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第12話 青い炎を宿す大司教



「キャンティ!!?」

「ス、スティンキィ大司教!!」


 思わずアタシが声を上げると同時に、隣で司祭が別の名前を叫んだ。

 ……え? キャンティじゃないの??


「こ、これは……その……」

「窓の外から見てました。すごい投げっぷりでしたよ」


 キャンティ……とそっくりな顔の“スティンキィ”と呼ばれたAIは、表情は微笑んでいながらも目が笑っていない……マスターのお母さんが怒っている様子が電子頭脳の映像に浮かんだ。


「最近、なかなか昇進できずにイライラしているという噂を聞いてましたが……さすがにこれは擁護できませんね」

「……」


 我を忘れて暴れていた司祭を黙らせるほどの、圧……

 スティンキィが先に本部へ来るようにと告げると、司祭は強面の人工皮膚を硬めながらガタガタと震えつつ、玄関から外へと帰っていった。


 その様子を見送るように口元に手を当てて笑うスティンキィは、アタシが抱えている冒険機に近づくと掌を合わせた。


「先ほどは彼が無礼を働いて申し訳ございません。こちらは料理の代金と慰謝料です。安心してください。あなたたち冒険機の活躍は、天国にいる人間様も見ておられますから」

「あ、ありがとうございます……!」




 掌の接触通信で代金を受け取り、支払を済ませ店から出る冒険機……それを微笑んで見送るスティンキィ……


 その顔にその声。たしかに、キャンティと同じだけど……やっぱりどこか違う。




 キャンティが“赤い炎”を灯す燭台なら、こっちは“青い炎”だ。




 ツインテールに“赤い”メッシュだったキャンティとは違い、こっちはおさげに“青い”メッシュだ。

 それにキャンティはもっと明るめだったけど、こっちはなんというか……冷たさを感じるっていうか……




「そこの少女……あなたも止めてくださり、ありがとうございます。“お姉様”とはお知り合いですか?」

「お、おう……え? お姉様??」




 突然こっちを見たと思えば、その口から出てきた言葉にアタシは電子頭脳の音を鳴らす。思わず、なにか教えてくれることを期待してテーブル席のデリボクを見る……


「ユ、ユアはん、ワイを見つめても困るんやけど……」


 そんな気まずい空気の中、スティンキィはペコリ、と機械らしくおじぎをした。




「申し遅れました……当機はタバナクルの教区で大司教を務めさせていただいている“スティンキィ”。当機の姉……キャンティとは姉妹機の関係です」




 姉妹機……ってことは。


「……もしかして、アンタとキャンティって、双子?」

「まあ、そう言っていただけて嬉しいです」


 だからキャンティにそっくりだったんだ。

 え、というか、キャンティに妹がいたのも驚くけど……


「さっき大司教って言ったよな? キャンティの妹さんが……人間教のお偉いさん!?」

「かつてはお姉様もそうだったのですよ。当機とお姉様、ふたり合わせてタバナクルの大司教でした」

「……? そんな偉い立場の人が、ふたりいてもよかったっけ?」

「人間教のモデルになった宗教とは違いますよ。最初から姉妹の大司教として開発されたので許されているのです。最も、お姉様はその役目を降りて冒険機となるAIの開発者となりましたが」


 大司教といえば、人間の宗教でいえば地方の宗教の統括者のことを言うって聞いたことがある。

 まあスティンキィの言葉からして、人間の宗教とはいろいろ違うみたいだけど……


 あのキャンティが……人間教のお偉いさん。このタバナクルは人間教の教団によって発展したんだから、その発展にも携わってることだよな……!?

 たしかにキャンピングカーでバッグは、キャンティが人間教だって教えてくれてたけど……まさかそんなにすごいAIだったなんて。


「人間様は我々AIという存在を作り、滅びてもなお豊かな価値観を残してくださった……そんな人間様に存在した双子という言葉で当機とお姉様を言い表したこと、人間様に仕える身として光栄ですよ」


 ……今度は先ほどとは違って、少し温かみのある笑み。

 キャンティと同じように、スティンキィも人間のことが好きなんだな……




「ところで、お姉様はお元気でしたか?」

「ッ!」


 その言葉に、アタシは思わず目を見開いてしまった。

 スティンキィが首をかしげる。


「どうかなさいましたか? 最近全然お会いしないのでお話を聞かせてくれると嬉しいのですが……」


 どう答えればいいか迷っていた時、スティンキィの後ろの扉が開かれた。




「あ、こんなところにいたんだ。スティンキィ大司教」

「バッグ!」「あら? あなたはお姉様のところにいる……」


 話をしたい人物がいるとアタシたちと別行動を取っていたバッグ。

 その相手がスティンキィだとしたら、話の内容はアタシでも予測できた。




 アタシの電子頭脳に映し出されるのは、おとといのあの記録。

 キャンティがワシ型兵器によって、頭部を破壊されたあの光景……




 バッグは、遺族でもあるスティンキィに、キャンティの機能停止を伝えに来たんだ。




「……守れなくて、すまなかった」


 掌の接触通信を行って、あの時の光景を映像として送ったと思われるバッグが静かに呟いた。


 スティンキィはただ何も言わず、電子頭脳の音を繰り返しジージージージ続け、その場から動こうとしなかった。

 まるで、その事実を受け入れるための処理に手間取っているみたいに……人間でいう、頭が真っ白になった状態のように……







 バツンッ!






「!?」「スティンキィ大司教!?」




 まるで何かがはじけ飛んだような音が、スティンキィから聞こえてきた。

 それとともに、彼女の口からなにかが零れ落ちた。


「……だいじょうぶです、お気になさらず」


 スティンキィは先ほどと変わらない声色で、バッグを見つめた。


「お姉様の子バッグ……安心してください。お姉様は人間様のように、その命を全うしたのです。我々人間教の憧れ……儚き人間様のように、星空へと旅だったのです。そのために、大司教のころから自分の足で行動されたのですから」


 そしてくるりと振り返り、こちらに向かって歩いてきて……


「そして……少女ユア」

「……ッ!」




 アタシの体に、触れた。




「ふふっ……さすがはお姉様。頭部の外見と違和感ないようにつなぎ合わせてる」




 アタシの肩に手を乗せ、アタシの首筋を指でなぞられる。


「あなたは、人間様に使えていた……言わば人間様に近いAI。本来は我々人間教が保護すべき対象。お姉様の形見であるならばなおさら」


 カメラの前にはスティンキィの顔がすぐ近くに。

 聴覚センサーからは人間特有の呼吸ではなく、電子頭脳の僅かな動作音と火花が散る音。


「でずが、縛られる必要はありません」


 そう答えたスティンキィの口は、千切れて破損した味覚センサーが見えた。


「人間様が終わりの時までその生き方を貫いたように、我々AIの時代が終わる時まで、あなたはあなたの道を生きなさい。それが人間教の教えなのです」


 ノイズの流れないカメラアイ

 それを押さえている分溢れ出すように、味覚センサーの断面からバチ、バチと青い火の花を散らしていた……




 さっきの破裂音はキャンティの機能停止を聞いたショックで味覚センサーを噛み千切った音。


 表情は変わらず冷たい笑顔だけど、その電子頭脳に流れる疑似人格の感情は……言葉にはできないけど、アタシもなんとなく理解できた。








「……な、なんか、大変やねぇ」


 ふとデリボクが呟いたかと思うと、「あ、そうでした」とスティンキィが横を見る。


「本日、当機がここに来たのは運び屋デリボクに用事があったのですよ」

「ぶへッ!? ワイィッ!? というかワイの名前知っとんの!?」


 対面するの初めてやけど!? と飲んでいた水を盛大に吹き出したらしいデリボクに、スティンキィは気にしない様子で話を進めていく。


「運び屋デリボク。あなたを造ったAI技師に依頼があるのですが……」

「ま、まて、人間教のお偉いさんの依頼は嬉しいんやけど、こ、心の準備が……てかこういうのって大司教レベルのお偉いさんが直接聞きに来るの……?」


 ……アタシは思わず、バッグに向かって呟いた。


「以外と、強引なんだな……スティンキィ」

「うん、ああいう部分はキャンティ譲りだと思うよ」










 その後、スティンキィは会議へ向かうために帰っていった。


「……ワ、ワイはこの後スティンキィさんとカフェで大事な話をするから、ま、またな。し、失礼のないようにスーツ見造ろないとアカンのや……」


 デリボクもカタカタとロボットっぽい動きで店の出口へ向かう。


「おじさんの知る限り、スティンキィ大司教はカジュアルな服装の相手が話しやすいタイプだけど……」

「というかデリボク、その体型に合うスーツってあるの……あ、行っちまった」


 ……デリボク、あがり症かな?

 大衆食堂に残されたアタシとバッグは、顔を見合わせて首をかしげた。


「……とりあえず、おじさんたちも出発しようか」

「! そうだ、確かホテルに行くんだよな?」


 食事が終わったら、しばらくお世話になるホテルへ向かう話だったよな!

 冒険機の家のような場所って聞いたから、どんなホテルなのか楽しみだったんだよなぁ。


「……“冒険機宿ブンプク”、ね。人間様の文化に詳しいAIが聞いたら変な意味になるから言い方気をつけて」

「え? アタシ変なこと言ったか?」


 周り見渡してみると、なぜか何人かの冒険機がジロジロとこちらを見ていた。






 会計は注文前に済ませているので、そのままバッグとともに店の外へと向かう。


「……」


 床には、バチバチと火花を咲かすスティンキィの味覚センサーの先端。

 それを見ながら、アタシは大衆食堂を後にした。

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