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第13話 冒険機宿でのひととき



 アタシはバッグの背中を追いかけ、道行くAIたちの横を通過していく。


 大衆食堂を後にして、目的地は今日泊まる“冒険機宿ブンプク”。

 そこでホテル探検ができるとワクワクする一方で……アタシは、大衆食堂から出る時に見たスティンキィの味覚センサーを思い返していた。


「なあ、バッグ」

「ん?」


 気がつけば、アタシはバッグの背中に声をかけていた。


「50年前だったらさ、AIの疑似人格のデータをバックアップしておいたら……万が一破壊されてもそのバックアップから新しいボディに疑似人格を引き継ぐことができる……つまり、生き返ることができたんだよな」


 横を見て、遠くからでも見える人間教の本部であるビルを見る。

 それは相変わらず、人間教横に手を伸ばした人のシンボルを天へと押し上げるように佇んでいた。


「……軽い考えならごめん。人間教なら、キャンティのバックアップとかあるんじゃねえか?」


 それに対してバッグは、立ち止まって同じように人間教の本部を見あげた。




「バックアップについては人間教が見解を述べたことがあるよ。たとえバックアップで蘇ったとしても、それは前の人格の模倣に過ぎない。同じ人格の模倣品を量産することは人間様の生き方と大きく逸脱することから、AIたちには今の疑似人格で一度きりの人生を送って欲しい……だって。」


 人間の生き方と大きく逸脱する……かぁ。


「要するに……人間が人生1発勝負だったから、AIたちも一度きりの命を楽しもう……って話だね」

「うーん、たしかにそれも人間らしい……けどよう」


 人間らしく生きるって決めたアタシに取って、人間と同じように生きることを推奨する人間教の考えはうなずける。

 それでも考え方はAIによって違うんだから、同意した人だけでもバックアップが取れるようにしたほうがいいのにって、相手の立場も考えずにそんな言葉が電子頭脳に浮かび上がる。


 そんな様子を勘づかれたのか、バッグは空を見上げながら歩き出す。


「おじさんが創られたころには、彼女キャンティは既に大司教をやめた後だった。その時の活躍はスティンキィ大司教からも聞いてるよ。スティンキィ大司教の心配も気にせず積極的に外に出てみんなの話を聞いて廻ってたりしてたってね」

「……それじゃあ、スティンキィも大衆食堂とかに堂々と顔出せたのも、キャンティの影響だったり?」


 その通り。

 そう語るバッグは、思い出に浸り楽しんでいるようだった。


「さっき言った“一度きりの命”も、彼女キャンティの言葉なんだ。もしバックアップがあったとしても、彼女キャンティは望まなかったと思うよ」


 一度きりの命。

 その言葉を聞いて、昨日のキャンティの言葉が電子頭脳で再生された。




――もちろん悲しいことだっていっぱいあるよ。大切なAIをなんども目の前で破壊されたことだってあるもの――


――でも、その犠牲が報われることだってあるし、第一私は私の好きなことで稼働し続けられている……それだけで十分、楽しいから――




「そっか……キャンティはんだもんな」


 バックアップがあればいいなんて考えていれば、自身が創ったAIが破壊されることを“悲しい”なんて言わない。


 バックアップがないことに納得していなかったら、稼働し続けられることに“楽しい”なんて言わない。


 キャンティは、後ろを振り向かず一度きりの命を……生きていたんだ。




「さて、ジメジメしたお話はここまでにしよう。目的の場所に着いたんだからね」




 バッグとともに立ち止まり、アタシは目の前にそびえ立つ建物を見上げた。




 それは、10階はありそうな高さのビル。


 かすれた文字でわずかに見える“ビジネスホテル”の文字。


 その下にぶら下がる看板には、“冒険機宿ブンプク”と書かれていた。











 中に広がるフロントでバッグが手続を終えると、アタシたちはエレベーターに向かって歩き出す。


 ボタンを押せばアナウンスとともに扉が閉まり、7階へと上っていく。




「……そういえばバッグ、たしかアタシたちのパーティに3人目が来るって話だったよな?」


――実は前からおじさんに一緒のパーティで活動してくれって言う冒険機志望の子がいてね。あの時はキャンティ彼女の護衛をしていたからまた今度ってはぐらかしていたんだけどね――


 タバナクルに向かう道中、バッグが言っていた冒険機志望の子。そいつの気が変わっていなかったらアタシたちのパーティに誘うってなってたけど……


「ああ、彼もこの宿に泊まっているらしいけど、今は1人でも受けられる依頼で席を外しているんだって。今日中に戻ってくるって言ってたけどまだ帰ってきていないみたいで……」

「そうか。もう夜遅いし、明日対面って感じになりそうだな」


 そんな会話をしていると、エレベーターは5階で止まった。




 アタシの部屋は、ちょうどバッグとは反対方向の部屋だった。

 バッグは自分の部屋への扉を開けつつ振り返った。


「それじゃあ、ゆっくり休むんだよ。明日からは本格的に依頼を受けるんだからね」

「おう! おやすみバッグ!」


 バッグが部屋へ入っていくのを見届けてから、アタシは扉のノブに手を当てる。

 チェックインの際、親父さんから掌の接触通信でダウンロードした電子鍵セキュリティーキーデータ。

 この部屋の扉は、そのデータを持っているアタシだけが開くことができる。




 掌の接触通信による電子鍵データの読み取りが成功し、カチャリと鍵の外れる音。


 扉を開けば、そこまで広くないものの1人で過ごすには十分な広さの客室。


 入り口近くにあったクローゼットを空けてみると、なんだか映画でよく見る銃架ガンラックみたいな、武器や防具を収めておくスペースがあった。ここは冒険機向けの宿だから、こういった設計も取り入れられているんだな……

 そこへショートソードとバックラーを立てかけて、ベッドに腰掛けて窓に映る景色を眺める。




 すぐ目の前に大きなビルが立っているから絶景とはいかないものの、そのビルに映る明かりや、下に映る街灯、道行くAIたちのランプが十分な輝きを持っている。

 特にAIたちに搭載されたカメラのランプが流れていく姿は、星空に浮かぶ天の川のようだなぁ。


「……!」


 ……一瞬だけ、隣の建物から出てくる人型AIが人間だと錯覚した。

 この光の中に、人間はいない。再び突きつけられたその事実に、電子頭脳にマスターの顔が浮かび上がり、街の光がより輝きを増したような気がした。




 窓から見えるタバナクルの夜景を眺め終えると、カーテンを閉めてベッドに入る。

 明日は初めての依頼……それに、新しい仲間も来る。そんな考えを電子頭脳で流しているといつまで経ってもスリープモードに入らないので、まぶたを閉じた。









 ……








 ……








 ………………








「……眠れねぇスリープモードに移らねぇ




 まぶたを閉じても、50年前のマスターとの思い出や、再起動してからの映像が電子頭脳に映し出される。




 それによく考えれば……こんなふかふかな毛布にひとりで包まれるのには慣れていない。


 マスターが小さいころは一緒のベッドに入って寝かせていたけど……大きくなってからはマスターとは別の部屋で、ホコリ防止用シーツにくるまってスリープモードに入っていた。

 別にAIがベッドで寝ることは禁止されていないけど、パーツに負担のかからなければ多少寝具が硬くても問題ない。だからAIひとりのためにベッドが用意されているのは50年前の価値観からすると珍しかった。


「このベッドも、他の部屋それぞれに用意されているんだよなぁ……」


 この宿にあるものは、すべてAIのために用意されたもの。

 人間の役に立つための道具のひとつとして生まれたAIが、人間に変わって快適に過ごせられるこれらの道具を活用する……

 50年前では、考えられない価値観だ。


 アタシは横を向いてカーテンを見る。

 あのカーテンの向こう側には、夜景が映っているだろう。人間たちがいなくなって、AIだけのものになった夜景。


「……いつまでくよくよしてんだよ。マスターにまた笑われるぞ」


 作り物の笑みを浮かべて、自分に言い聞かせる。

 とりあえずカーテンを開けるか。夜景を眺めていたらそのうちスリープモードに入りたくなるだろ。






「 ッ!!? 」






 カーテンを開けた瞬間、人型AIと目があった。






 それは、タバナクルに入る直前にも見かけた……


 マゼンダ色の髪を靡かせる……人影。




 あの時は、キャンピングカーの中であって一瞬しか見えなかった。


 だけど今、ネオンの光で照らされたそれは……はっきりと見える。




 10歳ぐらいの体形で、機械向きだしのボディ。


 その上に羽織られた、鳥を思わせる茶色のマント。


 人工皮膚の頭部の口元をそのマントで隠し、


 腰まで伸びるマゼンダ色のボリュームある髪は、歌舞伎の獅子の頭を思わせる。




 そんな人影が、アタシがいる宿の反対側のビルの屋上に立っている。


 煌びやかな夜景を背景に、じっとそのカメラで、


 アタシを見下ろしている……




「あっ!」




 突然、下方向へと目線を変えたかと思うと、その人影は屋上から飛び降りた――!




 と思いきや、背中からジェット噴射によって上空へと飛び出し……目の前の窓を通過し、




 上へと消えていった。




「……な、なんだったんだ?」


 その後、先ほどの人影は帰ってこなかった。

 先ほどの光景は電子頭脳のバグ……人間でいう幻を見たんじゃないかと思うほど、夜景は変わらず煌めいていた。

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