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第6話 半裸腹筋バキバキおじさん


聖ゴリル山の麓

透き通る氷河が連なり、時折巨大な裂け目が姿を現す。壮大な景色に、ただ立っているだけでも圧倒されるほどだ。


琴音は最新型の探索ドローン「V型PRO」を起動し、カメラに向かって明るい笑顔を浮かべると、ためらいなくその裂け目へ飛び込んだ。

氷の裂け目は、モンスター「クリスタルスライム」の生息地だった。


このモンスターはII級群生型で、体は猫ほどの大きさ。しかし、その硬度はダイヤモンドをも凌ぐ。

戦闘スタイルはシンプルで、硬い体で敵に突進するのみ。

殺すだけなら容易い相手だが、今回は捕獲が目的。そのため、かなりの工夫と力加減が必要だった。


「さて、いくよ!」

琴音は柔らかな拳を振り上げ、驚くほどのスピードでスライムの群れに突進する。

彼女が身に着けた探索ブランドの戦闘型ミニスカートがひらりと舞い、彼女の動きはまるで蝶のように優雅だ。それでいて、豹のような野生の力強さを感じさせる。


クリスタルスライムを長時間気絶させるには、頭部に1,000kg以上の力を加える必要がある。

Gamma級遺伝子解放者の琴音にとってそれは容易いことだが、力を込めすぎればスライムを粉々にしてしまう危険もある。

「よっと!」

力加減に細心の注意を払いながら、彼女は次々とスライムを気絶させていく。その動きはまるで踊るようで、視聴者たちを釘付けにした。



聖ゴリル山に向かう途中の宮本

乾いた竜の血で汚れた服をすべて脱ぎ捨てた宮本は、通りかかった湖に飛び込んだ。まるでダンジョンに自然発生する露天風呂だ。

湯気の立つ水面に映る自分の姿を見た瞬間、宮本は目を見張った。

「俺…?」

かつて生活の重圧に押し潰され、社会の底辺で喘いでいた中年の油っぽいおじさん。その面影はどこにもない。

「これって、遺伝子誘導薬の効果なのか……?」

彼は呟きながら、ふと昔聞いた話を思い出す。「薬の活性化に成功すれば、Alpha1級の遺伝子解放者になれる」というものだ。どうやら、自分にもその恩恵が訪れたらしい。


Alpha級遺伝子解放者とは、

遺伝子ロックを1段階解除した者を指し、危機に直面した際、潜在能力を引き出して人間本来の戦闘本能や危機察知能力を発揮できる存在。


Alpha級には3つのレベルがある。

1級:受動的にAlphaの力を発揮する。

2級:意志によって力を自在に解放する。

3級:完全にAlphaの力を使いこなす。


宮本の身長は以前の173cmから181cmに伸び、ぶよぶよだった体型は引き締まり、八つ裂きの腹筋が浮き上がっている。手足も長く力強くなり、全身から精悍な雰囲気が漂っていた。顔立ちは大きく変わらないが、どこか硬派で鋭さを帯びている。


「もはや別人……」

汚れた服はその場で捨て、短パン一枚のまま草原を歩き出す。裸の上半身を突き抜ける風が心地よかった。彼は、新しい自分に小さな喜びを感じていた。


彼はまだバルトと融合したことで、末期の脳腫瘍が完全に治癒していることを知らなかった。


(規則なんてクソくらえだ!好きなように生きるって、こんなにも楽しいものなのか! 残り時間は少ないんだ。今を楽しんで、毎日を大切にしよう!)


 (…こんな風になって知り合いに会ったら、俺だって気づくのかな…。)


 (にしても、死ぬ覚悟で挑んだダンジョンの旅が、こんなに順調に進むなんて……バルトのおかげだな。 まじでいいやつだったな…どこに行ったのか知らないけど、死ぬ前にちゃんとお礼言えたらいいな!)


そう考えながら、宮本は草原を思うがままに駆け回る。その速度は次第に増し、ついにはIII級モンスター「独角羊」を軽々と追い抜くほどだった。


2時間後

速度を緩めた宮本の視界に、1キロ先に小さなピンク色のキャンプテントが見えた。

「俺以外の人間がいるのか!」

興味を引かれた宮本は、テントへ向かう。礼儀正しく外から声をかけようとしたが、近くに設置された固定型ドローンに目を奪われた。

「うわっ!最新型の探索家V型定点ドローン!しかもピンクの限定版だ! ってことは、ここはダンジョン配信者のキャンプ地か!」

興奮を抑えきれず、宮本は無邪気な笑顔を浮かべる。

かつて社会の底辺で働いていた中年おじさんである彼にとって、リアルで配信者の活動を見るのは夢のような出来事だった。


同時刻、麻宮琴音の配信

コメント欄が一気にざわめき始める。

:ことちゃん!半裸のおじさんがキャンプ地にいるんだけど!

:あれ、意外とかっこいい……けど、なんかドローンに向かって笑ってない?w

:おっさん、どこから迷い込んできたんだ?ここSSS級ダンジョンだぞ!

:ジッパー開けようとしてる……早く視点切り替えろ!

:腹筋バキバキ……

:おじさんも遺伝子解放者っぽいけど、どうやったらこんな裸同然の状態になるんだろう?気になる―


その頃、琴音は20メートルもの深さの氷の裂け目から素早く飛び出すと、頬を赤らめながらスマホの画面を見つめていた。

画面には、彼女のキャンプ地の視点からの映像が映し出されている。

「この人……どこから来たのよ?」


宮本の乱入によって、琴音はクリスタルスライム捕獲計画を断念せざるを得ず、急いでキャンプ地に向かうことになった。

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