バタバタと階段を駆け上るとあっという間に屋上に着いた。普段なら誰かしらいるはずなのに、誰もいない。ここは力をあり余らしている奴らがたむろする場所でもあった。
「誰もいないなんて、珍しいな」
「邪魔されたくないからねっ」
まるで初めからここには誰もいない事を知っているような口ぶりに疑問を覚えたが、伊月の視線に気づくとどうでもよくなっていく。数日前伊月で抜いた自分に恥ずかしさを覚えながら、ポリポリと頭を搔く。
「その癖、昔と変わらないね」
「ああ、そうか?」
大好きな伊月が目の前にいるからなんて言える訳がない。離れてから伊月を想いながら今日まで耐えてきたのだから、
「挨拶はここまでにして、本題に入ろうかな」
そう言うと伊月が伊月でなくなるような感覚を覚えた。今までふんわりしていた空間が澱んでいく。
「僕は伊月だけど今は夏樹と呼んでほしいんだ。弟の代わりに、
「弟いたか?」
「まあ事情があってね。自分だけで処理出来る話じゃないんだ。だからここでは夏樹として学園生活を続けていく必要があるんだよね」
「……複雑なんだな」
「まぁね」
それ以上聞く事が出来なかった薫は引っかかりを感じたが、こうやって自分の元に戻ってくれた事が嬉しくて堪らない。だから今は余計な事を考えずに嬉しさを噛み締める事にした。
「これからもよろしくね、薫」
「こちらこそ」
こうやって騒がしい日常へと変化していった。ただあのキスの意味を聞けないまま、幼なじみとしてでも傍にいられるのならと自分に言い聞かせた。
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休み時間になる度に、薫の教室に通いつめる伊月。彼に興味を抱く生徒は多い、愛想がよくて可愛いと評判になっているらしく、ファンクラブまで出来たみたいだ。最初は薫との関係に嫉妬心を感じていた周囲は伊月の計らいで秘蔵写真を見せると、薫へのイメージが変わったようで今では2人を推している女子が多い。
「夏樹って可愛いよな。俺、抱けるわ」
「何言ってんだよ石垣。お前最近変じゃね?」
「……うるせぇな」
伊月の存在は3年生まで話がいっているようでその中心にいた石垣は人が変わったように、伊月の隠し撮り写真を撮りまくっているようで、伊月は頭を抱える振りをした。
「悩んだふりするな」
「僕モテるからつらいよねぇ。薫しか興味ないのに」
サラッとそういう発言が出てくるたび、どこまで人たらしなのかと薫の方が頭を抱えているが、本人は何も気にしてないのが、また余計守りたくなる。
今までの時間を取り戻すように、何年もの溝を埋めながらお互いの温もりを感じて、離れないように力を込めて抱きしめた。