちゃん~、こんなに久しぶりに会ったのに、仕事の話するなんて…」
普段、冷徹で無表情なロリ少女として知られる美月も、琴音の甘えに弱いようで、口元がほんのりと上がり、滅多に見せない笑顔を浮かべた。
「はいはいわかった。じゃあ、琴音の知ってる情報を教えてくれたら、この異常封鎖解決チームに入れてあげる」
「ほんとう?」
琴音は美月の腕にしがみつき、目を輝かせながら言った。
「お姉ちゃん、ズルしちゃダメだよ! あ~と~は、配信してもいい?」
美月は冷たい顔をしたまま答えた。
「これは調査任務だ、もちろんダメ」
「わかってるの!ちょっと聞いただけなのに、お姉ちゃんのケチ!」