いつものように授業を受ける桐也は斜め前でノートに写している夏樹をチラッと確認をした。どうして1年下の夏樹がここにいるのかと、驚いたが、先生の説明で納得はしている。夏樹の学力なら飛び級で大学受験も出来たはずなのに、この学園に固執しているのか理由がありそうに思えた。
念の為、根掘り葉掘り聞かれないように、初対面を装ってはいるが、いつまでそれがもつのかは分からない。同棲をしているのがバレる可能性は無きにしも非ず。見た目で気づかれないように、していると言っても限度がある。
転入する事を何も知らなかった桐也は、3日前の事を思い出せずにはいられなかった。今思えば、あの時の親父の言い方に不審を抱いていたからだ。
「天田くん、夏樹が迷惑かけると思うが、サポートしてくれないかな」
「勿論です。同棲してますし」
「それ以上に……いや、なんでもない」
何かを伝えたそうにしている親父は、隣に座っている夏樹の様子を伺いながら、話している。ゴホンゴホンとわざとらしい咳をして、何かを伝えようとしているが、桐也にはサッパリだ。
「親父、もういいだろ」
「ああ……悪いね」
天田くん、と言葉の代わりに手紙を手渡すと、罰が悪そうに部屋を出て行った。親父の背中を見送ると、早速、渡された手紙を開けようとする。そのタイミングでヒョイと掠め取った。
「これは、俺が預かっとく」
「お……おい」
手を伸ばし、取り返そうとする桐也に対して、何か言い訳を考えないと焦りながら、口を早める。
「感謝の手紙なんじゃねーの? 親父の代わりに俺の面倒見てんだし。それより、風呂入ろ」
そうやって奪われた手紙を取り返せなかった桐也は、気になりながらも、渋々お風呂へと向かった。
サプライズがあるからとか色々言っていたが、これがそうかと今なら分かる。親父の手紙にはその種を書いていたのかもしれない。だから、慌てたのだろう。
ピコンとスマホが光っている。カチカチと机の中でメッセージを確認すると夏樹からだった。
サプライズだったろ? 帰ったら手紙読もう──
その前に知りたかったと苦笑いしながら、スマホの電源を落とし、黒板に書かれた数式を写し出した。なんだかんだ、先生に気に入られている桐也は多少、よそ見をしても目を瞑ってくれている。特別扱いされているのかもしれないが、利用出来るものは利用する、ずる賢さがある。
大切な存在さえ、守れたら──
いつもならノートもとらないのに、妙にやる気と集中力が高まっている気がした。