「おい狭間、ちょい顔貸せ」
「何か用か? 要件があるなら
何もしていないのに目をつけられる男、それが狭間薫。笑顔を見せれば元々はっきりした顔立ちでイケメンだ。入学当初は女子のハートをかっさらった彼だが、無愛想な態度と高圧的な口調でヤバい奴認定されている。当の本人はお構い無しだが、2年の姉美乃里からしたら、頭を抱える大問題だった。
殴りはしない、ただよけるだけ。それなのにラッキー体質の薫は彼を追い詰めようとしてくる人物全員に不幸が起こる。それを知っている美乃里からしたら、後で巻き込まれる可能性が高く、薫には平和な学園生活を送ってほしいと願うしかなかった。
「……こんな時に伊月くんがいてくれたらよかったのになぁ」
ガクガク震えながら屋上で現実逃避をする美乃里は薫の幼なじみ柿崎伊月の事を思い出して、不安をかき消そうとする。美乃里の目の前にはガタイのいい柔道部主将の石垣をはじめ薫に恥をかかされた連中でごった返していた。
「お前の弟まだ来ないのか。俺の弟達に喧嘩売った癖に逃げるなんてひ弱だな」
鼻で笑いながら美乃里を見下す石垣に対して一発お見舞いしてやりたい気持ちはあるが、そんな勇気はなかった。足がすぐんで動けない。そんな強いメンタルなど持ち合わせていない。
その時だった。ガチャとドアノブが回るとゆるふわなパーマで可愛らしいくりくりな瞳で無邪気に微笑んでくる男の子がいた。見た感じ高校生に見えないけど、この学園の生徒であるのは一目瞭然。
「失礼しまぁす。神楽先生に言われて問題児を探しにきましたぁ」
今この状況がどんなふうに見えているのか彼には分からない様子。むさ苦しい中で一輪の笑顔がパッと咲き、周りを虜にしようとする。
「なんだ1年。邪魔だ」
「邪魔なのは君でしょ?女の子囲いこんで何してんの?」
美乃里は思った。ある意味勇者が来てくれたと助かる可能性は低いけど、願わずにはいられなかった。
「僕は問題児を探してるだけで、君に興味ないんだよねぇ。そっちが邪魔だよ石頭」
可愛い顔をしているのに、ゆるふわな雰囲気を漂わせているのに口調が悪い。どことなく薫の事が脳裏に過ぎった美乃里は勇気を振り絞り、声をあげた。
「薫に用があるなら、私じゃなくてその子に頼んで。薫の親友なのよ、この子」
わるじえが働いてしまった美乃里は引き返す事が出来ない。卑怯な姉だと思われてもいい、どんな理由をつけてでも、ここから去りたい一心で自分を守り続けた。
「ふぅん、いいよ」
何かに納得したように頷いたワンコくんは美乃里を自由へと羽ばたかせるきっかけになった。
「石頭、薫くんに会いたいんでしょお?なら来れば?」
石頭と呼ばれている石垣はムッとした表情で彼の後を着いていく。取り巻きも石垣の命令に従うと美乃里を残し、ドアを閉めた。
「……あ」
薫にこの事がバレても知らないフリをしようと心に決めた美乃里は力が抜け、その場に座り込んだ。なんとなくワンコくんの笑顔に恐怖を感じながら──