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第16話 鬼の仮面


 遠くで怒鳴り声と何かを壊しているような音が聞こえた気がする。伊月は意識朦朧の状態で倒れているようだった。体を動かそうとするが、ピクリともしない。ぼんやりと歪んでいる世界がそこにあるだけだった。


 天田を助けに来たはずなのに、こんなあっさりと不意をつかれるとは考えもしなかった伊月は、再び目を閉じ、暗闇へと沈んでいく。


 「──大丈夫か」


 黒い影に月明かりが当たると、そこには血まみれになった薫が伊月を抱き起こす。全てを見てみた桐也は、薫の怒りに満ちた姿を見て、ただ静かにその流れに身を任す。


 数分前──


 倒れた伊月を黒服は確認すると、桐也に手を伸ばそうとした。桐也は次は自分だと覚悟をしていた。仕方ないと諦めに近い感情を抱きながら、息を吐く。


 その時だった。破壊音が鼓膜を刺激したかと思えば、黒服はピクピクともがきながら、倒れている。ぬっと桐也の前に現れた薫に声をかけようとするが、目が血走っていて、怒りに支配されてる彼を見る。その姿は、まるで鬼のように恐ろしくて、美しかった。


 「薫……2人は」

 「大丈夫みたいだ」

 「……よかった」


 夏樹は伊月を薫に任せると、桐也の拘束を解いていく。間に合ってよかったと桐也を抱きしめると、桐也は恐怖で震えている自分に気づいた。夏樹の体温が落ち着きを与え、止まっていた思考が再び動き出すと、ゆっくりと立ち上がった。


 両手両足に傷を負っている桐也を抱き抱えながら、涙を堪えながら薫に言った。


 「ありがとう。君に連絡してよかった」

 「俺はツイてるから、たまたま上手くいっただけだ。こちらこそ連絡ありがとう、伊月失うんじゃないかと、必死だった」


 ふうと額についた血を拭うと、いつの間にかいつもの薫に戻っている。まるで別人の仮面を脱いだかのように、柔らかい雰囲気がその場を癒していく。


 ハッと思い出したように、桐也はスタンガンで気絶させられた後に、何かを打たれていた事を告げると、薫は驚いた表情を隠さずに、伊月の脈と呼吸を確かめた。


 「息はある。何を打たれたか分かるか?夏樹」

 「……心当たりはある。2度目の意識が戻る頃なはずだよ」


 念の為に渡された薬を口に含み、唾液を絡まし伊月の口元へと運んでいく。飲み込むのを確認出来るまで深くキスをすると、苦しそうな顔を見せる。はぁと酸素を取り入れようと唇を離そうとする伊月を絡み取り、無理矢理飲ました。


 「後は様子を見るよ。また連絡するかもしれない」


 そう告げると、確かめるように何度も何度も、味わうように伊月の舌を堪能し始めた。


 不安をかき消すように、ゆっくりと熱い熱を感じながら──



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