深夜、耳をつんざくような遠吠えに、宮本は目を覚ました。
テントを飛び出した瞬間、肌を切り裂くような強風が吹きつけ、空からは全長5メートルの巨大なグリフォンが急降下してきた。
その鋭利な爪は、宮本を標的に定めていた。
戦闘経験のない宮本だったが、恐れることなく拳を突き出した。
相手がVII級に分類される強力なダンジョンモンスター、蒼羽グリフォンであるにもかかわらず、彼の行動には迷いがなかった。
肉体と鋭い爪がぶつかった瞬間、接触点から目に見える波紋が広がり、爆発音のような轟音が鳴り響く。
物理的に説明するならば、音速を超えた物体が引き起こす「衝撃波」によるものだ。
宮本の拳はまさか、無意識に音速を超えていた。
その一撃は圧倒的な威力を持ち、グリフォンを数百メートル先まで吹き飛ばした。
鉄のように硬い羽が次々と剥がれ落ち、雪のように舞い散る。
宮本はわずか一撃で、この強力な蒼羽グリフォンを倒した。
ちなみに、麻宮琴音が聖ゴリル山の中腹以上に足を踏み入れなかった理由の一つが、このモンスター「蒼羽グリフォン」だった。
彼女が師の教えを守った背景には、モンスター図鑑の177ページに赤字で記載されたこの存在の危険性がある。
「こんなに脆いものなのか…?」
宮本はそう呟きながら、目の前の結果に困惑していた。
聖ゴリル山の中腹を目指して登る間、宮本はすでに十数回ものモンスター襲撃を受けていた。
群れを成す鉄骨ハーフビースト、巨大な墨角アロウドラゴン、美しいが猛毒を秘めた落桜パイソン、圧倒的な力を誇る雪巨人――そして先ほど襲いかかってきた蒼羽グリフォン。
宮本はもらえるものはもらっとく精神から、グリフォンの素材を素早く回収した。
そのころには、空が明るくなり始めていた。
モンスター討伐を重ねる中で、宮本の中に疑問が生まれていた。
自分の実力をAlpha1級だと認識していたが、どう考えてもそれを超えるものだった。
彼はモンスター図鑑を熟知しており、自分が倒したモンスターのランクがどれほど高いものかを理解していた。
Alpha1級の遺伝子解放者が成し遂げられるものではない。
(バルト……バルトのおかげなのか……?あの夢は、すべて現実だったのか……)
(もしそうなら、俺はいったいどれほどの力を持っているんだ…)
遺伝子解放に関する知識が乏しい彼には、自分の力を正確に測る術がなかった。
(バルトがいてくれたら、この疑問も解けたかもしれないのに…。 あいつは本当に優しい…けど突然いなくなるなんて…)
彼は苦笑いを浮かべる。
(惜しいな。もし余命三か月じゃなかったら、俺もきっと人気ダンジョン配信者になれていただろう…。 でも、これは悪くないことだ!少なくとも聖ゴリル山の頂上を目指す助けにはなる!)
深く考えたところで答えは出ないと悟った宮本は、荷物をまとめることにした。
今日は頂上を目指す予定だった。
宮本は琴音が残してくれた予備の配信設備を取り出し、この頂上に挑む最後の瞬間を記録に残そうと思った。
(もし将来、推し(フライヤー)と呼ばれる配信者がこの山頂で配信をするとき、この映像が見つかるかもしれない。たとえそれが俺の死後だとしても、俺がここまで辿り着いた証になるだろう)
荷物をまとめ終えた宮本は装備を整えた。
墨角アロウドラゴンの皮をなめしたベスト、蒼羽グリフォンの尾羽を加工した帽子、落桜パイソンの皮で作ったベルト、雪巨人の毛皮を用いた長靴――全身はダンジョンの素材で固められていた。
その装備に、無精ひげの生えた精悍な顔立ち、力強く引き締まった長い手足、そして露わになった腹筋が加わり、彼の姿は圧倒的な野性味に満ちていた。
探検家用の「IV型PROドローン」を起動し、宮本は聖ゴリル山の頂上へ向けて歩き出した。
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心斎橋
探索者協会の制服を身にまとった4人の男女が、ダンジョンの入口へと続くエレベーターに乗り込んだ。
その先頭に立っていたのは、小柄な少女――外見上はそう見えるだけだった。
彼女の名は美月。探索者協会第3調査隊の隊長を務める、驚異的な実力を持つ人物である。
実年齢は32歳だが、見た目は典型的なロリ系少女そのもの。
美月はDelta2級の遺伝子解放者であり、協会戦闘部四大将に匹敵するほどの強さを誇っていた。
ここで、Delta級戦力について簡単に触れておこう。
遺伝子ロックを4段階まで解放することで、人体のDNAが再編成され、進化的に高次な能力を手に入れることができる。
Deltaは1級から3級に分けられ、各級には以下の特徴がある:
1級:遺伝子を最適化し、肉体的な能力を向上させる。
2級:遺伝子を進化させ、特化することで一時的に高次の生物に変身し、戦闘力を大幅に向上させる。
3級:体内のエネルギーを粒子単位で制御し、外部エネルギーも取り入れることで自己強化が可能となる。
美月は、鮮やかな赤髪をたなびかせ、体にぴったりとフィットした制服のスカートを身に着けていた。肩には「隊長」と刺繍された腕章をつけ、腰には鞘入りの長刀を携えている。
裸足で歩く美月の左足首には、赤い紐で繋がれた精巧な鈴がついており、彼女が歩くたびに軽やかな音が響いた。
美月の先導で、4人はダンジョン「ウェイスグロ」の6階入り口に到達する。
そこにはすでに門番が待機していた。
「美月隊長!」
門番が敬礼をして頭を下げる。
「要点だけ話せ」
美月はその愛らしい外見とは裏腹に、冷徹な口調で命じた。
「はい!実は……」
門番は慌てて報告を始める。
ウェイスグロの異常な封鎖の状況を簡潔に伝え、さらに「フライヤー」が出現したこと、最後にウェイスグロへ足を踏み入れた、ダンジョンで死ぬ覚悟を決めた中年社畜である宮本次郎という男についても語った。
美月はその報告を冷静に聞き終えた後、手をひらりと振り、門番に退下を命じた。
「石川、下がれ。SSS級ダンジョンの転送ゲートを再起動するために、能力を使う」
全員が安全なところまで退避したのを確認すると、美月は転送ゲートの前へ進み出た。
美月は小さな手をそっと転送ゲートに触れると、すぐに圧倒的な気配が彼女の体から放たれた。
赤髪が激しく舞い、制服が風に煽られる。
彼女の手が瞬く間に巨大な白いドラゴンの手へと変化し、変容の波が腕から全身へと広がっていった。
わずか5秒後、美月は体長5メートル、全長8メートルの、全身を輝く白い鱗で覆われた優雅な白竜へと姿を変えていた。
その圧倒的な気配は空間を支配し、もし石川がバリアを張らなければ、この場にいるBeta2級の門番は、その気配だけで傷を負っていたであろう。
白竜の爪からは、無尽蔵のエネルギーが転送ゲートへと注ぎ込まれていった。
「モンスター化」はDelta2級の能力のすべてを示すわけではないが、その出力は間違いなく最強であった。
1分後、転送ゲートの周囲に満ちていたエネルギーは徐々に収まり、美月は元の姿に戻った。
変身から戻った美月の顔には、ほんのわずかな疲れが浮かんでいたが、それでも彼女は後ろの石川たちを手招きで呼んだ。
「入れ」