「……ooo……oo……oo…………o……………………o……」
「……」
アタシは、ノイズを出し続ける
あんなに眩しく笑っていたキャンティが、人間みたいに楽しそうにしていたキャンティが……ただの壊れた置物となった。電子頭脳を破壊されたから、再起動は不可能だ。
「ッ!」
突然、アタシの左腕が引っ張られる。
「早くこっちへッ!!」
アタシの腕を引っ張ったバッグが、窓へ体当たりするッ!
バリィィンッ!
アタシたちの周囲を雪のように舞う、ガラスの破片。
その破片から守るようにバッグはアタシを胸へと引き寄せながら、部屋の中へと転がり込んだ。
その直後ッ!
後ろから大きな風を感じて振り返れば、キャンティの手足や破片が舞い上がる。
庭に立つワシ型兵器が、アタシたちを鳥を模した
鳥を模したその眼の奥に見えるカメラレンズを縮小させていたかと思うと……
やがて、どこかへと飛び去っていった。
アタシは、呆然と庭に残されたキャンティの胴体を眺めていた。
一歩遅かったら、キャンティのようにアタシも破壊されていたところだったんだ……
「……ッ!!」
ドンッ! と、聞こえてきた音に横を見てみると、バッグが壁へ拳を叩きつけていた。
小刻みに腕を振るわせしばらく動作音を鳴らしていると、小さく男性の声が再生される。
「……ごめん。
改めてその姿を見ると……身長は2m超えてる。
人型をしているものの、顔は牛をモデルにした機械の頭。人間の姿というより茶色の装甲に包まれたロボットだ。いわゆる人工皮膚を使用しないタイプの人型AI。
こちらに振り向くその鉄の顔は表情を変えない。だけど、一瞬だけノイズが走るその
「……キャンティとは、仲よかったんだな」
「そういうキミは、彼女が見つけた50年前の人型AI……ふふっ、再起動したんだね」
アタシの存在を意識しているように、バッグは乾いた笑い声をこぼす。
一瞬だけ、
ふとその時、アタシはバッグの左腕が見当たらないことに気がついた。
「バッグ……だったよな? 左腕、だいじょうぶか?」
「ああ、これね。ネズミ型兵器の奇襲でやられちゃってね」
そう言ってバッグは、左肘部分から先がなくなった左腕を見せてきた。その断面からは断線したコードが力なくぶら下がっている。
……よく考えれば、その大柄な体格なのにキャンティに押し出されたのって、左腕がないから
「さて、さっそく修理したいところだけど……兵器がまだいるかもしれないし……」
バッグは破損した腕のコードをブラつかせながら辺りを見渡す。
片腕を失っている状態だと、また何かが起きた時に対処できなくなる。アタシもバッグが修理できる場所を探そうと、今更ながら部屋の内装を見つめる。
「――ッ!」
ここは、リビング。
人の気配もないその空間の壁には、所々にヒビが……その隙間から植物が生えていた。
50年前の記憶が、再生される。
「あ……そういえば、キミを見つけたのもここの庭だったよね。もしかして……」
「アタシが暮らしていた、家……アタシがマスターと一緒に暮らしていた……家だ」
やや遠慮がちのバッグに声をかけられて、アタシは頷く。
そして、電子頭脳に浮かんだ言葉を、そのまま声に出した。
「その……2階はどうだ? マスターが使っていた部屋があるんだ。そこなら安全じゃねえか?」
安全だという根拠は、ない。
とにかく、マスターの部屋がどうなっているのかが……知りたかった。
2階へと上がり、扉を開く。
「……」
マスターの部屋も、同じようにヒビと植物に包まれていた。
窓の外に映る満月が、マスターのいないこの空間とアタシたちを照らしている。
ふと砂だらけのベッドを見れば、5歳のマスターがアタシの手を掴んでいた。でも最後に見たマスターはもっと大きかったし、あれから50年は経っているってキャンティは言っていた。
そのことに気がつくと、ベッドの上のマスターはノイズとなって消えた。アタシの電子頭脳のバグで、過去の映像が流れただけだった。
……どうしてマスターが死んでいるようなことを考えているんだ?
マスターはきっと生きている。ここにいなくたって……必ず探さねえと……
でも視界は、感情の高まりによる負荷でノイズが走っていた。
「……やっぱりここ、ダメかな?」
声を聞いて我に返る。横を見れば、バッグが左腕を抱えながらベッドの側に立っている。
「あ、いいや! 使っていいぜ!」
「そうかな……でも、ここはキミの家だろう? なんだか悲しそうな表情してたし……」
「大丈夫大丈夫! アタシは元気だぜ! 50年も経ってるんだから、おじいちゃんになったマスターの顔どうなってるのかなーって考えただけだし!」
バッグだって、仲のよかったキャンティを失ったんだし、アタシがメソメソしていたら余計に悲しくさせちまうからな。
なにか話題を変えようとして、アタシはバッグの損傷した腕を見る。
「それよりもバッグ、本当に修理できるのか?」
その質問に対してバッグはアタシへ向きながら、お腹に手を伸ばす。
「心配しなくていいよ。ちゃんと左腕は回収してきた」
そのお腹には、把手がついている。バッグがそれを掴んで引っ張ると……タンスの扉のように開いた。ハッチと呼ばれる蓋になっていたんだ。
中はレンチやスパナといった修理道具に、複数の
「……なんだか、お医者さんのカバンみたいだな」
「だから“バッグ”なのさ。おじさんの名前はね」
言われてみれば……バッグの姿はまるでカバンの擬人化だ。牛をモデルにしたその顔もカバンの素材繋がりかな。
「それじゃあ、お言葉に甘えて失礼するよ……ちょっと手伝ってもらってもいいかな?」
「おうっ! いいぜ!」
誰かの役に立てるとわかると、複雑な感情が少しでも晴れるのは子守用AIの性なのかな。
アタシはバッグのお腹からシーツを取り出すと、ベッドの上に敷く。その上にバッグは左腕を置いた。
お腹の中にあるフレキシブルアームで道具を持ち、バッグは修理を進める。
しばらく無言が続いていたけど、「そういえば」とバッグが手を止めずに尋ねてきた。
「キミの名前、聞いてなかったよね?」
「ああ、アタシはユア。子守用人型AIだぜ」
子守かぁ……と、バッグはなぜか懐かしそうに呟いた。
「たしか人間様の幼体は“子供”って言われてて、親と呼ばれる成体が子供に教えることで生きるために必要なことを教えるんだっけ?」
「アタシたちAIみたいに、生まれた時から最低限の知識を身につけているわけじゃないからな。でもマスターのお父さんとお母さんは仕事で忙しかったから、アタシが代わりに面倒みてたんだ」
「なるほど……親代わりねえ……」
子供のことを幼体って言われるのは奇妙な気分だけど、それでも“子守”という言葉が伝わって安心した。
「おじさんのことは、彼女から聞いたのかい?」
「ああ、キャンティの護衛をしてたんだろ? もしかしてあんたも、冒険者……じゃなかった、冒険機なのか?」
「一応ね。でもおじさんは大したことはしていない。街から離れて、ひたすら彼女の無茶ぶりに付き合ってたよ。人間様の遺品という用途不明の石像を運ぶの手伝って……とかね」
“子守”という言葉も、もしかしたらキャンティから聞いたのかな? 人間が残した文化とか、こうやって伝わっていくんだなぁ。
なんて感心していると、バッグが「よし」と呟いた。
ベッドを見てみると、切り離されて破壊されていたはずの左手がいつの間にかつなぎ合わされていた!
「すげぇッ! あっという間に直ってるッッ!! ちゃんと指も動いてるし!」
「まあ、彼女ほどじゃないよ」
……? そういえば、アタシを修理したのはバッグじゃなくてキャンティだよな?
その腕があればバッグが修理したって言われても驚かないけど……
「彼女のことは気にしないで。おじさんが彼女とともにキミを運ぼうとした時、誰かの気配がして、調べるために残ったのがいけないんだから……」
やっぱりバッグは、破壊されたキャンティのことに負い目を感じているみたいだった。
……このふたりの関係って、なんだろう? アタシが「なあ」と聞くとこちらに振り向いてくれたから、聞いてみようか。
「なあ、バッグとキャンティってさ――」
「ッ! 後ろだッ!! よけろ!!」
バッグの声に振り向くと、窓ガラスの向こうにワシ型兵器がいるッ!
その爪に握られているものを……こちらに向かって投げてきた!!
「ッッッッ!!!」
思わずアタシは横に飛び退いた瞬間、飛んできた自動車が窓ガラスを突き破る!!
あの日、飛んできた自動車に押しつぶされた時の光景が蘇って、思わず体を見る。
……よかった。今度は無事だったみたい……
そう思った瞬間、アタシの体が後ろに倒れる。
もたれかかっていた壁が、さっきの衝撃で崩れた……ッ!
2階から庭へと落ちるッッッッ!!
「――!!」
背中に大きな衝撃が入り、一瞬だけ電子頭脳がフリーズする。
気がつくと、ワシ型兵器は上空へと飛んでいて、アタシを見つめていた。
きっとこの時をアイツは待っていたんだ。その巨体は狭い場所には入れない。だから、家の中に逃げ込んだアタシたちを諦めて別のところから自動車を持ってきて投げてきたんだ……
「ユアちゃん!! 早く逃げるんだッ!!」
バッグの声が聞こえてくる。
ワシ型兵器は、キャンティの頭部を破壊したその爪でアタシを狙っている。
逃げなきゃ。
アタシはすぐに立ち上がろうとして……
そばにあった“ソレ”を見て、思考を止めた。
「……」
「ユアちゃん!? 何してるんだ!!?」
バッグの声が、後ろから聞こえる。
でもアタシはその場から立ち去らずに、そばにあった“ソレ”の頬に手を当てた。
忘れるなんてしない、見間違えるはずなんてない。
そのパーカーは……
アタシが水色のパーカーを来た“ソレ”を抱き上げると、視界が
「……マスター」
水色のパーカーを気に入って、普段はいつも着ていたマスター。
まさに人間と呼べるような、眩しい笑顔を見せていたマスター。
アタシが機能停止した後も、きっと生きていて大きくなっているって、
信じ続けたマスター。
50年経っても変わらない背丈のマスター。
下半身がなく、上半身だけになったマスター。
肉も朽ちて、もう笑顔も見せない骸骨となった、マスター。
骸骨となったマスターはその空洞の目で、アタシを見つめていた。