この世界の裏側に【
【勇者】とは、今では【ヒーロー】とも呼ばれるようになった特殊能力を持っている人間の事だ。表向きにはそんな漫画のような能力者なんかは居ないはずの世界で、彼らはひっそりと世界を守り続けている。
そうして世界の裏側で連綿と戦いを続けている【勇者】たちの敵がいつしか【
アメコミの世界でそう呼ばれていた悪人たちの呼び名はいつの間にか日本でも徐々に浸透していって、ヴィランたちを題材にした映画や漫画だってそこそこ人気があるほど。
でもそれは、現実に【
本当に【
総司は元々、【
オリンピックは総司の夢だった。【
風を切って走るのが好きだった。中学時代も高校時代も、毎日のように特殊能力の訓練なんかしないでひたすらに走り込んだ。
そんな総司を【
不運だったのは、事故の相手がトラックだったという事。
そして、事故の瞬間に咄嗟に回避行動をとった総司だったが、【
もしも少しでも【
【
今までのように走れなくなった足を呪いながら家に帰るのも億劫になってうらぶれていた総司は、段々と【
総司がαであるという現実もまた、その鬱屈を強く深くしていった。
この世界には、厄介なことに【
それが、「第二の性」というもので、エリートの素養を持ち合わせ優れる者の象徴でありリーダーシップの強い「
これらの3つに代表される「第二の性」が、今の人間には存在していた。
これらは総じて【
つまり今の世界は、何の変哲もない一般人であるβや守られる立場であるΩを【
【
しかし「第二の性」については徐々に一般化し始めており、まるでコミックの世界に存在している「設定」のようなそれに合わせて世間の意識も変化をし始めている。
本当はこの世界にも【
そして【
悲しいかな、総司にとっての【
何しろ当時の総司は世間を憎んで憎んで恨んで、なんで自分がこんな目に合わなければならないのだと八つ当たりのように【
自分たちのしている事は正当な訴えなのだと、いつの間にか何の疑いもなく思うようになっていた。それこそ、映画や漫画の中に登場する【
あの日の襲撃に呼ばれたのも、総司がそんな馬鹿の一人だったからだろう。
橘コーポレーション。【勇者】たちに支援を行っている企業として裏の世界では日本で一番に有名な企業。
襲撃先は、その橘コーポレーションを維持している橘家の屋敷だった。
日本だけでなく世界でもトップクラスの【勇者】支援を専門としたコングロマリットである橘コーポレーションは、その技術力も表の世界での名声もまた高い。
表向きは恵まれぬΩの救済。裏側では世界のために戦い続ける【勇者】たちの支援と、その名前だけ見れば善性の高い企業であるというイメージしかなかったことだろう。
そんな企業に総司は当然いい印象はなく、胡散臭くてすぐに手のひらを返すような企業であると思っていた。
総司がそう思っていれば当然他の「勇者の敵」からの目だって厳しいもので、橘コーポレーション側も【勇者】を雇って防衛を固め、自分たちの抱え込んでいるΩたちのために「Ωを守るα」も多数懐に入れていた。
結果、その日橘邸に居た人間は、そのほとんどがαだった。
【
統計的に見て、特殊能力が発現しやすいのはαであるのだと一部で噂され始めたからそう思ったのかもしれないが、少なくともその場に居たのは総司を含めαばかりだった。
総司は橘邸の襲撃に積極的ではないが、「ざまぁみろ」と愉快な気持ちになっている側の人間だった。
何しろ橘コーポレーションは総司が走れなくなったと知るとすぐに支援を打ち切って、もう用済みだとばかりにリハビリに励もうとしていた総司から「特待生」という立場も剥奪したのだ。
確かに総司は陸上の特待生として大学に入学したので走れなくなったなら「特待生」でなくなるのは仕方がない事だったのだろうが、リハビリの結果すら待たずに支援を打ち切られた結果総司は大学に在籍し続ける事も積極的なリハビリも受ける事が出来なくなってしまった。
総司の両親は特殊能力すら持たない普通の善良な人間で、総司をひき逃げしたトラックの捜索に全財産を注ぎ込んでくれていたのでそれ以上金を出してもらうのもしのびなくって、総司はあれだけ打ち込んだ陸上を諦める他なくなったのだ。
総司を担当してくれた国の弁護士は必死に橘コーポレーションに話をしてくれたのだけれど、それも無駄だった。弁護士だってタダではない。それ以上してもらうのに報酬を払えないからと弁護士と別れたのは、事故からまだたった2ヶ月しか経過していない時だった。
あの時、橘コーポレーションがせめて半年待ってくれれば、まだ違ったのかもしれない。
もしかしたら総司は【
夢だ。全ては夢や妄想の世界の話でしかない。
しかしあの時総司の頭の中にあったのはただただ強い憎悪の念で、突然の襲撃に何も出来ずに倒されていく警備員や追いかけ回される家人たちに対してだって、何の感慨も抱かなかった。
ざまぁみろ。
その時総司は、本気でそう、思っていたのだ。
それ以外の感情はない。あの事故から2年以上が経過してやっと小走り程度には走れるようになった足でパタパタと橘邸の中を観察していた総司は、その中でふと気になる場所を見つけた。
この屋敷の主である
橘丈一郎の執務室の本棚の裏に隠された扉。そんな場所にある扉から入れる階段の先の地下なんて、万が一の避難シェルターくらいしか思い浮かばなかったのだ。
だから総司は、ニヤニヤと笑みすら浮かべながらその階段を降りていった。
心の奥ではまだ橘コーポレーションが善の企業であり自分を捨てたのはただの一般人に対する損得勘定であったのだと、そう思っていたのかもしれない。
しかしそんな感情は、二階分ほどの長い階段を降りきった先にあった分厚い扉を開いたその先の光景を見た瞬間に――手足に鎖を繋がれ薄っぺらい布団の上でぼんやりと天井を眺めている人間を発見した瞬間に、驚くほどあっさりと消滅してしまった。