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第21話 戦場

 咒民の村は、すでに戦場と化していた。

 立ちのぼる黒煙。村のあちこちに響き渡る怒号と悲鳴。剣戟の音。兵士たちがいっせいに村へ攻めこんでいる様子が見える。その数、およそ百五十。おそらくは駐屯村に控えていた中隊だろう。ここへくるまでに通った兵士の駐屯村が異様な静けさに包まれていたことに納得する。

 スクリエルはとりあえず、第一波の攻撃として彼らを投入したのだ。

 小雨が降る曇天の下で、咒民たちが必死に対抗していた。剣と槍、数少ない貴重な銃火器、あるいは反撃の黒魔法が交錯し、泥沼の戦いとなっている。


「殺せえ! 特効薬が必要だ。容赦は必要ない!」

「同胞を守るぞ!」


 アキウスは取り巻きの咒民とともに、臆することなく戦火へ身を投じていく。

 ゼードは戦場を見渡した。入り乱れて対峙する咒民と兵士たち。両者の対立は激しさを増している。その様子を見ていることしかできず、ゼードは歯ぎしりする。せめて武器があればと思うが、愛用していた双短剣は兵士に捕まった際、奪われていた。

 丸腰の状態で自分になにができる? だが、ここまできたのだ。このまま尻込みしている場合ではない。

 思考は次の瞬間に吹き飛んでいた。紫の鎧に身を包んだ大勢の兵士たちの中に、その姿を認めたからだ。

 黒い外套をまとった痩身の青年。その、風になびく漆黒の髪を。

 ゼードはとっさに駆けだしていた。


「ゼードさま!?」


 ロアンヌの声を振り切り、村の中央、争いの渦中に向かってひた走る。武器を振るう兵士たちと黒魔法で応戦する咒民たちの間を縫って走っていく。中空に炸裂するいくつもの魔法の閃光。振りおろされた武器の切っ先がゼードの身体を掠めていく。血飛沫があちこちであがり、地面の雑草を赤く濡らしていた。どこからか飛来した刃が、ゼードのそばにいた咒民の男性を容赦なく切り裂く。

 息を切らしながら、ゼードは彼のたもとに駆けつけた。


「おい、シエン――ッ!」


 その声にシエンは動きをとめて彼を見やる。その瞳は、優男とは思えぬ憤りにぎらついている。獰猛な獣のごとく、鋭い光を宿していた。

 シエンは忌々しそうに唇をゆがめる。


「まさか、生きていたとはな。ゼード、悪運の強いやつだ」

「シエン。お前、なにしてんだよ……」

「見ればわかるはずだ。約束を果たしてる」

「約束、だと?」


 シエンは息を吐き、低い声で続ける。


「薬をもらう代わりに約束したうちのひとつだ。彼らを狩るのを手伝う、と。無論、ここにいるのは私の意志でもある。彼らがティルナを殺したのだから。赦せるはずがない」


 言いあう間にも周辺では争いが続いている。

 向かってきた咒民のひとりを切り払うと、シエンはその勢いのままゼードに大剣の切っ先を向ける。血濡れた刃がゼードを睨んだ。


「退け、ゼード。邪魔だ」

「誰が退くかよ。俺は梃子でも動かねえぞ」

「死にたいのか? その丸腰で。君では私をとめられない。まあ、いい。だったらここで……!」


 シエンはゼードに肉薄すると大剣を横なぎに振り払った。とっさに後ろへ身を引いて躱すゼード。掠った髪が数本ほど持っていかれる。

 血と雨でぬかるんだ地面に足を取られ、体勢を崩して地に膝をつく。ゼードはシエンを見あげて叫んだ。


「おい、シエン! 俺だって同じだ! 連中のことは赦せない! 赦せるはずがない! だが……こんな襲撃は間違ってる!」

「これは国にとっても必要な犠牲。このままでは首都ロイナは疲弊し、いずれ国が滅びる原因になる。彼らの血肉が必要だ。薬のためにも、ね」


 ――薬。咒民の肉体を利用してつくった秘薬である。聖道院は彼らを殺し、利用することで首都を覆う瘴気に対抗しようとしているわけだ。咒民に宿る強いマナ。薬によってそれを体内へ入れることで、同じマナによる瘴気へ対する免疫を強めようとしているのだろう。

 だが。


「薬、か。お前も、咒民を道具扱いか。スクリエルと同じってわけだ」


 泥にまみれた外套をそのままに、ゆっくりと立ちあがりながらゼードはシエンを睨む。


「こんなこと、ティルナが望んでると思ってんのか?」


 シエンがピクリと眉を動かした。それに呼応し、剣先がわずか揺れる。


「なにが……言いたい」

「あいつは、ティルナは……最期までお前を心配してた。お前も聞いただろ。お前に、光の下を歩いてほしいって。道を、誤らないでって」


 彼女に託された、シエンをとめて、という言葉が脳裏をよぎる。

 その瞬間、シエンの顔がぐしゃりとゆがんだ。

 ゼードは哀願するように続ける。


「……頼む。あいつの想いを無下にするのはやめろ」

「――うるさいッ!」


 シエンはゼードへ一気に距離を詰めた。構えた大剣を振りかぶる。脅しではない。殺す気の一撃だとわかる。ゼードはとっさに退き、斜めを切り裂く斬撃から逃れた。刃から鋭い風圧が走り、彼の髪と外套が揺らぐ。


「なにもかも奇麗ごとじゃないか! 彼らがティルナを殺したのは紛れもない事実だ! そうだ、彼らがッ! 彼らが殺したんだよ! だったら、死をもって報いるべきだろう!?」

「シエン……!」


 ゼードに応戦するすべはなかった。歯噛みした彼に逃げる隙も与えず、シエンが憤りに任せた次の斬撃を放つ。


「私は! 私は間違ってない!」


 切っ先はゼードの腕を掠め、外套の袖を裂いて鮮血が飛び散った。焼けるような痛み。苦悶の表情を浮かべたゼードにシエンは猛撃する。


「邪魔をするなら消す! たとえ君でも!」


 その斬撃の鋭さから彼が本気なのがわかった。腕、足、肩――次々とゼードの身体を切り裂き、血が噴出する。痛みで身体が急激に重くなった。呼吸が荒くなり、意識が掠れていく。


「――死ねッ!」


 とどめとばかりにシエンの大剣が上へと弧を描き、ゼードの脳天を捉えた。ゼードは襲いくる刃からなんとか力をこめて身をひねる。だが、その刃は的確に彼の肩を狙っていた。もはや躱すこともできない。肩にめりこんでいく刃。そのまま、斜めに一閃する。


「がッ……」


 大量に溢れる血とともにゼードは崩れ落ちた。噴きだした鮮血が地面に溜まりをつくる。充満する血液の臭いが霞んでいく意識を刺した。


 ああ、俺は――


 村のどこかで悲鳴が響き渡る。兵士たちの怒号が耳を刺激する。その感覚が最後だった。

 まるで沼に沈んでいくようにゼードの意識は薄れ、消えていった。

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