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第2話 2周目

 私が最初に感じたのは振動だった。 あれ? なんだっけ?

 自分がどうしていたかの記憶が曖昧だ。 少しの気怠さを感じながら私は目を開く。

 視界に入るのは流れる真っ暗な景色。 どうやら私はいつの間にか眠っていたようだ。


 外の様子から察するにトンネルを進んでいる途中といったところだろう。

 凄まじい既視感を感じた後、徐々にだが意識が戻る前の記憶が戻って来る。

 霧に包まれた街、誰も居ないホテル。 星華達と一緒に部屋で待機。


 楢木が戻って来なかったので買い出しに出て――


 「――っ!?」


 ぞわりと背筋が冷える。 まるで氷柱か何かを首筋に当てられたような気分だ。

 一気に目が覚め、体が思い出したかのように恐怖に震える。 そうだ、確か私はホテルに行ってエレベーターで何かに――


 それ以上は思い出せない。 ただ、顔面に凄まじい衝撃が炸裂した事だけは分かった。

 明らかに即死だと確信できる。 間違いなく死んだと言い切れるレベルの現実感。

 周囲を見回すとクラスメイトがぐったりと席に着いていた。 夢? 本当に?と疑いたくなるけど、この状況を見れば夢だった事は明らかだ。


 ……夢、夢か……。


 自身にそう言い聞かせるように内心で何度も夢だったと何度も呟くと次第にざわついていた気持ちが落ち着いて来た。 まったく、我ながら夢でここまで取り乱すなんてどうかしている。

 そもそも山奥だからってスマホが使えない街なんてある訳がない。 その上、あんなネットで探さないと見つからないような規模の深い霧に人のいないホテル? 馬鹿馬鹿しい。 そんな映画みたいなシチュエーションが現実にある訳がない。


 ホラー映画はあまり好きではないのに何に影響されたのやら。

 そこまで考えると気持ちに余裕が出て来たのか苦笑が漏れる。 そろそろトンネルを抜ける頃だろう。

 視界に飛び込んで来るであろう寂れた田舎街を見て安心しようと窓から外を眺める。


 バスがトンネルを抜け、広がったのは――


 「――嘘でしょ……」


 思わず呟く。


 ――一面霧に包まれた街だった。 夢で見た同じ風景。

 周囲へ視線を走らせるとクラスメイトの反応すらそのままだった。 霧への反応に向かいの席の座間もスマホで録画を開始している。 ドクドクと心臓が嫌なリズムで鼓動を刻み、胸の内には不安と焦りが渦を巻く。 私の焦りを余所にバスは記憶をなぞるようにホテルへと辿り着き、空の駐車場で停車。


 スマホを確認すると当然のように圏外で、降りた後に目次が他のクラスのバスが居ないと言いだす。

 その後、楢木が電話が通じないからバスで戻り、それぞれ解散して割り当てられた部屋へ向かう。

 全てが寸分違わず夢で見た通りだった。 どうしよう。 どうすればいい? 私はこの現実をどう受け止めればいい?


 「織枝? どした? 大丈夫か?」


 私の様子がおかしいと思ったのか文江が心配そうに声をかけて来るけど、とてもじゃないがまともに返せる余裕が――いや、違う。 落ち着け私。 不安は強いけどまだ何も起こっていないし、起こらないかもしれない。 冷静に行動するべきだ。 考えを整理する意味でも皆に話して意見を聞いてみよう。


 「皆に聞いて欲しい事があるんだけどいいかな?」


 やや困惑の表情を浮かべるけど聞いてはくれるようだった。

 注目が集まった所で私は深く呼吸をして気持ちを鎮め、ゆっくりとさっき見た夢らしきものとこれから起こるであろう事を話す。 私自身も現状を正しく理解できているとは言い難いので分かっている限りだが、それなりに上手く順序立てて話せたと思う。


 「――つまり織枝はさっき一回死んで気が付けばバスの中だったって事?」


 一通り聞いた文江が一言でそう纏めたけど我ながらなんて馬鹿な話をしてるんだと思ってしまう。

 逆の立場だったらなにを言っているんだこいつはとちょっと馬鹿にしたかもしれない。

 多代は窓を一瞥して思案顔。 星華は乗り物酔いで顔色が悪かった事もあって良く分からない。


 「荒唐無稽な話だけど、人のいないホテルにこの深い霧。 ついでにスマホは圏外。 普段なら何を言ってるので終わるけど……」


 多代は歯切れ悪くそう呟く。 信じられないけど、この異様な状況を踏まえるともしかしたらと思っているようだった。 星華は気分が悪い事もあって頭が回らないのか困惑の表情を浮かべるだけ。


 「取りあえず話を整理しましょう。 まず、織枝は一度このホテルに来てこの部屋で過ごした」


 私が頷くのを見て多代はそのまま話を続ける。


 「ちなみに確認だけど文江はトランプ持って来ているの?」

 「うん。 あるよー」

 「楢木が帰って来るまでの時間潰しに遊んで、遅くなっても帰って来ないから食事の調達にじゃんけんをして部屋から出る。 それで降りようとエレベーターを呼んだら中に何かが居て、殴られたか何かして気が付けばバスの中と」


 改めて聞いてみると本当に胡散臭い話だ。 多代は悩むように顎に手を当てて考え込む。


 「取りあえず信じる前提で話を進めるけど、織枝は結局どうしたいの?」

 「……分からない。 私も混乱しているから誰かに話してすっきりしたかったのかもしれない」

 「なるほど。 もし織枝が見たのが予知夢的なものでこれから危険な事が起こるっていうのなら備えた方が良いと思うけど、具体的にどうするかって話になるわ」


 真っ先に思い浮かぶのは逃げる事。 この不安と焦燥感から解放されたいといった気持ちがあるので、ホテルから――いや、この変な街から逃げ出したい。 ただ、もしもこれが私の勘違いでさっき見たものも夢だった場合は面倒な事になる。 それでも一人で逃げる事に強い不安があり、行くなら誰かと一緒がいい。


 ……問題は皆が私の言葉を何処まで信じてくれるかにもよる。


 多代は信じる前提で話を進めてはいるけど本当に信じている訳ではない。

 あくまで話を進める為にそういった体でいるだけだ。


 「じゃあその辺を確かめる意味でも私ちょっと見てこようか?」


 不意にそういったのは文江だ。 それを聞いて私は一瞬、カッとなりかけた。 

 私は怖い目に遭ったと言っているのにこいつには危機感が――いや、信じてないのだからこの反応は当然か。 落ち着けと喉まで出かかった言葉をぐっと呑み込む。


 「危ないって話はしたよね?」

 「だからでしょ? 早めに下に降りて不審者が入ってきたら急いで戻ってくるよ。 確か非常ベルとかあったはずだから最悪、それを鳴らして合図してもいい」


 ……確かに。


 私の話を証明するのなら分かり易い方法だ。 もしも私を襲った奴が本当にいるなら下から入ってくるはずなので一階のロビーで張っていれば姿を現すはず。

 でも、本当に大丈夫なのだろうか? 一瞬だけだったので全容は明らかになっていないけど少なくとも二メートル以上はあったと思う。 文江達は不審者と思っているようだけどそもそもあれは人間じゃ――


 「いいんじゃない? 聞いた限りだと織枝と出くわしたのもエレベーターを呼んだからみたいだし、もしも見かけたなら急いで階段で上がれば先に戻れるかもしれない。 流石にここの構造上、逃げるのは難しいから施錠して立て籠もりましょう」


 このフロアはエレベーターとその横に非常階段。 後は部屋が並んでおり、そのまま奥が突き当りになっていて窓しかない。 つまりエレベーターの前を押さえられたら逃げられないのだ。

 本当にそれで大丈夫なのだろうか? 割と良い案と思えるけど、不安が付きまとう。


 「じゃあ決まりね。 織枝、いつ頃部屋を出たか覚えてる?」

 「……多分、二十時は過ぎてたと思う」


 記憶を掘り起こして答える。 はっきりとは覚えていないけど多分、それぐらいだったと思う。 


 「そう、なら十五分ぐらい前に一階に行けばはっきりしそうね。 文江、悪いけどお願いできる?」

 「おっけー、ならそれぐらいに出るよ。 もしも何もなかったらそのままコンビニまで行って何か買って来るから食べたいものを教えといてね」


 そうこうしている内に話は纏まり、文江が下に降りる事で決定となった。




 適当に時間を潰し、スマホの時刻表示が19:50となったところで文江がよっこらしょと立ち上がった。


 「じゃあちょっと行って来るよ」


 文江はひらひらと手を振って部屋から出て行った。 ここは私もという場面なのだけど、恐怖もあって言いだせなかった。 それを知ってか知らないでか、文江は笑って見せる。


 「織枝~、これで何もなかったらジュース驕らせるからな~。 覚悟しとけよ~」


 そう言って文江は出て行った。 彼女の足音が徐々に遠ざかり――やがて消えていく。

 まるで文江がそのまま消えてしまったかのような感じがして不安になる。


 「大丈夫よ。 買い物に行く時間と併せれば三十分もかからないわ」


 多代は危機感を感じさせない口調でそういうと小さく肩を竦めて鞄から取り出した文庫本に視線を落とした。 私は不安に駆られながらも文江を信じて待つ事にした。



 ――20:50


 文江が出て行って一時間経ったが、帰って来ない。

 流石に多代もおかしいと思ったのか何度もスマホを確認していた。


 「ねぇ、ちょっと遅すぎない? 様子を見てコンビニ行って帰って来るにしてもかかり過ぎよ」


 そういったのは体調が回復した星華だ。


 「えぇ、これはちょっと遅過ぎね。 一度皆で外に――」


 多代がそう言いかけた所で不意にそれは起こった。 何処かから悲鳴が上がったのだ。

 誰の声だ?といった疑問を抱く前に畳みかけるように状況に変化が起こる。

 唐突に部屋の電気が落ちたのだ。 停電? 窓から外を見ると霧の奥に街灯の灯りが微かに見えるのでこのホテルの電気だけが消えたと見ていい。 やっぱりあれは夢じゃなかったのだ。


 そう自覚した瞬間、私の中で渦巻いていた恐怖が噴出する。 恐怖は思考よりも早く私の身体に命令を下し、それに従った肉体は全てをかなぐり捨てて駆け出す。 後ろで呼び止める声がするが無視。 とにかく逃げ出したかった私の足を止める事は自分でもできなかった。

 廊下を一気に駆け抜け、エレベーターの脇にある階段に飛び込むように入り、転げ落ちるような勢いで駆け下りる。 段差を下りる手間も惜しかったので途中で飛んでショートカット。


 着地と同時に走ろうとしたけど足元に広がるぬめりに足を取られて転倒。

 べしゃりと踊り場に広がった何かの液体の感触。 立ち上がろうとしてさらに転倒し、階段を転げ落ちる。 体のあちこちをぶつけながら四階まで落ちた。


 再度、立ち上がろうとして――ぎくりと動きを止める。

 目の前に何かが居たからだ。 電気が落ちているのであちこちに設置された非常灯の微かな灯りに照らされてシルエットだけしか見えないが形状は人型。 明らかにサイズは二メートルを超えており、手に何かを持って――


 「――っ!?」


 角度が良かったのか。 いや、悪かったので灯りが上手い具合に手に持っているそれに当たり、正体が明らかになる。 それは人の上半身だった。 断面からはどろどろと液体が漏れており、床にゆっくりと放射状に広がって行く。 髪の毛を掴まれているので断面が地面を擦っているが顔は上がっているので結果的に目が合う事となったのだ。 その顔は一時間前に別れた文江だった。


 半開きの目はもう何も映しておらず命を失い変わり果てた姿を晒している。

 あまりの光景に恐怖を通り越して思考が完全に止まった。 本当に一瞬、自分が誰で何をしているかを完全に見失ったのだ。 文江を持っていた存在はのそりとした動作で振り返ると彼女の残骸を振り上げ――それを私に叩きつける。 全身に凄まじい衝撃が走り、私の意識は消えてなくなった。

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