あれ以来伊月とは会っていない。伊月に会いに隣の教室に行ったりしたけど、姿が見えなかった。連絡先も交換していない事に、今更気づくとまたいなくなるんじゃないかと不安が押し寄せてくる。
「あれ薫くん、夏樹くんお休みだよ」
そんな薫に近づいてきた女子の集団がそう教えてくれた。理由は詳しくは知らないようだが家庭の事情との事だった。薫は伊月の事を何も知らない、知らなすぎる。自分の元に帰ってきた事が嬉しくて舞い上がっていた自分に対して嫌悪感を抱きながら、自分の教室へと戻った。
「情けねぇ……」
凹んでいる自分を隠す余裕はなかった。今の自分に出来る事なんて何もないんじゃないかと自暴自棄になっている。
「そんなに心配なら、家に行けば?」
「……
美乃里の同級生でもあり、薫の親戚にあたる天田桐也が提案をしてきた。
「なんでここにいるんですか」
「ん〜暇だから観察しにきた」
変わり者呼ばわりされている桐也は自分が浮いている事に気づいていない。滅多に薫の教室に来る事なんてないのに、ベストなタイミングで現れた。
まるで全てを知っているように見透かしてくる桐也から逃れる事は出来ない。何故なら一時の過ちで関係を持ってしまった過去があるからだ。
「可愛い彼氏が出来たって聞いたけど、俺諦めてないからな」
「何言ってるんすか。冗談ばかり」
笑って誤魔化そうとしても通用しない。クラスメイトからしたら笑っている薫を見る事が初めてで、物珍しそうに2人の様子を見ている。
視線が痛い──
こんな時、伊月ならどうするかと考えてみるが薫は伊月になり切れない。でもきっと気持ちは同じだと気持ちを奮い立たせた。
ガタンと立ち上がると引き寄せられるように荷物を手に取り、教室を後にした。そんな薫の様子を見て面白くない桐也は不貞腐れた様子で見つめている。
「薫、待て」
「……」
一生懸命に走る薫に声をかけるが届かない。どうして自分がここまでしないといけないのかとため息を吐くと、思いっきり息を吸い込み、腹に力をいれ大声を出した。
「家知ってんのか、お前」
その言葉で我に返った薫は自分が何処に向かって走っているのか不思議に感じた。そしてふらふらと立ち止まると猛スピードで薫に追いついた桐也が頭を小突いた。
「学園出てきたはいーけど。彼氏くんの住所知ってんの?」
「そこまで考えてなかった……かも」
「それ1番重要だろ。お前の事だからもしかして……って思って追いかけた」
1番大切な事が頭から抜けていた。何処に向かっていたのかも分からない。桐也が呼び止めてくれなかったら、今頃途方に暮れていただろう。
桐也がもう一度小突くと、困ったように笑いながら口を開く。
「そんなお前、見てらんねぇよ。俺も付き合ってやる」
「桐也くん……でも住所」
「俺について来い」