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第18話 泡沫の追憶

「これが医魔法というものだ。マナを操り、人体を透視し、病の原因を見つけ、処置をする」


 老先生は患者の腕に手をかざす。すると診察台に横たわる患者の右腕が、たちまち淡い光に覆われていった。瞬く間に刻まれた裂傷が塞がっていく。血がとまり、傷が消えていくのを見て、ゼードはほかの生徒と同様に感嘆の声をあげた。

 春先の教室には、医者を志す生徒たちが医魔法の勉学に励んでいる。


「腹の奥にあるマナを意識せよ! 意識を集中させ、マナを手先に溜めるのだ」

「ぐ、ぐぐぐ……!」


 ゼードは何度も全身に力をこめる。体内にあるマナの流動を意識する。だが、ゼードのマナは魔法となって具現化することはなかった。初歩中の初歩である、蝋燭の火を消すだけの魔法すら、どうしてもできなかった。

 最初は熱心に指導していた老先生も、やがてため息とともにこうつぶやいた。


「君には才能がない。というか、マナ自体が欠如した特異な体質だ。医魔法の習得は諦めたほうがよかろう……」


 誰もが才能がない、能力がないとゼードに言った。その言葉どおり、彼はいつまでも医魔法を使うことができなかった。季節が巡り、秋になっていく時分。となりの生徒はすでに実習で患者の手当てをしているのに、ゼードは未だに体内のマナを知覚することもできなかった。


「くそッ!」


 昼休み、ゼードは学院の中庭に設置されたゴミ箱を思いきり蹴りあげた。


「なにが駄目だってんだよ! 座学は悪くねえのに。理論はわかってんのに!」


 そばを歩いていた生徒が怖々とゼードを避けていく。それもそのはず、強面のゼードだ。それに加え学院の落ちこぼれである。

 友だちなど、無論いなかった。


「なあに? またずいぶんと荒れてるわねえ」


 そこに現れたのはティルナだった。肩口までの緩くうねる金髪が微風にふわりと揺れている。

 聖道院のシンボルカラーである紫の制服に身を包んだ姿は華奢で、農茶色の瞳はぱっちりと大きい。肌は健康的な白さだ。ほのかに頬は赤く色づき、可憐な印象を誰もが抱くだろう女性。

 そう思うのはゼードも例外ではないのだが、思わず訝しげな顔をする。


「ちっ……からかいにきたのかよ、ティルナ?」

「まーさか。ご飯の誘いよ。ひとりで食べるなんて寂しいからね」

「ふん。憐れみはいらねえよ」

「まあまあ。それにね、今日は紹介したい人がいるのよ」

「あ?」

「シエン、こっちよ!」


 呼ばれてやってきたのは線の細い、いかにも優男といった風貌の青年である。

 ゼードは彼を見やり、胡乱げに目を細めた。


「なんだ、このヒョロガリは。ゴボウか?」

「ちょっと! 失礼でしょゼード。ごめんね、シエン。気を悪くしないで」


 慌てて手をあわせるティルナに、シエンはにこやかな笑みを浮かべる。


「はは、大丈夫だよ。それにしても面白いたとえをする。私はシエン・グンジ。話はティルナから聞いている。なんでも、医魔法をまったく使えない落ちこぼれだとか」

「ちょ、ちょーっと! シエンもなに言ってるの!?」

「おーおー、こりゃ盛大に売られた喧嘩だわな。買ってやるぜ? 今すっげえむしゃくしゃしてるとこだったんだ」


 バキバキと拳を鳴らすゼード。シエンが大きくうなずき、背負った大剣の柄に手を当てる。


「よし、では手合わせといくか。もちろん、戦えるのだろう?」

「当然だ。こっちは裏町で鍛えられてんだ。ボコボコにしてやる!」

「もう! やめなさいってばッ!」


 ティルナはゼードの頬をつねり、もう片方の手でシエンの耳をねじった。


「あいたッ!」

「いててて……! な、なにをするんだティルナ!?」


 愕然とするふたりにティルナは頬をふくらませる。


「喧嘩させるためにあなたたちを会わせたわけじゃないんだから! 仲良くしなさい。ほら、握手!」


 彼女が力ずくで互いの手を取った。シエンと無理やり握手させられたゼードは、ただただ困惑するしかない。その手に、ティルナが自分の手を重ねる。


「これでよし! ふふ、これから三人、仲良くしましょう? いいわね?」


 満足そうな笑顔をするティルナだ。ゼードとシエンはお互いを見やり、思わず顔をしかめあうのだった。

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