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第11話 宗教都市タバナクル



 森を抜けたキャンピングカーは、宗教都市タバナクルの検問へと入った。


 デリボクが検問の手続を済ませると、目の前の門が開いていく。




 そこに広がっていたのは……街。




 太陽が沈み闇に閉ざされた空とは対象的に、立ち並ぶ看板のライトが煌めく。




 ……人間たちの時代の、“都会”とそっくりな街。




 違いといえば、壁をよく見れば廃虚を元に建物が作られていること、


 そして人間の姿はなく、看板のライトに負けないほど輝くカメラアイのランプを持ったAIたちが、かつての人間と同じように歩いていること。




 街の中央にはキャンティのペンダントと同じ形の人間教のシンボルT字に手を伸ばした人型のシンボルの模様が描かれた、巨大なビルがそびえ立っている。




 彼らに指示を与える人間は、もういないことを実感させられる光景だった。




「やっぱ珍しいやろ? さっきも言った通りここは宗教都市。人間教を信仰する教団の方針で、かつての人間様が暮らしていた街を再現してるんや。なんでも、人間様の時代の中でも絶滅する直前の文明を再現したらしいで」


 アタシが街の様子を眺めていると、キャンピングカーを運転しているデリボクが面白がるように解説を挟んだ。


「ここまでして、人間の時代に合わせてるんだな……」

「ああ。この時代の各地にもこういった街はあるんやけど……ここまで発展した街は他にはない。ワイは人間様のことはどうでもええが、人間教がそこまでするんやから人間様はすごかったんやろなあ」


 んで、とデリボクはバッグに目線を変える。


「あんたたち、タバナクルについたところでどうするんや? やっぱり宿探す感じか?」

「あ、宿は決まってるよ。ただ他にもよりたいことがあるからこれから話すね」


 するとバッグはデリボクに手を差し伸べる。デリボクがその手を握ると「とりあえずこの場所に向かって」と呟いたから、掌の接触通信で行き先を伝えたのだろう。

 ……そういえば、街についてから具体的に何していくか聞いてなかったな。


「ユアちゃん、今日おじさんたちが泊まるのは“冒険機宿ブンプク”……ようするにホテルだね」

「おう、それはわかるんだけど……ってついてるから冒険機のための宿なのか?」

「うん。専ら宿というより冒険機たちの家とも言える場所だ。おじさんたちはその冒険機宿を拠点として依頼をこなしていくよ」


 宿……ホテルってわけだよな。

 バッグの言葉を聞く感じ、しばらくはホテル暮らしってやつか? そんなことを考えると、思い出ストレージからマスターとホテル探検した映像が再生された。


「あー、眼球カメラキラキラさせているところごめんね。そこへ向かう前にちょっと寄りたいところがあるんだ」


 バッグがなぜか申し訳なさそうに頭をかいている。


「実は、おじさんはある人と話をしたい。すごく暗い話になっちゃうから、その間ユアちゃんはエネルギー補給してくれるかな」


 まるでその言葉を待っていたかのように、バッテリー減少を知らせる腹の虫アラームが鳴った。


「元気のいいアラームの音やなあ! あはははははははビーッ……あ」


 笑ったと思いきや同じようにアラームを鳴らしたデリボクは、「うまい店紹介するので、ワイも一緒に食べてよかですか……」と手を挙げる。

 ……思わずアタシも笑っちまった。


「こっちから頼むつもりだったよ。用事とかなかったら頼むよ」




 その後、キャンピングカーは街の中央の大きなビルで止まった。

 そのビルのてっぺんには人間教横に手を伸ばした人のシンボルが見えて、まるでそのシンボルを天へと押し上げているみたいだ。



 バッグはアタシに掌の接触通信で“通貨キャッシュ”データを送るとそのビルの中へ入っていった。


「……バックはん、人間教やないというのに、人間教の本部に用事かぁ。顔広いんやな」


 デリボクがそう呟くと、キャンピングカーは再び走り出す。










 そしてアタシたちは、1軒の大衆食堂の前で降りた。




「ここは特に冒険機のお客さんが多い店や。ユアちゃんも冒険機になるんやから、ここを知っていないとモグリ言われてまうで?」


 ケラケラ笑うデリボクとともに扉を開くと、席を埋め尽くすAIたちが目に入った。

 よく見てみると……多くのAIの手や腰には武器が見える。デリボクの言う通り、みんな冒険機なんだろうなぁ……


 とりあえず、アタシとデリボクは空いている席に座って料理を注文することにした。





 とりあえず、アタシとデリボクは空いている席に座って料理を注文することにした。

 デリボクはオムライスにしたようだ。アタシは……目玉焼き定食にしようかな。




 店員のAIがテーブルの上に料理を置いてくれたら、いよいよアタシは目玉焼きとご対面に入る。


 味噌汁で内部機構を暖めたら、目玉焼きの黄身をつぶす。

 とろり……とこぼれる黄身を眺めたら、白身に黄身を載せてご飯の上に置き、共に口へ……


 瞬間、味覚センサーが感じ取った味覚データがマスターとの日々を再生する。人間がまだ生きていた時代とは違って、食材の一部は合成素材が使われていたりして、味付けも全然違うけど……

 AIだけの時代になっても、こうして50年前の料理が食べられるだけでも温かい感情を感じられた。




「しかし、すげえ繁盛してるんだなぁ」

「たしか、人間様の時代で言う冒険者は“酒場”というところが待ち合わせ場所になってたんやろ? いわばここは、AIたちの酒場ってやつや」


 デリボクはまるで箱が開くように口を開けて、パクパクとオムライスを口に入れながら話す。

 酒場かぁ。たしかマスターの持ってた小説にも出てきたっけ。

 小説の中の登場人物たちが杯を交わしているシーンを再生していると、隣の席に座っていたAIたちがコップで乾杯した。




 ガシャンッッッ!!




 その直後、別の方向で皿が割れた……!?


「おい、何するんだよ……」


 音の方向を見ると、冒険機と思われるAIがもうひとりの人型AIに押し倒されていた。倒れたAIの鉄の顔へ、テーブルに置かれたカレーうどんを……!


「わっ!!?」

「貴様、私にした所行を理解しているのか?」


 カレーうどんの中身を冒険機の顔へぶちまけた人型AIは、バッグよりも小さめといっても十分に巨漢と言える体形。壮年を思わせる強面の人工皮膚、ボディを着飾るような真っ白なスーツ……の胸部分には、カレーの汁が付着していた。




「デリボク、あいつなんなんだ?」


 アタシが思わずデリボクに尋ねると、視線を逸らした。


「……関わらないほうがいいで。あのスーツは人間教の幹部……特にアイツは容赦ない奴や」


 人間教の幹部……ってことは、この街を創った組織の一員……

 ……あいつが?




「か、カレーうどんの汁が飛び散って汚したのは謝るよ。だからといって、カレーぶっかけることないですよね!?」

「謝る? 貴様のような冒険機などという役目のないAIの掃き溜めにいる存在が、人間教の私に謝るだけで済ませるだと?」


 人間教のAIは付着したカレーの汁を指さしながら見下す。


「私はこれから教団会議に出る予定だ。そんな私のスーツを、貴様のような冒険機などというにいる存在が、無粋に汚したのだ」

「ッ! 掃き溜めェッ!? そんなアナタこそ、ミートパスタ頼んでんじゃないですか! 汚れるの嫌だったらどうしてそんな奇麗なスーツ着て来たんですか!」


 人間教のAIの言葉にキレたように、冒険機はテーブルの上にあるミートパスタを指さした。




「……」




 すると、人間教のAIはそジーの場で処理落ちを始めたジジジジ


「ここのミートソースを食すことは、私の憩いの時間だ。私が人間教に仕える身分に立つ存在であることを実感する時間だ……貴様らのような反吐の出る冒険機がいてもなお、食す価値があるものだ……」


 やがて、その人工皮膚の顔に憤怒の表情を浮かべ……!


「それを貴様は……否定するというのかァッ!! 個人個人の意志を尊重するという人間様の意志に背きッ! 私という存在を、否定するというのかああぁぁッッッッ!!!」

「いや、僕はスーツの方を言って……」


 唖然とする冒険機の首を、掴み持ち上げて……!




贖罪しょくざいしろッッ! 貴様のその無礼を、贖罪しろおおおおおおおッッッッッッッッッッッッッ!!!」




 他の客に向けて、ぶん投げた!!!




 ヤバイッ! 止めなきゃヤバイッッッ!!

 他の客が損傷ケガしちまうッッッッ!!



 アタシはすぐさま、席から立つ!!




「ッ!? ユアちゃん!? どうするんや!!?」




 宙を飛ぶ冒険機の進行方向に立ったら、危険予測機能シミュレーションプログラムで計測!


 こちらに来る冒険機の足目掛けて蹴りを入れればッ!


「うわッ!? カメラが回るッッ!?」


 投げられた勢いをアタシの蹴りでその軌道飛んでいく方向を変えれば、冒険機は奥にいる客ではなく天上へと舞い上がる!


 クルクルと落ちてくる冒険機を再び危険予測機能シミュレーションプログラムで予測し、抱きかかえる体制を取って……!




「あうッ!」「ッしょっと!」


 冒険機を受け止めるッッッッ!




「おい、損傷ケガねえか?」

「え? あ、ありがとう……ございます??」


 戸惑っているみたいだけど、コイツに損傷ケガはなし……

 後ろの客たちも無事だ。よかったぁ……


「貴様、まだ贖罪は終わらんぞ……そこの人工皮膚を被った娘、どけ」


 ……人間教のAIはまだ怒り足りないのか、アタシたちを睨む。


「てめぇいいかげんにしろよ! 他の客まで巻き込むんじゃねえ!」

冒険機ヤクメナシの意見に耳を傾ける必要はないッ! 人間様の意志を引き継ぐ人間教に属するこの私こそがッッッ! 正義なのだあぁーッッッッッッッ!!」




 人間教のAIはこっちに突進し、殴りかかり――ッ!










「なにをしているのでしょうか」









 アタシの顔の前で、拳を止めた。




「……」


 突然入り口の方から聞こえてきた声に、人間教のAIは先ほどとは打って変わって顔を真っ青にしていた。




「……まだ感情の抑制コントロールが未熟ですね、あなたの疑似人格は」




 呆れたような口調でありながら、入り口に現われた人影は微笑んでいた。




「……え?」




 その声は、聞き覚えがある。




 女性らしいボディに暴れ出した人間教のAIと同じ真っ白なスーツを着込んだ、人型AI。

 白いおさげの先に青いメッシュが入った、燭台キャンドルスティックを思わせるその姿……そしてその顔は……!!












「  キャンティ!!?  」







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