「これが医魔法というものだ。マナを操り、人体を透視し、病の原因を見つけ、処置をする」
老先生は患者の腕に手をかざす。すると診察台に横たわる患者の右腕が、たちまち淡い光に覆われていった。瞬く間に刻まれた裂傷が塞がっていく。血がとまり、傷が消えていくのを見て、ゼードはほかの生徒と同様に感嘆の声をあげた。
春先の教室には、医者を志す生徒たちが医魔法の勉学に励んでいる。
「腹の奥にあるマナを意識せよ! 意識を集中させ、マナを手先に溜めるのだ」
「ぐ、ぐぐぐ……!」
ゼードは何度も全身に力をこめる。体内にあるマナの流動を意識する。だが、ゼードのマナは魔法となって具現化することはなかった。初歩中の初歩である、蝋燭の火を消すだけの魔法すら、どうしてもできなかった。
最初は熱心に指導していた老先生も、やがてため息とともにこうつぶやいた。
「君には才能がない。というか、マナ自体が欠如した特異な体質だ。医魔法の習得は諦めたほうがよかろう……」
誰もが才能がない、能力がないとゼードに言った。その言葉どおり、彼はいつまでも医魔法を使うことができなかった。季節が巡り、秋になっていく時分。となりの生徒はすでに実習で患者の手当てをしているのに、ゼードは未だに体内のマナを知覚することもできなかった。
「くそッ!」
昼休み、ゼードは学院の中庭に設置されたゴミ箱を思いきり蹴りあげた。
「なにが駄目だってんだよ! 座学は悪くねえのに。理論はわかってんのに!」
そばを歩いていた生徒が怖々とゼードを避けていく。それもそのはず、強面のゼードだ。それに加え学院の落ちこぼれである。
友だちなど、無論いなかった。
「なあに? またずいぶんと荒れてるわねえ」
そこに現れたのはティルナだった。肩口までの緩くうねる金髪が微風にふわりと揺れている。
聖道院のシンボルカラーである紫の制服に身を包んだ姿は華奢で、農茶色の瞳はぱっちりと大きい。肌は健康的な白さだ。ほのかに頬は赤く色づき、可憐な印象を誰もが抱くだろう女性。
そう思うのはゼードも例外ではないのだが、思わず訝しげな顔をする。
「ちっ……からかいにきたのかよ、ティルナ?」
「まーさか。ご飯の誘いよ。ひとりで食べるなんて寂しいからね」
「ふん。憐れみはいらねえよ」
「まあまあ。それにね、今日は紹介したい人がいるのよ」
「あ?」
「シエン、こっちよ!」
呼ばれてやってきたのは線の細い、いかにも優男といった風貌の青年である。
ゼードは彼を見やり、胡乱げに目を細めた。
「なんだ、このヒョロガリは。ゴボウか?」
「ちょっと! 失礼でしょゼード。ごめんね、シエン。気を悪くしないで」
慌てて手をあわせるティルナに、シエンはにこやかな笑みを浮かべる。
「はは、大丈夫だよ。それにしても面白いたとえをする。私はシエン・グンジ。話はティルナから聞いている。なんでも、医魔法をまったく使えない落ちこぼれだとか」
「ちょ、ちょーっと! シエンもなに言ってるの!?」
「おーおー、こりゃ盛大に売られた喧嘩だわな。買ってやるぜ? 今すっげえむしゃくしゃしてるとこだったんだ」
バキバキと拳を鳴らすゼード。シエンが大きくうなずき、背負った大剣の柄に手を当てる。
「よし、では手合わせといくか。もちろん、戦えるのだろう?」
「当然だ。こっちは裏町で鍛えられてんだ。ボコボコにしてやる!」
「もう! やめなさいってばッ!」
ティルナはゼードの頬をつねり、もう片方の手でシエンの耳をねじった。
「あいたッ!」
「いててて……! な、なにをするんだティルナ!?」
愕然とするふたりにティルナは頬をふくらませる。
「喧嘩させるためにあなたたちを会わせたわけじゃないんだから! 仲良くしなさい。ほら、握手!」
彼女が力ずくで互いの手を取った。シエンと無理やり握手させられたゼードは、ただただ困惑するしかない。その手に、ティルナが自分の手を重ねる。
「これでよし! ふふ、これから三人、仲良くしましょう? いいわね?」
満足そうな笑顔をするティルナだ。ゼードとシエンはお互いを見やり、思わず顔をしかめあうのだった。