ギアッチョさんは、何となくイメージ的に危ない魔物かと思っていたけど、実際は全くそんなことなかった。
むしろ誠実で真面目で、とても良い? 魔物と言っていいだろう。
「その他不明な点がありましたら、何なりとご質問ください」
「はい。ありがとうございます、ギアッチョさん」
「私のことは、どうぞギアッチョと呼び捨てください。立場上は、レブル様の方が上司となりますので」
そうなのか……
でも、この人って年上っぽい雰囲気あるから、呼び捨てはちょっとなぁ。
「あの、できればですけど、さん付けで呼ばせてもらえませんか?」
「私は構いませんが……」
よかった……
やっぱりいくら魔族になっても、人間の頃の習慣は抜けないからね。
……まあ、価値観は大分変わってるみたいだけど。
「……特にご質問がないようであれば、レブル様のお部屋にご案内いたします」
「え!? 部屋なんてあるんですか!?」
「はい。レブル様は魔王軍の幹部となりますので、個室が用意されています」
す、凄い待遇良いな魔王軍……
人間だった頃より良い環境なんじゃないだろうか。
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……………………
…………
部屋に通され、僕はようやく一息つく。
もう今日は特に予定がないとのことで、これからは自由時間らしかった。
(ここが僕の部屋かぁ)
部屋にはベッドと鏡台、テーブルくらいしかなくて殺風景ではあるが、広いスペースがあった。
人間時代に借りていた部屋とは、比べるまでもなく良い部屋である。
僕は鏡台の前に立ち、改めて自分の姿を確認する。
(……これが、今の僕か)
魔族に生まれ変わったようだが、見た目自体は普通の人間とほとんど変わりがない気がする。
人間と違うのは瞳の色が紫色なことくらいだろうか?
体はアチコチたくましくなっているし、顔も前よりはイケメンになっているけど……
(っと、そういえば服はあるのかな……)
今の今まで、僕は全裸だった。
流石にそろそろ服くらいは着たい。
そう思い、部屋のクローゼットを開けると、ギアッチョさんが着ていたような黒い衣装が吊るされていた。
どうやら、これが魔王軍の正式な制服らしい。
(オーク達は着てなかったし、制服を着るのは一部の魔物限定なのかな?)
疑問点はとりあえずメモをしておいて、あとでギアッチョさんに聞いてみよう。
僕はひとまず制服を着こんでからベッドで仰向けになる。
ふかふかのベッドに体が沈み込み、えも言えぬ多幸感が襲ってきた。
(ふぁ~……って、こんなことで幸せを感じている場合じゃないって!)
今の僕には考えるべきことがたくさんある。
特に今後のことについては、しっかりと計画を立てておくべきだろう。
まず、仕事についてだ。
これはギアッチョさんから説明を受けたが、僕の仕事は基本的にザッハ様の補佐になるらしい。
補佐と言われても何をしたらいいのかさっぱりだが、具体的な業務内容についての詳細は明日伝えられるとのことであった。
……ただ、僕の業務については、恐らくだけど先程のワールドマップを使った業務になるだろうと思っている。
さっきザッハ様が去り際にそんなことをブツブツと言っていたから、恐らく間違いない。
(となると、さっきみたいにワールドマップを使って冒険者に対処するのが仕事になるのかな……)
あのゲームのようなインターフェースに、僕は少なからず刺激を受けていた。
それは、前々世の僕が得意としていたタワーディフェンスゲームの画面そっくりだったからである。
タワーディフェンスゲームとは、リアルタイムストラテジーと呼ばれるゲームの一種だ。
リアルタイムで侵攻してくる敵ユニットに、的確に味方ユニットを配置することで防衛を行う戦略シミュレーションで、最終的に指揮官ユニットや砦を守り切ることを目的としている。
ワールドマップの操作は、そのタワーディフェンスゲームとほぼ同じ操作性と言っていい。
それはつまり、僕の得意ジャンルと言い換えることもできるということだ。
これでワクワクしないワケがない。
相手が人間であることに若干の後ろめたさはあるが、不思議とそこまで抵抗はない。
やはり、魔族という種族に生まれ変わったことで価値観が変わっているのだと思う。
あるいは、僕が元々人間に対して悪いイメージを持っていたせいか?
……どっちの可能性も十分ある気がする。
(正直、冒険者達に復讐したいって気持ちは少しあるしな……)
恨みがあるのは、なにもダンテ達だけというワケじゃない。
これまで色んな冒険者達に、僕は酷い扱いを受けていた。
思い出すたびに、悔しさと悲しさで涙が出てきそうだ。
もちろん全ての冒険者が悪いというワケではないだろうが、仮に悪くないゴキブリがいたからといって殺さない理由にはならないように、今の僕にとっては人間も処理する対象である。
そんな暗い感情が、僕にレブル――つまりは反逆者の意味を持つ名を付けさせたのであった。
(人類への反逆か……)
まだ直接自分の手で殺すのは抵抗あるだろうけど、僕の中では闘志のようなものが芽生えつつある。
(気弱で
こんな風に気持ちが昂るのも、きっと魔族になったからに違いない。
――僕は、自分でも驚くほどあっさり、人類と敵対することを受け入れたのであった。