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第6話 火ノ花の中で踊るハナヨメ


 アタシは……ずっと、思い込んできたんだ。


 AIのアタシでも、いつか人間になれるって。


 人類が滅亡した世界でも、アタシのようにマスターだけは生き残っているって。




 白骨死体となったマスターは、上半身だけでもあの時と変わらない大きさだった。


 兵器の犠牲となった、多くの人間たちのひとりに過ぎなかったんだ。




 ……アタシは、人間になれるのか?




 そう思いながら振り返ると、ワシ型兵器がこちらに目掛けて爪を光らせていた。


 なれるはずがないだろう。そうあざわらうかのように。




 そうだよな。アタシは人間なんてなれねえよな。


 50年たったこの世界で、アタシは蘇り再起動して、マスターは死んだ眠ったまま。


 人間ではないことを思い知らされて、夢は叶わないということを突きつけられて、


 人間になれるという幻想は砕かれる。


 そうでなくても……もう人間になっても、マスターがいないと意味がない。




 いいんだ。


 もう人間になれなくて、いいんだ。




 アタシはマスターを下ろして振り返り、両手を横に伸ばす。


 そして、迫り来るワシ型兵器の爪に目をそらさず、じっと見続け――










 ――人間の血液が飛び散るがごとく、閃光が走った。










「全部諦めたと思ってんのか? ふざけんな」











 ワシ型兵器はバランスを崩し墜落、火花がぼとぼとと飛び出す右の爪が宙を舞う。




 火花の雨を受けるのは、ショートソード。


 その柄を持つのは……アタシのハンド




 腰のショートソードを抜きつつ体をひねらせ左へとかわし、アイツの右爪を切断したのは……


 紛れもない、アタシだ。




「あたしは、人間じゃねえ。最初から子守用AIとしての目的を与えられ、壊れたらお葬式を上げてもらえることなく廃棄される消耗品だ……それでもッ!」




 地を這うワシ型兵器に剣を向け、アタシは宣言するッ!!




「アタシには、疑似人格ココロがある! マスターのように遠くの友達と文字でやり取りしたい“憧れ”がある! 人間になってマスターと結婚したい“愛”がある! 恩人キャンティになにも出来なかった“悔しさ”がある!」




 てめぇに現実を突きつけられても、打ちのめされても――




「――それでも稼働し続けたい、生きていたい、叶えたい……夢があるッ! それがアタシのココロ! 子守兼家事手伝い用人型AI『ユア』に宿った……魂だッ!!」




 ワシ型兵器は羽ばたいて、再び空へと飛びだつ。

 あれは逃げているんじゃない。ここで逃がせば、自動車のような投擲物を探して再び襲ってくる。


 こちらが逃げても、不意打ちで襲いかかる危険性が高い、なら……!




「てめぇをぶっ壊してッ! アタシが『生きる』ッッッッ!!」




 アタシはワシ型兵器を追いかけ、塀を乗り越えるッ!










「「チュイッ!!」」


 塀から飛び降りた瞬間、ネズミ型兵器の残党が声を上げる。

 左右にそれぞれ、1匹ずつ。それらはこちらに向かって走ってくる!


 瞬間、アタシは気づいた。

 飛びかかろうとするネズミ型兵器を見るだけで、そのネズミ型兵器がどのようなルートを通って襲いかかるのかが……予測シミュレートできる。


 アタシがその場でしゃがむと同時に、予測結果によってネズミ型兵器がアタシの真上で交差することが予言される。

 その位置に、交わるクロスする場所へショートソードを振った。


 跳ねるネズミ型兵器たちはその予測通りに襲いかかり、アタシの刃も重なった。




「「びゅbe!」」




 2体の首が跳ね、その断面に火の花が咲いた。


 小さな子供が危険な目に会わないように、会いそうになった時、助けるために。

 子守用AIに搭載されている危険予測機能シミュレーションプログラムは、キャンティに入れてもらった戦闘プログラムと相性抜群だった。


 シェルターでネズミ型兵器の攻撃を回避できたのも、襲いかかってきたワシ型兵器を待ち構え右爪を切り落とせたのも、危険予測機能のおかげだったんだ。




 すぐさまアタシは走り出し、 ワシ型兵器を追いかける!


 ワシ型兵器は右爪を破壊された分、左爪に重心が傾いている。それなのか、さっきみたいな高所ではなく低い位置をヨロヨロと飛んでいる……やるなら今だ!




「ッ!」


 そう思いながら曲がり角を曲がった瞬間!


 ワシ型兵器はその左爪で、自動車を掴んで……投げたッ!!




 高い空ではなく地面から1m離れた位置を飛び、アタシを押しつぶそうと迫る車。


 アタシは逃げず、目を逸らさず見続ける。


 車から目をそらすな! 計算しろ考えろッ……!!




 その車の窓に向かってショートソードを投げる!




 ショートソードは運転席の横のガラスを割り、


 助手席のガラスを突き破る。



 アタシは地面を蹴ると、開かれたそのガラス窓に飛び込み!!


 運転席から助手席を通って、通過した!!




「2度もつぶされてたまるかよッ!!」




 地面に落ちたショートソードを回収し、無事でいるアタシを見てフリーズしているワシ型兵器に接近ッ!


 地面を蹴ってッ! 飛び上がってエエエエエエエエエッッッ!!!




「バGi!?」




 そのカメラに、ブッ刺すッッッッッッ!!!




「GIIIIIYAAAAAAAAAAAA!!!!」




 今までだんまりを決め込んでいたワシ型兵器が、異常を知らせる音声を漏らす。





「ッッ!?」




 すると、暴走状態に入ったのか、出力を上げて再び高所へと飛び上がる!


 アタシが振り落とされないようにショートソードと兵器の首にしがみつくと、振り落とそうとするためにスピードを上げて動きだした!!




 アタシがしがみつくその手に力を入れれば、視界が1回転するワシ型兵器が回転する


 アタシの足を上げれば、その下スレスレを屋根が通るワシ型兵器が屋根上スレスレを通る




 最後まで全力で……ワシ型兵器はアタシを破壊スクラップにしようとしている……!!




「アタシは……スクラップなんかならねえェッ!!」




 次の屋根が近づく時! アタシはコイツの目からショートソードを引き抜くッ!!




 胸のバッテリーが、心臓の音のように電流のリズムを刻むッッ!!




 その腕の内部に、血液のように熱い電流が流れるッッッッッッッ!!!!










「  アタシはッ!! マスターのハナヨメさんだアアアアァァァッッ!!!  」











 その刃は、兵器の電子頭脳を貫いた。











「GPIIIIIIIIIII!!! ……II……I…………」




 断末魔のノイズが響く中、アタシはショートソードを引き抜き屋根上へと飛び降りる。


 ワシ型兵器は隣の屋根に頭から突っ込むと、そのまま機能を停止した動かなくなった










「……」


 アタシは、屋根の上で自分の右手を見ていた。


 ショートソードを突き立てた時に感じた、バッテリーの電流が流れるリズム、手に残る熱さ。

 それはまるで、マスターの胸に耳を当てて聞いた心臓の音。マスターを抱きしめた時と似た温もり。流れる電流も人間の血液なんじゃないかって思うほど……人間のようだった。


 ……これは、生きているって感覚。

 アタシが人間になれたわけじゃなくて、破壊されそうになってもそれを防ぐことの出来た……疑似人格が感じる高揚感だ。


 ……人間じゃなくても、いいんだ。


 人間じゃなくても……人間らしくいることで……


 アタシしか出せない、アタシの存在する価値なんだ。




 でも。




「……ぁ」


 自然と、スピーカーは声を出す。


 それとともに、涙のようなノイズが視界を包む。


「……ぁ……ぁぁ……」


 もう、マスターはいない。


 アタシを人間らしいって認めて欲しかった人間は、もういない。




「……ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」




 スピーカーからあふれる声が、音割れを起こして人のいない街に響く。




 ノイズまみれの夜空にも、満月の光は美しく輝いていた。











 ……アタシは屋根から降り、マスターの家へと戻ってきた。

 庭に転がっているマスターの人骨をよく見てみれば、上半身の近くに下半身が見つかった。パーカーごと切り分けられたその様子から、きっとあの後マスターはワシ型兵器の爪で……


 その一撃で、マスターは死ねたのかな。

 もしも死ねずに少しだけ生きていたとしたら、どんなに苦しかったんだろう。


 そんなマスターの側に、アタシがいられたら……


 電子頭脳の中の思考ログに並べられている言葉は、どれも後悔の言葉ばかりだった。




「ユアちゃん! ……よかった。無事だったのか」

「……」


 その時、玄関の扉が開かれる。

 アタシと同じく無事だったバッグは胸をなで下ろしたけど、アタシの顔を見ると静かにうなずいた。


「……今のところ、周辺に兵器は見当たらない。この家は今にも崩れそうだし、1度シェルターに戻って夜を過ごそう」

「うん……」












 アタシはマスターを抱えて、バッグとともにシェルターへと戻ってきた。




 マスターとふたりにさせてくれとバッグに頼んで、病室の中に入る。


 人骨だらけの病室のベッドに、マスターを抱きかかえて横になって。


 スリープモードになるまで、スピーカーから泣き声を再生した。




 なんども、なんども。



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