目が覚めると涙の跡が染み付いていた。どんな夢を見ればこうなるのかと考えた薫はたかが夢に振り回されているような気がして、切り離すように制服に着替える。トントンと包丁の音が響きながら味噌汁のいい匂いに釣られ、無意識に席へと着く。
「おはよう薫。ご飯出来てるわよ」
「うん、腹減った」
母がこの時間に家にいる事は凄く珍しい。何かあるのかと様子を伺いながら味噌汁に口を付け、ゆっくりと堪能している。
「薫、お願いがあるの」
「……何?」
母からお願いがあるなんて滅多にない事で、内心緊張しているが、気付かれないように無愛想に聞いている。そんな薫の姿を見てふふと微笑みながらある事を伝えた。
2時間後──
薫の横にはベッタリと腕を絡めながら、上目遣いで質問ばかりしている人物がいる。ワンコくんだ。初対面なのに何故だか振り払えない薫は好き放題させている。
「凄い勇者がきたな」
「ああ……あの狭間相手に。すげぇな」
クラスメイトはああでもない、こうでもないと2人の様子を物珍しそうに見ている。薫は居心地の悪さを感じながらも、何故だか懐かしく感じるワンコくんに違和感を感じている。
ジッと見つめている薫に気づいたワンコくんは恥ずかしがる事なく見つめ返してくる。一瞬全てがスローモーションのように動き出したかと思うと、柔らかいものが唇に落とされた。
「──!!」
離れようと体を捩るが凄い力で抱きしめられて離れられない。2人の方に釘付けになっている周囲の言葉なんて入って来ない。それほど2人の空間、世界になっている。
クチュクチュと歯をかき分け舌先が口内を舐め回す、息が出来ないぐらい濃厚で頭がくらくらしてしまった。
流されそうになる。目の前にいるのは何も知らない奴なのに、何故か伊月と重ねている薫がいる。
「んっ……可愛い」
「なに……して」
挨拶がてら唾を付けたようだった。周りに自分のものだと見せつける事が出来たワンコくんは満足そうに舌なめずりすると、怪しく微笑んだ。
「10年経っても僕らは幼なじみでしょ? 忘れちゃったの?」
「……え」
ワンコくんの言葉に無意識に反応してしまった薫は力が抜けていく。どこか似ているとは感じていたが、まさか成長した伊月だとは思わなかったみたいだった。
「い……つ」
名前を呼ぼうと口を塞がれ、続きが言えなくなった薫はモゴモゴと声にならない声で伝えようとする。
「今は夏樹だよ。だから静かにしてくれると嬉しいんだけど」
コクンと頷くとゆるふわな笑顔で薫の頭を撫でようとした。やる事なす事が可愛すぎる伊月を抱きしめたい衝動を抑えると、急いでその場を離れた。
教室から離れていく2人をみて黄色い声が響いていた。