非日常からいつもの生活へと戻っていく。伊月が現れた事が刺激になり、薫は自分の知らない自分を見つけたような感覚を楽しんでいた。新しい自分の発見に驚く事も多いが、伊月がいてこその自分なんだと再確認した。
そんな薫の気持ちを知らずに、黒い影はゆっくりと確実に動きつつある。気づく頃には表面化されてしまう後だが、今の薫からしたら関係なかった。
ガタンゴトンと電車の音が心地よくて、眠気を誘う。少し窓をあけるとひんやりとした風が頬を撫で、眠気を食っていく。
チラリと横を見ると、目を瞑っている伊月の姿があった。寝れないだろうから、目だけでも休ませておこうと考え、提案し実行してくれたようで安心している。
本当はゆっくりと休ませるはずだったが、あまりにも伊月が可愛すぎて、歯止めが効かず、暴走してしまった。負担もあっただろう。そう考えると、申し訳ない気持ちになっていく。
「……やりすぎたな」
そう呟くと聞いていた伊月は口元を緩め、呟き返した。
「嬉しかったよ、ありがとう」
薫の性格をよく知っている伊月からしたら、知らない薫を発見出来た事が嬉しかったようだった。伊月はベッドでの薫の豹変ぶりと色気を思い出す。お互いがお互いを可愛いと思いながらも、口に出す事はなかった。
互いの秘密なのかもしれない。
■□■□■□■□
桐也は念の為に薫の教室まで来ていた。あの後2人が伊月の持っている別荘へ行った事を把握はしているが、学校に来てない事には驚きを隠せない。
あんな感じだが、休む事はしない薫の真面目さを知っているから、余計に心配してしまう自分がいる。まだ気持ちを切り替える事が出来ずにいる桐也は頭をゴシゴシと掻きながら、気持ちを誤魔化そうとする。
「俺がいるよ」
夏樹のあの時の言葉が脳裏を過ぎった。今までは茶化されてばかりで好きと言われても、本気で考えた事などなかった桐也は、今の傷心した心に、あの一言でどれだけ救われたか、それは彼にしか分からない。最初は可哀想と思う気持ちが強くて助けたが、徐々にアピールされる事に煩わしさを感じていた、そんな時の出来事だった。
あれから夏樹は人が変わったように、桐也を支えている。答えを急かすような真似はしなかった。
「……はぁ」
モヤモヤしているのに、中々決めきれない自分に対して憤りを抱えながら、ため息をつくと2人を探すのを止め、学園を後にした。
「……あいつか」
「ええ」
桐也の背中を遠くで確認する2人組は何かを確認したかと思うと、物陰に隠れ、桐也の後を追って行った。