何時間寝ていたのだろうか。目が覚めると車は停止していた。色々ありすぎて疲れがどっと出ていたようだった。薫は目を擦ると状況を把握しようとする。ふとモゾモゾと動く伊月が肩に寄りかかって寝ている。
「起きたみたいだな。着いたようだ」
「どこに」
「俺の家だよ。どっちにしろ伊月はここに来る予定だったから」
それを聞いて驚いた。最初から桐也の家に行くのなら伊月の家に行かず待っていた方がよかったのではと思っていると、全て見透かしている桐也は全てを知ってもらいたかったとアイコンタクトで伝えてきた。躊躇いながらも頷くと伊月に指を指す。
「起こしてやれ」
小声でそう言うと桐也の言う通りに軽く揺さぶる。なかなか起きない、一度眠りについたらなかなか起きないタイプだろう。無防備になっている伊月を見ていると、可愛すぎて反応しそうになる。ここでは理性を保たないと、と深呼吸をしてみる。
「ん……っ、かお……るぅ」
どんな夢を見ているのかと顔を覗き込んだ。まるで天使のようにフィルターがかかっている。いつもより輝いて見える伊月に意地悪をしたくなってきた。
「伊月、もう朝だよ」
耳元で囁くとピクリと反応した。眉を顰め、少し呼吸が荒くなっていく。その姿を見るとゾクゾクしてしまった薫は、耳に舌を這わせ丹念に舐めていく。ピチャピチと音を立てると、耳が弱いのか反応が加速していく。
「はぁ……可愛い」
本音が漏れていく。周りなんて関係なかった。ただこの可愛い天使の甘い香りと味をもっと楽しみたい衝動が膨らんでいく。そんな事を考えると、んっと瞼が動いた。
「かお……る?」
「やっと起きた?」
薫は優しく微笑むと耳から唇へとなぞっていく。指が触れるたびに真っ赤になっていく伊月を見るのは新鮮で楽しくて、愛しい。
「目的地に着いたみたいだよ。そろそろ起きよう、皆待ってる」
「うん」
今まで主導権を握っていた伊月から奪うと、自分のペースで進めていく。まだ寝ぼけ眼な伊月を抱き上げると、がっちりと離すことはなかった。
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ドアを開ける前に桐也は深呼吸をした。気持ちを整えたいと言われてドアの前に5分程突っ立っている。伊月も完全に目が覚めたようで、抱き抱えられている事に照れながら、もがいている。
「早く入ろうよ、自分の家なんだろ?」
「そうだが……居候がいるからな。覚悟が必要だ」
何をそんなに躊躇っているのか分からない2人は顔を見合わせ吹き出した。いつも余裕がある桐也がここまで焦るなんてと想像しただけでなんだか笑ってしまった。
「笑うな、もう入るぞ」
ガチャリと鍵を開けると待ってましたとばかりに飛び出してきた男の子がいた。
「おっかえり〜桐ちゃん」
「は?」
男の子をよしよしと撫でている桐也を見て、薫は意外な顔が見れた事に嬉しさを感じている。自分意外にこんな顔を見せる事なんてないから余計にギャップに驚きを隠せなかった。それは伊月も同じようで、固まったまま動かない。
数秒経って薫の腕から飛び出し、男の子の方へと足を早めた。なんだか様子がおかしい。桐也を押しのけると、男の子の襟に手を伸ばした。
「何でこんな所にいるんだよ。どれだけ探したか分かってる?」
「げ……伊月」
「兄と呼べ、兄と」
嫌な顔をしながら伊月の手を払うと悪意に満ちたように睨んでいる。その様子を見て、何が起こっているのか分からない薫と頭を抱えながらやってしまったとため息を吐く桐也がいる。
「夏樹、落ち着こうか」
切り替えるのが早い。桐也はこのまま放置してしまうと大変な事になると判断した。伊月と夏樹の間に潜り込むと、よしよしと夏樹を落ち着けようとする。薫はその様子を見て、伊月へと手を伸ばし、後ろから優しく抱きしめた。
「何がどうなってるのか分かんないけど、少し落ち着こう?」
甘ったるい声に捕らわれつつある伊月は、わなわなと震えた肩を抑えると、一呼吸置いた。